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8② ー試験ー

「ヴィオレットお嬢様。ファビアン王子がいらっしゃっています」


「……何で?」

「分かりませんが、その顔はご本人の前でしてほしいです」


 そんなひどい顔をしたか、アメリーが正直な顔をしすぎだと注意してくる。


 父親からの手紙を封筒に入れ直し、机の下敷きの下に隠すとファビアンを受け入れた。

 部屋に入ってきたファビアンは眉を顰めたまま。一体何しに来たのか問いたくなるような不機嫌顔だった。


(最近、その顔ばかりね)


「こんな時間に、どうしたんですか?」


 授業も終わり夕食も終えたこの時間に女子寮に入ってくる。異性の出入は許されているが、もう少しすれば男子は進入禁止になる。その時間ギリギリと言ってもいいような、遅い時間だ。


「調子はどうかと思っただけだ」

「体調でしたら……」


 問題ないと言いたいところだが、ファビアンは心配をして来たわけではないだろう。


(試験結果を知って、カンニングの証拠でも探しに来たのかしら)


「実は、まだ本調子ではなく」

「風邪でも引いたのか?」

「分かりません。最近ずっとめまいなどに悩まされているので。医師を呼ぶほどではありませんが」

「ふん。ならめまいで試験の答えを偶然当てたってことか?」


 言葉が嫌味ったらしい。やはりカンニングを疑って来たのかもしれない。ファビアンはソファーの上で踏ん反り返って足を組みながら、ヴィオレットを見つめた。


「体調が悪いならいい」


(何がよ?)


 ファビアンは鼻を鳴らして他所を向く。しかし、小さく息を吐いた。それが安心したような安堵の吐息で、ヴィオレットは眉根を寄せそうになる。


 体調が悪いことに安堵するとは、ヴィオレットがおとなしい理由を知れて良かったとでも言うようだ。


「……昔に、戻ったようだと」

「昔?」

「お前は、変わったように思うから」


 視線はどこかへ向けたまま、ファビアンは愛想なくそんなことを口にする。不貞腐れた顔をしているが、ヴィオレットと顔を合わせられないようだった。


 安堵したことを照れているような。


(まさか、私の心配をしているの?)


 体調が悪く静かにしていることに、ファビアンは安堵を覚えているのだ。


 すがり付くような真似をしないから、そうであれば昔に戻ったと思えるから。ならば体調が悪いままで良いと思っている。

 心配しているのは体調のことではなく、体調が悪いことで昔のようなヴィオレットに戻ったことだ。


(前の方が良いから、体調が悪いままの方がいいってことね)


 昔に戻ってほしいと思っているのかもしれないが、ヴィオレットは急に気持ちがもやつくのを感じた。


 昔のように戻れば安堵するくせに、他の女と一緒にいるのだ。


 あまりにも一方的でふざけた感想に呆れるどころか吐き気がする。


 婚約者がいながら他の女と親密になっているのに、悪びれてもいない。その矛盾に気付いてもいない。

 ヴィオレットがそのような真似をすれば、ファビアンは黙っているだろうか。エディと一緒にいただけで怒鳴るような男が。


(呪いに掛かっていた反動かしら。嫌悪感がひどい……)


 重ねていた手をぐっと握り、ヴィオレットは震えるのを我慢した。


「こうやってお話しするのは久し振りですが、そちらは何か変わったことはありましたか?」

「変わったこと? いや、別に、特に何もないな」


 ヴィオレットが不快に思っているなどと思いもしないのだろう。ヴィオレットの笑顔にファビアンが何か気付くこともない。動揺することもなく最近のことを思い出そうと軽く首を唸った。


 呪いに関してファビアンは間違いなく関わっていない。それが分かっただけでも良しとするしかない。話すことがないのならば早く部屋を出ていってほしいものだが。


 他に話すこともないファビアンは気を良くしたのか、何を話すでもなくリラックスした様子でアメリーのお茶を口にする。

 アメリーが毒でも入れたそうな顔をしていたが、同感だ。


「そういえば、カミーユの婚約が決まるかもしれない」

「まあ、それは……」


 今朝そんな話はしなかったが、急に決まったことなのだろうか。


「喜ばしいことですね。どなたがお相手なのですか?」

「喜ぶのか?」


 ファビアンは軽く眉を傾げた。カミーユに婚約者ができて喜んではいけないのだろうか。よく分からずヴィオレットも首を傾げる。


「名は、メロディ・ニーグレンと言った。カミーユと同い年で、地方の領主の孫娘らしい」


 問われた意味が分からず問い返そうと思ったが、聞いたことのある名にヴィオレットは肩を揺らしそうになった。


「……存じ上げない方ですね」

「僕も知らん。ジルと親しいとは聞いたが」

「ジル・キュッテルですか……」


 メロディ・ニーグレンはあまり知られていないが、ジル・キュッテルと同じデキュジ族の血を引いている。


 二人はデキュジ族の血を継いでいるだけで接点はないはずだが。


 ジルの祖父は魔法に特化していた人で、その腕を買われて貴族の家で働いた。その腕があまりに素晴らしいと当時の王に引き抜かれ近衛騎士兼、王宮専任魔導士になったほどだ。

 しかし体を壊してしまい近衛騎士も魔導士も辞したが、腕を惜しまれ王より領土を賜って地方へ身を移した。

 その後領地で下級貴族と結婚している。


 その孫として生まれたジルは祖父のように剣や魔法を学ぶため早くに都に出て、初等学校に通っていた。領土を行ったり来たりと子供ながら忙しくしていたようだ。


 メロディも学院に入る前まで地方に住んでいたが、場所が違う。


 メロディの曽祖母は貴族の愛人として娘を産んだ。私生児だったが蔑ろにされることなく育ったため、その娘は貴族に嫁ぐことができた。デキュジ族の色をさほど受け継がなかったようだ。

 その祖母を第二夫人として娶った貴族との間に女の子が生まれる。その女の子もまた第二夫人として貴族に嫁いだ。ニーグレン家だ。


 ニーグレン家は長く王族に忠誠を誓っている、信頼の厚い家である。ラグランジュ家ほどの財産はなく、貴族たちの中でもそこまで重視される家ではないが、歴史のある家だ。


 ジルは祖父の血がデキュジ族。メロディは曽祖母の血がデキュジ族だが、親族というわけではない。同じデキュジ族と分かり、親しくしているのだろうか。


 しかし、カミーユの相手にデキュジ族の血が入った貴族令嬢を充てがうとは、一体何のためだろう。

 カミーユ自体デキュジ族の血が入っているのだから、その点考慮せずメロディを選んだのか、それともカミーユを使いデキュジ族の不満を逸らす気なのか。


 未だデキュジ族への差別は起こり、都に近ければ近いほどその傾向が強い。

 思惑があるとしか考えられなかった。


「何か、気になるのか?」


 ファビアンは再び不機嫌顔を向けてきた。ヴィオレットがジルに反応したからだろう。


 ファビアンはデキュジ族に何か思い入れがあるわけではないが、ジルがデキュジ族出身なのは知っている。それなりに話をする相手なので、差別的な視線を感じれば嫌がった。

 その点は素直に嫌悪するのだから、ジルに偏見を持っていると思えば不機嫌になるのは当然だ。


「ジル・キュッテルは成績優秀ですね。ニーグレン家の令嬢も勉学が得意なのでしょうか」

「さあ、知らないが、ジルは確かに優秀だからな。勉強や魔法を教えているかもしれない。ジルは魔導士になれるほどの実力があるしな」


 そこでなぜかファビアンが鼻高々になる。親友というほど親しくないと思うのだが、ジルが褒められて悪い気はしないようだ。


「カミーユ様にお祝いしなければなりませんね。発表はいつになるのでしょう?」

「すぐにでも発表されるんじゃないか。ジルが知っていたぐらいだから」


 ファビアンは興味なさそうに言うが、ニーグレン家ではデキュジ族の血について語られない。

 メロディの母親の家が良い家だったようで、ニーグレン家にとって有意義な結婚だっただろう。しかし、ニーグレン家は領土を持っている。領土にはデキュジ族への偏見を持つ者も多い。そのためデキュジ族への差別には敏感だった。


 デキュジ族の血を持つ女性を娶りながら、その血筋をひた隠しにしたのだ。


 ニーグレン家ではデキュジ族の血について語られないのにジルから報告を受けたとなると、メロディがジルに相談でもしたのだろうか。


 頭の中でキュッテル家とニーグレン家では交流がないことを再確認する。家に関係なく顔を合わせ親しくなったのかもしれない。


 メロディがカミーユの相手になれば、キュッテル家もデキュジ族の存在を大々的にできるチャンスを得ると思うだろう。ニーグレン家は迷惑だろうが。


 ファビアンは大した用もなく、機嫌を良くしたり悪くしたりしながら、紅茶を飲み切って帰っていった。


「一体、何しに来たのかしら……」

「やっぱり、ヴィオレットお嬢様の態度が変わったことに気付いて様子を見に来たんじゃないでしょうか?」


 おかげで気疲れしてしまった。護衛騎士のコームも付けずにやって来たところを見ると、休むふりをして来たのだろうか。


「……まさか、あの女に会ってから来たんじゃないわよね?」

「さ、さすがにそこまで非常識ではないのでは?? メイドも付けていない令嬢の部屋に一人で行くなどと……」


 コームも付けずにふらふらやって来たのは、ヴィオレットの部屋にアメリーがいるからだ。アメリーがいなければ婚約者といえども部屋に入れることなどしない。しかももう夕暮れも過ぎた時間だ。


 ヴィオレットとアメリーは顔を見合わせて、まさかと思いながらもその可能性の高さにため息をついた。

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