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14 ー噂ー

 その後カミーユが学院に戻ると、護衛騎士が警備に付くようになった。黒のマントの裏地はサーモンピンク色だ。あれがカミーユを守る者の色になる。


 ファビアンのように一人の護衛騎士が後ろを歩いているのを見て、生徒たちが囁くのを目にした。生徒たちも何かが起きていることは気付き始めているようだった。


(私の部屋で騒動もあったし、噂好きの子なら何かと想像するのだろう)


 ヴィオレットの耳にも、カミーユやヴィオレットを陥れるような真似があったのではという話が届いた。

 その噂がファビアンの耳には入っていないのか、相変わらずマリエルと一緒だ。それについての話は嫌でも生徒たちの口端に上っているのに。





「————ですから、急に怒鳴り声を上げたので、教室はシンと静まり返ったんです。それで皆が注目して、ポアンカレ令嬢は逃げるように教室を出ていったんですよ」

「それは、ポアンカレ令嬢を無視されたということですか?」

「おそらく。何か話し掛けていたようだったんですけれど、その方々が全く振り向きもしなかったので、カッとなったのでしょう」

「それでも、ファビアン王子のお名前を出して怒るだなんて」


 令嬢たちの話を聞きながら、ヴィオレットはため息をつきそうになった。


 ヴィオレットが陥れられ、カミーユが何者かに襲われたのではという噂が流れてから、その犯人がファビアンと一緒にいるマリエルではないかという話が出ているのだ。

 そのせいでマリエルは学院の者たちから遠巻きにされることが増え、とうとうマリエルが爆発したそうだ。


「ファビアン王子に伝えるとは、一体どういう了見なのかしら」

「皆同じことを言ってましたわ。それでむしろ犯人はあの方ではと噂が回って」


(ファビアンに言い付けるなんてことを口にするとは、愚かにも程があるわ)


 マリエルが学友たちに無視をされたのは同情するが、その返しがファビアンに言い付けてやる。では悪辣な噂が増すだけだろうに。


 噂などすぐに尾ひれがつく。火消しには時間が掛かるだろうし、このままではファビアンの立場も悪くなる。

 マリエルを連れ続けている時点で、既に立場を悪くしているのだが。


「ファビアン王子は何も感じないのでしょうか。ポアンカレ令嬢はファビアン王子の権力を得たかのような発言をされているのです」

「ファビアン王子もファビアン王子ではないですか!? ヴィオレット様というご婚約者がいながら、別の女性と一緒にいるなどと!」


 一人の令嬢がひどく興奮して大声を出した。皆がうんうんと頷きお互いに同意し合う。

 ヴィオレットは人ごとのようにその様を眺めていたが、ふと思ったことがあった。


「ファビアンは何に惹かれたのかしら……」


 はっと気付いても遅い。つい呟いてしまった。令嬢たちが憐れむようにヴィオレットを見遣る。一人の令嬢は瞳を潤ませたほどだ。


「ポアンカレ令嬢が媚びた態度を見せただけではないでしょうか!? だってあの方、気持ち悪いほど猫撫で声で、ファビアン王子の名を呼ぶんですよ!」

「ファビアン王子への賛辞が凄まじかったのを覚えています。何でもないことなのにわざとらしく驚いたりして、あの時は呆れました」

「褒める姿を良く拝見します。さりげなくファビアン王子を上げつつ、頼るような口調でした。こんな問題が解けるなんてすごいなどと言いながら、どうやったら解けるのか問うたりして、ファビアン王子の優しさに付け込んでいる風でした」


 皆よく見ているだけでなく、耳を大きくして話も聞いているようだ。


 ヴィオレットも似たような状況に出くわしたわけだが、しかし、どう聞いてもファビアンがマリエルの口上に気分良くし、おだてに乗って鼻の下を伸ばしているようにしか聞こえない。


 図書館では思ったよりも軽くあしらっているように見えたが、相手はしていた。マリエルの声は高く通るのでよく聞こえることもあり、ファビアンがマリエルと一緒にいる時点でファビアンの態度は気にされないのだろう。


 マリエルはファビアンの婚約者の座でも狙っているのか。周囲から見れば分かりやすい態度をしているのだから、未来の王妃を狙っていてもおかしくない。


「私たちの前では気後れするような話し方をされて、気が弱いように見せていますが、実際は違うと思います。私の男性の幼馴染から聞いたのですが、男性には自ら話しかけに行くようでした。教室がどこにあるか分からないとか、授業で分からないことがあったとか、分かるであろうことをわざと聞き、男性の庇護欲をくすぐるような話し掛け方をされて、男性の興味を引くのだと」


 それはうまいやり方だろうが、女性に気付かれれば嫌われる方法だろう。聞いていた令嬢たちの眉が逆立つのが分かる。ヴィオレットも途中から耳を塞ぎたくなった。聞いていると疲労する。


 男に媚びるのが悪いとは言わない。身分がありお金のある男性に嫁ぎたいと思う女性は多いからだ。学院が男女問わず通えるようになったのは最近で、女性実業家はちらほら現れた程度。男性社会に入る女性はいるがまだ数が少ないのが現状で、良い家柄に嫁ぎたいと思う女性は多いだろう。


 学院で女性に嫌われれば嫌われるほど社交界に出た時に裏目に出るので、あまり敵は作らない方が良いのだが、ファビアンと婚約できれば解決するとでも考えていそうだ。


(そこで王子を狙う度胸は賞賛したいけれど)


 婚約者のいる相手を狙うのは問題外だが、ファビアンへの煽ては有効そうだ。


 ファビアンは婚約してからずっとヴィオレットと比べられていたところがある。ジョナタンが生きていた頃はジョナタンと比べられることがなかったのに。


 ジョナタンはおとなしめな子供でも興味の幅が広く行動的だった。幼い頃から学があり、魔導士になれるほどの実力があった。

 ファビアンはジョナタンに劣等感を持つことはなかったが、小さなことで褒められたり煽てられたりした経験は少ない。


 あくまで第二王子。何と言っても当時のファビアンは気が小さくぬいぐるみを手放せなかった子供だ。皆がヴィオレットに面倒を見させるくらいである。

 ヴィオレットが褒められることはあっても、それがファビアンに向けられることはなかった。母親のフロランスもファビアンの面倒を見るヴィオレットを誉めていたくらいだ。周囲は次期王になるジョナタンに注目していた。


 その内、ヴィオレットに対してだけ対抗心が芽生え、ヴィオレットが誉めれば嫌がるようになったが、誰かに褒められることなどなかっただろう。


 成長してもヴィオレット以外の者には素直なのだから、マリエルに褒められて気を良くするのは想像できる。


「ポアンカレ令嬢はあちこちに声を掛けているのでは? あの、デキュジ族の方ともよくお話しされているのを見たことがあります。ご友人のつてでしょうけれど」

「それは、ジル・キュッテルのことかしら?」

「ええ。ポアンカレ令嬢と一緒にいる令嬢がデキュジ族だと聞いていますから、その縁だと思います」


 ジルはファビアンと親しいのだから、マリエルがジルと話していてもおかしくはないだろう。勉強も教えていたのだし。マリエルはジルよりもファビアンの方が良いと態度に出していたが。

 それに、ジルがマリエルのような女性に引っ掛かるような雰囲気はないように思う。


(ジルはどこにも心を置いていないというか、誰にも心を許してないような、表情のない子なのよね。悪口を言うのも、意外なくらいだし)


 感情がないとは言わないが、マリエルの態度にくらむような男に思えなかった。ファビアンは仕方がない。王子にあるまじき善悪を考えない男である。


 正直者というべきか、愚鈍というべきか。愚直すぎてマリエルのような女性に簡単に引っ掛かるのだろう。


「ポアンカレ令嬢が声を掛けているのは、身分の高い方や財産の多い家のご子息ばかりな気がします。デキュジ族のキュッテル家は都ではあまり優遇されない家。それなのにお話しされるんですね」


 令嬢の言葉は辛辣だが、同じイメージの令嬢たちは多いらしく、頷いて聞いていた。

 デキュジ族だと分かるキュッテル家を避ける者は多いのだろう。キュッテル家は歴史も浅く領土を賜っただけの家だ。デキュジ族の中では高位になるが、マリエルが声を掛ける相手ではないということか。


「ファビアン王子を紹介してもらっただけではないでしょうか?」

「ジルが、ファビアンを紹介?」

「確かに、ポアンカレ令嬢もいきなりファビアン王子に話し掛けることはできなかったと思います。誰かを介して紹介でもされないと。ポアンカレ令嬢はファビアン王子と同じ科目は受けておりません」

「そうなの?」


 二人の履修科目が重なっていなかったとは思わなかった。

 ファビアンが履修している科目は知っているが、マリエルの履修科目までは知らない。


 学院の人数が多いので、同じ科目でも二教室で行っている授業がある。教室が違うこともあるだろう。それに、女性向けの科目もあるので、マリエルはそちらを多く取っているのかもしれない。

 よく一緒にいるのだから同じ教室で学ぶことが多いのかと思ったのだが。


 いや、呪われていた時にマリエルは教室の外でファビアンを待っていたような気がする。ファビアンと同じ科目をいくつも取っているわけではないので気にもしなかったが、ファビアンと同じ教室でマリエルを見たことはない。


「ジルが紹介、ねえ……」

「ポアンカレ令嬢とキュッテル子息は親しいようには見えませんけれど、ご一緒にいるバルレ令嬢はキュッテル子息と同じデキュジ族。ファビアン王子をご紹介いただくのは簡単ではないでしょうか」


「ポアンカレ令嬢とバルレ令嬢は不思議な関係ですよね。ポアンカレ令嬢はデキュジ族を嫌っているのかと思っていました」

「いつも一緒にいるではありませんか」


 ヴィオレットもそのイメージしかない。ファビアンに会う時、マリエルと一緒にいることが多いだからだろうか。というより、それ以外にクロエ・バルレに会うことがない。


 しかし、令嬢はかぶりを振る。


「ポアンカレ令嬢が男子生徒と話している時、男子生徒がデキュジ族であるバルレ令嬢について少々差別的な発言をしておりました。友人ならば諌めるなりされればよいのに、ポアンカレ令嬢は笑って頷いておりましたので、こちらの気分が悪くなりました。人によって意見を変えているのかもしれませんが、デキュジ族を好んでいるようには聞こえなかったのです」


「デキュジ族は都ではあまり良い立場とは言えませんものね。男性の意見によって自分の意見も変えているのでは?」

「だとしても、あまり気分の良い話ではありませんわ」


 マリエルの性格はそこまで詳しくない。クロエも会うたび睨んでくる女生徒という印象しかない。呪われている時に何度か顔を合わしているが、授業以外にファビアンに会わなくなると、彼女たちにも会わなくなった。


 二人は仲が良いと思っていたが、マリエルはそうは思っていないのだろうか。


(あの二人のこと、性格までは調べなかったわね)


 アベラルドがマリエルやクロエを調べたが、出てきたのは家の事情くらいで妙な輩との繋がりは出ていない。魔導士の知り合いがいるなど黒い話は出てこなかった。


 家についておかしな話は出なかったが、本人の素行については学院の皆の方が詳しいようだ。


 マリエルのことを聞いていると、聞けば聞くほど何かが出てきそうだった。

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