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15① ーマリエルー

 ファビアンと同じ履修科目のクラスに入ると、既に教室に入っていたファビアンの姿が見えた。


 ファビアンは学友と座っているが、その顔が少し変わってきている。


(もうファビアンに影響が出てるんじゃない……)


 生徒たちが遠巻きにしているのはマリエルだけではなさそうだ。この科目でファビアンとよく一緒にいる学友が近くにいない。遅くに来たふりでもしたか、後ろの方の席に座っていた。


 カミーユの件が尾を引いている。


 カミーユに騎士が付いたのは大きな事件とうつったようだ。

 ラグランジュ家の娘がおかしくなり、カミーユが暗殺されそうになった。

 ファビアンが自らそれを指示したと思う者が増えてきている。


 マリエルを婚約者にするためヴィオレットを狙い、デキュジ族の血を持つとはいえ、現在第二継承権を持つカミーユを狙った。そしてファビアンはマリエルと一緒に行動する。


 マリエルが癇癪を起こしたことも噂になっていた。


 ファビアンはマリエルから生徒に無視されたことを聞いただろうか。それを信じてマリエルを庇っていたら、まともな考えを持つ生徒は距離を置くだろう。


 今ファビアンの側に座っているのは、そんな話を聞いていない情報力のない者か、それでも媚を売っておこうとする生徒か。


(距離を置き始めた子たちもそこまで露骨ではないから、様子見ってところね)


 授業中、同じ科目を取っていてもファビアンはヴィオレットの近くにいない。ヴィオレットが呪われていた頃はファビアンが嫌がっても隣に座っていたが、今は離れて座っている。


 ファビアンもその方が落ち着いて授業が受けられるだろう。そう思っていたのだが、ファビアンから遠目の場所に座ったヴィオレットを、ファビアンがちらりと横目で見遣った。


 文句でも言ってくるのか、立ち上がるとつかつかとヴィオレットの側にやってくる。


 近くに座る令嬢たちが立ち上がり挨拶するのを適当に流し、ヴィオレットの隣に座っていた令嬢を手のひらで失せるように退けると、どかりとそこに座った。


「……こちらでは黒板が遠いのでは?」

「問題ない」


 そう言ってそのまま前を向いたまま黙り込んだ。ならばこちらも話すことがないので授業が始まるのを待つ。


 無言で並ぶ婚約者同士。ファビアンのヴィオレットへの対応が悪いことは今さらだが、呪いが解かれてからヴィオレットの態度が変わり距離をとったことで、二人の不仲は周知されただろう。


 その二人が並んだので、周囲がざわりとした。


「カミーユのことは、聞いているか?」

「何の話でしょう」

「噂のことだ。聞いていないのか?」

「さあ、私は何も」


 ファビアンは小声で話し始めたが、授業が始まったのに話す内容ではない。

 むしろいつの話をしているのか。問いそうになるが、ヴィオレットはファビアンを見ることなく黒板に集中する。

 隣でファビアンがイラつく雰囲気を感じた。小さな舌打ちは王子らしからぬ仕草だ。


「お前がやったのではないのか?」

「は?」


 あまりに想定外の質問をされて、ヴィオレットはついどすの利いた声で問い返してしまった。


「コホン。一体何を仰っているんですか?」

「カミーユの婚約が決まって、嫌がらせをしたのでは?」

「何のお話ですか。なぜカミーユ様に婚約が決まり、私が嫌がらせをするのです」

「それは、お前が、カミーユに乗り換えたからだろう」


 何を言っているのだろうか。ヴィオレットの方が混乱しそうになる。ファビアンは本気でそんなことを考えているのか、顔をくしゃりと歪め苦虫を噛み潰したような表情をした。


 ヴィオレットの方がその顔をしたくなる。


 婚約の話を聞いてカミーユが襲われた。そんな順番ならば、カミーユの婚約を聞いたヴィオレットがカミーユを狙ったと思ったのだろうか。

 ヴィオレットはファビアンから離れ始め、カミーユに乗り換えた。そして婚約の話を聞いて計画が破綻したためカミーユへ嫌がらせをしたと、そう言いたいのだろうか。


 さんざん呆れてきたが、これ以上呆れる話はないだろう。


「授業中です。寝ぼけた話をされるのはおやめください」

「ならばなぜ、急におとなしくなったのだ」


 呪いが解けたからだと言って、ファビアンは信じるのだろうか。


 小声ながらも音量が大きくなって周囲が気にし始めた。ヴィオレットが完全無視を決めこんだためファビアンは諦めて静かになったが、授業が終わればすぐにヴィオレットを睨み付けてきた。


「ファビアン、それ以上世迷言を口にするのはおやめください」

「俺は真実が知りたいだけだ」

「どこでそのような狂ったお話になったのか。どなたからお聞きになったのですか」

「皆が噂しているのだろう?」


 ヴィオレットがファビアンを諦めてカミーユに乗り換え、あまつ婚約に怒り暗殺しかけたと皆が噂していると言うのか。


 呆れすぎて相手もしたくない。ヴィオレットが教室を出ると、ファビアンはしつこくついてきた。


「ファビアンの皆はどこを指しているのですか。一定の女性だけではないのですか?」

「ふざけるな。友人たちが教えてくれたのだ」

「その友人がどなたかお聞きしたいですね」

「信頼している友だ」

「ならば、即刻縁をお切りください。状況を理解できぬ愚か者を側に置き、私を愚弄するならば捨ておけません」

「お前が兄上の死後、しつこく擦り寄ってきたのは本当のことだろう!」


 ファビアンは大声を上げた。

 呪いに掛かっていたことは伝えていない。ファビアンに伝える必要はないと判断したからだ。

 おかしくなった婚約者を避け、別の女性を連れるような男に、話す理由などない。


「では、そのように思い続ければ良いでしょう。私が何を言おうと聞く耳を持たぬ方にお話しする必要はありません」

「お前、俺を馬鹿にしているのか!?」

「馬鹿にしている? 馬鹿にされているのはあなたでは? 私がどうなっていたか状況も考えず、呑気に愚か者の話を信じ、婚約者を糾弾する」

「お前がどうなっていたか? 俺にしつこく付きまとっただろう。兄上が亡くなったからと、突然態度を変えて!」

「そうですね。それで結構です。ですがご安心ください。これからは二度と私からお話しすることはないでしょう。ファビアンもその方が良いでしょうから、お会いしても関わらぬようお願いします」

「何を言っている! 俺たちは婚約者同士なんだぞ!?」


 何を言っているのはお前だろう。近付けば文句を言い、離れると言えば文句を言う。ならばどうしたいと言うのだ。


 人気のない廊下までやってきて話しているが、大声で何事かと人が集まってきている。話を聞かれるのも面倒だ。


「近く王からお話があるでしょう。それまでは私に話し掛けないようにお願いします」

「王から? おい、何の話だ!」


 ヴィオレットはファビアンを背にしてさっさと歩き出した。


 呪いを掛けられた件について、父親はいつの間にか王へ報告をしていた。

 王はファビアンの態度は知っており、マリエルを連れていることもとっくに承知だった。

 ファビアンについている護衛騎士のコームが逐一報告していたわけである。


 そして、その中で父親は婚約についての再考を求めていた。


(お父様ったらいつの間に、だったけれど。まさかそれを王が了承するとはね)


 まだ婚約の段階とはいえ、幼い頃に決まった婚約。それを破棄すればヴィオレットの立場は今後難しくなるだろう。しかし父親はいつの間にか呪いを掛けられていた娘に気付かなかったことと、呪われた娘を蔑ろにしたファビアンにひどい怒りを持っていた。


(前に来た手紙。怒りが見えるようだったものね……)


 婚約破棄をしたいのなら教えろ。と書かれた手紙に、ヴィオレットは様子を見る。と返事をしたのだが、父親はファビアンの態度がそのままならばと、水面下で婚約破棄に動いていたのだ。


 それを王が了承したのは意外だったが。


 条件はあれど、婚約破棄の話は進むだろう。次にカミーユが相手になるかと思っていたが、カミーユにはメロディを当てた。


(さて、今後自分はどうなるか……)


 そう考えながらかぶりを振ると、前から元凶の一部が歩いてくる。珍しく一人で歩いているマリエルはヴィオレットの周りに誰もいないと見て、眉間をきゅっと寄せてヴィオレットの前で足を止めた。


 いつも怯えるような仕草をして人の顔を伺うように見ていたくせに、今日はそのつもりはないらしい。

 しかし足を止める必要もない。ヴィオレットがそのまま通り過ぎた。


「ちょ、ちょっと、お待ちください!」


 それで振り返るわけがないのだが。ヴィオレットは気にせず歩くと、マリエルがいきなり肩を掴みヴィオレットを振り向かせた。

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