9① ーお茶会ー
さすがにそこまで非常識ではないと言いたいところだが、そうではないのがファビアンな気もする。
ヴィオレットとアメリーはアベラルドの店へと訪ねた。新しく分かったことがあると連絡を受けたからだ。
「呪いについてはまだ調べ中ですが、ヴィオレットお嬢様を助けたという男の件で、少し……」
「エディの身元におかしいところでもあったの?」
「いえ、母方の調査はまだ終えていないんですが、その……」
アベラルドは言いにくそうに頬をかいて口籠る。おかしな情報を得たようだ。
「構わないわ。はっきり言ってくれる?」
「実は、身分が高いわけではないのに、王宮に出入りしているようなのです。しかも、会われているのが、王妃で」
王妃ジュリアンヌ。第一王子ジョナタンの母親だ。
「商売の関係ではなく……?」
アベラルドが調べたところによると、王妃の友人であるベネトー夫人という女性と共に王宮へ入るそうだ。夫はダレルノ王国の人間だがベネトー夫人はホーネリア王国の出身で、王妃がダレルノ王国に嫁ぐ前からの友人らしい。
「それは有名なんですが、王妃への謁見に騎士を一人連れてくるんです」
「それが、エディだって言うの?」
「エディ・バダンテールの母親はホーネリア王国の出身です。だからその関係だと思うんですけれども、なぜベネトー夫人の騎士として王宮に同行するのかは分かりません。そこまでは調べきれませんでした」
「王妃は今では会うことのできない人よ。ジョナタン王子が亡くなって、王宮内にある離れの宮を王から賜った後、そこから出ることがなくなってしまったの。パーティにも姿を現さなくなったと聞いているわ……」
そんな人に、なぜエディが会いに行くのだ。布や宝石などを見せに行くのなら分かるが、騎士に扮装して訪れるなど明らかにお忍びではないか。
「ベネトー夫人は調べたの?」
「特におかしなところはありません。王妃と古くからの友人というだけです。王妃の結婚パーティで出会ったベネトー様と結婚。王妃の話し相手として時折呼ばれることがあるくらいです」
「でも、エディが付いてくるのでしょう? どうして分かったの?」
「魔導士を調べてる際に偶然。力のある魔導士ならばまずは王宮と思い調べさせていた時、その男が現れたんです」
エディが王妃に謁見している。それも隠れた方法で。一体、何のためだというのだろう。
「エディが、王妃と繋がっている場合、何が思い付く……?」
「ホーネリア王国についてだとは思いますが、トラブルは聞いていません」
「ホーネリア王国から何か情報を得ているとしたら、一体何を?」
「考えられるのは、第一王子の死亡についてではないでしょうか」
第一王子ジョナタンは崖崩れの事故に巻き込まれた。ジョナタン以外の者たちも一緒に亡くなった大きな事故である。
「暗殺を疑い、ホーネリア王国に調べさせているのかしら」
そうであれば、エディは暗殺の調査のためにヴィオレットに近付いた可能性もあった。
「何も分かっていませんので憶測でしかありませんが、王妃の命令でヴィオレット様に近付いた可能性も出てきたかと」
「では、呪いもその関係だと?」
「それも、何とも言えません。ジョナタン王子暗殺を疑い、近付くために呪ったかもしれませんし、たまたま呪われていてそれをきっかけにしたのかも」
しかし、エディがヴィオレットに近付くために呪いを掛けたとしたら、説明がつくことが多い。すんなりと魔導士を連れて来て呪いを解除したことも、あまりに簡単に話が進んだ。
だが、泉でのエディの態度は、本当に心配してくれていたようにも見えた。
「何も分かっていませんが、その男は王妃と繋がっているのは間違いありません。ヴィオレットお嬢様の呪いに関係していなくとも、普通の貴族でないと思っていた方が良いかと」
アベラルドは慎重に相手をすべきだと付け足した。
「最初は怪しかったですけど、悪い方には見えなかったんですが……」
「そうね。王妃と何かをしているとしても、こちらに悪意はなさそうに思えるけれど」
しかし、エディが何かの目的を持ってヴィオレットに近付いた。その確率が高くなった。
身元に怪しいところはないと安心していたのに。
「ヴィオレットお嬢様! あそこ!」
アベラルドの店から出て馬車を止めた店まで歩く途中、アメリーがいきなりヴィオレットの腕を引いた。指差された先、見覚えのある者が歩いている。
一人はフードを被っているが、相手の女性は髪を隠すことなく、柔らかな金髪をまとめて背中に流していた。
「マリエル・ポアンカレですよ。一緒にいる人は……」
フードからちらりと見える、明るい金髪。頑張ってセットしたであろう、癖のない髪型。マントで衣装を隠しているが、後ろからいつもの護衛騎士コームが距離を空けてついてきている。
「あの王子! あの女とこんなところで何を!? ————、ヴィオレットお嬢様、あ、あの……」
アメリーはヴィオレットに知らせるべきではないと思ったか、すぐに口籠った。
度を越したファビアンの所業にアメリーが動揺するのは当然だ。
ヴィオレットもまた、ファビアンがあそこまで恥知らずだとは思ってもいなかった。
ぐっと拳を握りしめて、ヴィオレットはその怒りをどうにか我慢しようとする。だが、先日の部屋のことを思い出して、怒りが爆発しそうになった。
ファビアンとマリエルはどの店に用があるのか、雑踏の中に紛れていく。コームもこちらには気付いていなかった。
「ヴィオレットお嬢様……」
アメリーに声を掛けられてヴィオレットは大きく息を吐き出す。
今ここで怒鳴り散らしてもファビアンは嫌がるだけ。呪われていた時と同じ、何の意味も成さない。
「お父様に手紙をいただいているから、大丈夫よ。あの危機感のなさには呆れるしかないけれどね」
「そ、そうですよ! ヴィオレットお嬢様を、ラグランジュ家を何だと思っているんでしょうか! ラグランジュ家の娘であるヴィオレットお嬢様を蔑ろにして、何も起きないとでも思っているのでしょうか!!」
アメリーは怒りを露わにする。
少し前に、父親へ呪いが掛けられていたことを伝えた。アベラルドを使い調査している旨。それから、直近のファビアンについて。
ファビアンが婚約者に対し敬意を払わないことは父親も知っている。ファビアンの幼さが起因しているとしても、マリエルについては無視できない。
『それ相応の措置を行うだろう』
父親の手紙には、そう書かれていた。
ファビアンとマリエルを学院で見るたびに婚約破棄がちらついた。こちらもファビアンに愛はなく、自分よりも愛する人と一緒になれた方が良いとは思っていた。
だがヴィオレットは貴族で、ファビアンは次期王とされる王子だ。嫌だからと言って簡単に破棄できるものではない。
幼い頃から分かっていたことだ。もちろん、第二夫人を持つ可能性も理解している。
しかし、婚約していながら蔑ろにされれば、こちらも考えがある。
継承権を持つファビアンと婚約破棄を行えば、ヴィオレットの今後の結婚にケチがつく。しかし、呪いが誰の手から行われたかによって状況も変わるかもしれない。ファビアンに関わりがあれば、継承権から引きずり落とせるからだ。
(本人は関わっていないでしょうけれど、周囲は分からない)
ラグランジュ家を陥れようとする者の仕業かもしれないが、婚約者が呪われている状況で他の女を選んだ。事が明るみになればファビアンへの見る目も変わるだろう。
堪忍袋の尾はずっと千切れそうだった。
————だが、もう完全に断裂したのである。




