9② ーお茶会ー
まずは呪われていた頃のヴィオレットのイメージを払拭しなければならない。学業の結果を出し、積極的にお茶会に出て自分がまともであることをアピールする必要がある。
身なりも派手にしすぎず、態度も横暴であってはならない。おおらかにかつ知的に、周囲の言葉を聞き対応する必要があった。
「ヴィオレット様のお話はとても勉強になります」
「先日の授業では素晴らしかったですわ。薬学の授業では先生も感心されていて」
同学年の令嬢たちをお茶に招待してから招待を受けることが増え、今では休みごとに誘いが届くようになった。
王宮に近い場所に屋敷を構える親のいる令嬢たちはラグランジュ家に従順だ。家の力を使って申し訳ないが、今は手段を選んでいられない。
まずはファビアンとマリエルの立場を否定的なものにしなければならなかった。
ヴィオレットに非はない。それを印象付ける必要がある。
「最近体調が良くなったので、今まで学業をおろそかにしていた分、真剣に取り組まねばと努力した結果ですわ」
「体調がお悪かったのですか……?」
「ええ。まるで何かに取り憑かれていたかのように、常に頭にもやがかかり、周囲を見回せないほどの奇妙な感覚に陥っていたのです」
嘘ではない。ヴィオレットは震えるように自分の肩をなでて拳を握る。
集まっていた令嬢たちは何があったのかとヴィオレットに注目した。
「最近そのもやも消え、視野を広げる余裕ができました。何かの病だったのか分かりませんが、この一年半、自分ではない何かになっていたかのような気がします」
「まあ……」
「確かに、ここ一年半くらい、ヴィオレット様の様子がおかしかったので、皆で心配していましたのよ」
「ええ、常に冷静な方が、どうしてあんな……」
一人の令嬢が口籠る。令嬢たちもどう言おうかお互いに顔を見合わせた。ヴィオレットの奇行を何と説明するか迷っている。
「私も分かっております。なぜあのような行動に出たのか、今では不思議で。まるで何かの呪いに掛かっていたかのようです」
ヴィオレットの言葉に令嬢たちがざわりとする。
呪いなどと言われて簡単に信じるのは難しいだろうが、ヴィオレットのおかしな行動は皆が知っていることだ。
令嬢たちは他の人たちがどんな反応をするのか伺うようにしていたが、一人の令嬢が大きく頷いた。
「呪いと言われて納得いたします。何かおかしな術に掛かっていたのではないでしょうか!? ヴィオレット様は正義感のある素晴らしい方で、ファビアン王子が側にいようと周囲を冷静に見定める方。あのような、人前で泣き喚くような方は、ヴィオレット様とは到底思えませんでした!」
「そ、そうですわ。ヴィオレット様の態度は、とても不可思議なものでした。何かが乗り移ったのではないかと言う者もいたくらいです!」
令嬢たちが続々と納得の声を上げ始める。すぐに同調する声が聞こえて、ヴィオレットは嘆く真似をしながら、ホッと安堵していた。
こうやって少しでもヴィオレットが特異な状況に陥っていたと噂されれば、少しずつ誤解は解けていくだろう。ファビアンは呪われた婚約者を気にもせず、別の女と一緒にいるとも噂されるはずだ。
「ありがとうございます。今では頭もすっきりしていますので、いつも通りの自分に戻れるよう学業に努め、皆様と仲良くしたいですわ」
「ヴィオレット様。もちろんですわ!」
「光栄ですわ。ぜひ!」
茶番だと思われても令嬢たちの噂話は馬鹿にできない。できるだけ早く身の回りを固めたい。これで彼女たちは他の友人にこの話をするだろう。ヴィオレットの噂は瞬く間に広がる。
「ヴィオレット様にお知らせすべきか、ずっと迷っていたのですが……」
歓談に花を咲かせていた頃、一人の令嬢が意を決したように話し始めた。
「マリエル・ポアンカレ令嬢がよく、ファビアン王子とご一緒されていているのを拝見するのですが」
他の令嬢がごくりと息を呑む。いつ誰がその話題を口にするか待っていたかのようだ。
「そのポアンカレ令嬢はよく、クロエ・バルレという方とお話をされているのを見掛けるのです」
デキュジ族の出身であるクロエと親しくしているのを問題にしたいのか、ヴィオレットはその次の言葉を待った。
「その二人がよく、ヴィオレット様のお話をされているのです。ポアンカレ令嬢はおとなしめな方ですが、バルレ令嬢は少々、口の過ぎたところがある方のようで、時折暴言を口にされておりました」
クロエはすれ違いざまでもヴィオレットを睨み付けるような女性だ。文句の一つや二つ、それ以上の暴言を口にしていてもおかしくはない。周囲に人がいてもそんなことをする浅はかな真似をしているとは思わなかったが。
「私も見たことがあります。お二人で話していても、クロエ令嬢は声の大きい方で、そういう時はいつもヴィオレット様を罵るような悪口を口にしておりました」
他の令嬢も見たことがあると頷き合う。随分とあちこちで悪口を言っているようだ。
マリエルのためなのか、個人的に恨みがあるのか知らないが、クロエ・バルレはよほどヴィオレットが嫌いらしい。
「それに、バルレ令嬢の言葉にポアンカレ令嬢も頷き、おとなしい性格の彼女がいきり立つようにしてヴィオレット様の悪口に同調されていました。私はポアンカレ令嬢はとても静かで、バルレ令嬢とは違い気の弱い方だと思っていたので、その姿を見てとても驚いたのです。周囲に誰もいないような隠れた場所でした。バルレ令嬢はその姿に驚くことなく拍手などされていて、実はバルレ令嬢だけではなくポアンカレ令嬢も激情的な、激しい感情の持ち主なのではと思ったのです」
「……その、私も一度だけ、鬼気迫るような顔をされて、ヴィオレット様を罵っていた場面に出くわしたことがあります。その時にとても驚いたことを覚えてます。ヴィオレット様を、……あの女、呼ばわりされていて……」
ヴィオレットもマリエルはおとなしめの印象だった。ただ、ファビアンといる時にファビアンの背に隠れながらも身を引こうとしない図々しさと、悪意を隠しもしないクロエと一緒にいる時点で、その印象が正しいとも思っていなかった。
人の婚約者に堂々と近付くような女が、気が弱いとは思えない。まともな性格ならばファビアンに言い寄られたとしても身を引くからだ。
(婚約者がいながら粉をかけてくるようなら、性格がいいとは言えないわね……)
「ポアンカレ令嬢は性格を隠しファビアン王子に近付いたのではないでしょうか。ファビアン王子の近くでは弱々しい女性を演じているような気がするのです。ファビアン王子は困っている方を見過ごせない方。冷たくあしらわれるのは卑怯な真似をしている方たちにであって、弱い者にはとても親切な方ですから」
令嬢の熱弁に笑顔が引きつりそうになるが、おおむね間違ってはいないので、ヴィオレットは頷く。
ファビアンは正義感がある方だ。婚約者以外の女と一緒にいる云々はおいておき、曲がったことは一切嫌う。ヴィオレットに嫌味を奮発する性格もおいておいて、弱い者いじめや差別などははっきりと注意し、小細工も嫌がった。
とことん王に不向きな男だ。
昔から勝てないヴィオレットは超人とでも思っているファビアンである。ヴィオレットに対抗する以外は、正義感に溢れた好青年だろう。ヴィオレットに対する以外はだが。
とはいえ特定の女と一緒にいるのだから、問題外だとも思うのだが。王子でありヴィオレットの婚約者ということもあって気を遣ってかファビアンを擁護するようだ。
(いや、クズはクズでしょう。弱々しい女性に騙されるのもまた王の器じゃないのよ)
「ご歓談中申し訳ありません。ヴィオレット様、王宮から使者が」
一体何があったのか。メイドが突然の客が来たと知らせてくれる。見知らぬ騎士がやってくるとヴィオレットに耳打ちをした。
その言葉に、ヴィオレットは頭の中が真っ白になるのを感じた。




