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1 ー呪いー

「ヴィオレットお嬢様、ご気分はいかがですか?」

 薄茶色の髪を一つに結んだメイドのアメリーは、祈りを上げるように憂わしげな顔を向けた。


「何だか、景色がはっきり見える気がするわ。あなたの顔もよ。アメリー」

「お嬢様!! 顔色が全然違います! 目付きも、まったく!!」


 アメリーは感極まると、ヴィオレットに抱きついて泣き出した。その背中をなでてなだめながら、ヴィオレットはその後ろで立っている男たちを目に入れる。

 アメリーの他に、男が二人。一人はフードを被った魔術師で、もう一人は同じ学院に通っている、エディ・バダンテールだった。


 首元までの柔らかそうな黒髪で、長い前髪が目元を見にくくさせていた。時折髪の隙間から見える瞳はエメラルドグリーンの美しい色だが、身長が高すぎるせいか少々猫背なうえ、暗い色の上着を着ているので地味なところは否めない。


「呪いは解けました。これで問題ないでしょう」

「良くやってくれた。このことは口外しないように」

 エディの命令口調に、魔術師は何の反論もせず頭を下げると、その場で姿を消した。


「ヴィオレットおじょうさまあぁっ。お祝いしましょう! ケーキを食べましょう!!」

「そうね。あとで美味しい物を食べに行きましょう。バダンテール様。お礼をさせてください」

「お礼はまたの日で良いでしょう。本日はゆっくりなさってください。では、僕はこれで」


 バダンテールは礼を求めることなく、目元が見えぬまま口だけで笑んでさっさと部屋を出ていった。

 こちらの足下を見て高額な謝礼でも求めてくるかと警戒したが、肩透かしに終わった。彼が要求した礼は金額に関わりのないことなのだが。


(念の為、彼のことは調べた方が良いわね……)


 冷静になることができて、ヴィオレットは閉められた扉を見つめる。本来の自分ならばこんなことを親しくもない男性に頼むなどしなかっただろう。

 本当に呪いに掛かっていた。そう思わざるを得ない。

 自分は、いつの間にかおかしな呪いに掛かっていたらしい。


「それより、私、ひどい格好していない?」

 自分の着ているドレスを軽く見遣って、ヴィオレットはうんざりしそうになる。

「してます。してます! お似合いにならないって言ってるのに、お嬢様が頑として譲らなかったんです!!」


 ヴィオレットはストレートの赤ワインのような色をした赤毛。瞳はヘーゼルカラーで少しだけ吊り上がった目をしている。雰囲気が大人っぽいため、ピンクやリボンを使用したドレスはヴィオレットには全くと言って良いほど似合わなかった。本来の自分だったら絶対に選ばないドレスだ。

 それを我慢せず着ているとは、よほどおかしくなっていたように思う。

 しかし、クローゼットにはなぜかそんなドレスがずらりと並んでいた。前着ていた自分に似合うドレスはどこへいったのか。


「買い物に行きましょう!」

「はい! ご一緒します!!」


 今の服装に我慢できない! と部屋を出て、ヴィオレットとアメリーは学院の寮から街へ向かうことにした。

 ここは聖エカテリーナ学院。王宮内に建てられた貴族たちが通う学び舎で、この国の王子や王女も入学する由緒正しき学院である。


 ヴィオレット・ラグランジュは膨大な土地と豪奢な邸宅を持つ貴族の娘だ。魔法の力を込めることができる魔石が採掘される鉱山も所有しており、他の貴族とは比べ物にならないほどの財産がある。

 そのため、ヴィオレットはこの国の王子と婚約していた。


 ダレルノ王国には王子が三人いた。第一王子ジョナタン、第二王子ファビアン、第三王子カミーユだ。同い年のファビアンと婚約したのは八歳の頃。そのファビアンもこの学院に通っている。


「あ。」

 声を上げたのはそのファビアンの隣にいたマリエル・ポアンカレだ。

 ふんわりとした長い金髪と肩にかかる短い毛が顔の雰囲気を柔らかくし、年齢よりも幼く見せた。くりっとしたオレンジ色の大きな瞳をこちらに向け、少しばかり怯えるような顔をすると、さっとファビアンの背に隠れるようにする。


 ファビアンは彼女を隠そうとはしなかったが、ヴィオレットを睨みつけるようにして体を強張らせると、その場で足を止めた。

 まだ横を通り過ぎたわけでも、対面しているわけでもないのだが。


 ファビアンはマリエルと、いつも一緒にいる護衛騎士一人を連れていたが、三人が三人ともヴィオレットの動きに視線を合わせる。

 ヴィオレットはそれらを視界から外し、彼らのいる廊下へ曲がろうとせずそのまま先へ進んだ。


「え、ヴィオレット?」

 先に声を掛けてきたのはファビアンだ。ヴィオレットは仕方なく足を止め、するりと背筋を伸ばしてファビアンに向き直った。


「何でしょうか」

「あ、いや。静かだったから。何か企んでいるのかと……」

 端から失礼な言葉である。

 ファビアンは少しだけ困惑した表情を見せたが、それに返答する気も起きないと、ヴィオレットは軽く頭を下げた。


「買い物に行くので、失礼します」

 すげなく答えすぎただろうか。ファビアンがぽっかり口を開けていたが、ヴィオレットはさっさと立ち去った。


「……ヴィオレットお嬢様。ご気分はいかがですか? 何か急に飛びつきたくなったり、泣き出したくなったりしてませんか??」

「何だか、何も思わなかったわ。変なのかしら」

「呪いが解けたからですよおおお!」

 アメリーこそ飛びつきそうな勢いでヴィオレットにすがりついた。


「ほんとに呪いに掛かってたのねええ」

 何も思わず、何も起きなかった。アメリーの喜びに笑いながら、ヴィオレットは清々しい気持ちのまま街へと足を運んだのだ。






 ヴィオレットがファビアンに初めて会った時、彼は身長が低く気弱でおとなしめの男の子だった。

 八歳で決まった婚約は仲の良い姉弟のようなおままごとから始まった。ファビアンが弟のように常に後ろを付いてきていたからだ。


 十四歳を過ぎた頃にはそれはなくなったが、むしろ幼い頃をなかったことにするように、ヴィオレットに張り合うような態度を見せ始めた。

 それこそ幼いと口にはしなかったが、ファビアンはヴィオレットよりも優れているところを見せたがっていたのだろう。


 突っかかってくる弟をまあまあとなだめてやれるほどヴィオレットも大人ではなかったため、少々辟易した態度をしていたのは確かだ。

 同じ学院に入学するようになっても恋するような雰囲気などない。


 そして、第一王子のジョナタンが不慮の事故で死亡し、第二王子のファビアンが第一継承権を持つことになったのが一年半ほど前。

 その頃からヴィオレットの様子がおかしくなり、ファビアンに終始付きまとうようになったのだ。


(今まで塩対応だった婚約者が、第一継承権を得た途端に媚びてくるのだから、嫌にもなるでしょうけれど)


 ファビアンは第一継承権を持ったためにヴィオレットが結婚に前向きになったのだと勘違いし、ヴィオレットを嫌がるようになった。

 しかも、学院で知り合った女の子。先ほどファビアンと一緒にいた、マリエル・ポアンカレとファビアンが仲良くするところを見て、ヴィオレットが激怒。何かと文句を付けていたらしい。色々やらかしたようだが、ヴィオレットはあまり良く覚えていなかった。


(ぼんやり覚えてるんだけれど、あんまり思い出したくないわあ)


「私がファビアンに付きまとうとか、脳内やられてるわね」

「ファビアン王子は学院でも一、二を争う美男子と言われているんですが、ヴィオレットお嬢様は好まれないですもんね」


 ファビアンは十歳になってもウサギのぬいぐるみを片手にして、いつもヴィオレットの裾を摘みながら後ろを付いてきていた。ヴィオレットと足の長さが違ったため小走りに追ってくるような可愛さである。しかも、自分の足に引っ掛かって転ぶような鈍臭さだった。

 膝を擦りむいたファビアンの泣きべそを拭い、ウサギのぬいぐるみの汚れをはらってやり、泣くのをなだめてやったのはヴィオレットだ。


 少し前まで弟のように相手をしていたのだから、女性陣に人気があっても同じような視線を向けることはない。


「メイドの中でも人気ですよ。海のような美しい瞳に陽の光のような眩しい金髪。あの澄ました顔が素敵とか、あまり笑わない冷たそうなところが素敵とか」

「口を開けばすぐ泣くから、常に口を閉じていろと注意を受けていた結果ね」

「それを言ったらもう……」


 ファビアンの見た目は良いというが、見慣れているので何とも思わない。

 サファイアのような青い瞳と、柔らかい金髪。少し癖毛なのを気にして、朝はそれが目立たないようにしっかりセットしてくる。放っておくとくるくる巻いてしまって、顔が幼く見えるのが嫌らしい。


 性格も幼いのだから大人ぶる必要はないと思うのだが、言うと口を尖らせて腹を立てるので、いつしか口にするのはやめた。

 そんなヴィオレットが突然ファビアンにまとわり付き、近寄る女の子たちに噛み付くような態度をして、果てはすがるように自分に振り向いてほしいと懇願した。らしい。思い出したくない。


 それはそれは、頭がおかしくなったと思うだろう。ヴィオレットならば間違いなくそう思う。

 周囲もおかしいとは思っていたが、どうして態度を変えたのか。原因は誰にも分からなかった。






「いらっしゃいませ。これは、ラグランジュ様」

「ドレスを一新したいの。私に似合うドレスをいくつか見せていただける? ピンク色の入らない、リボンのないもので!」


 学院から街へ行き馬車を店の前に停めて颯爽と入り込む。ここでドレスを何着か購入する予定だ。

 学院で使用する制服に決まりはなく、講義を受けるためのドレスは自由だ。あまりにごてごてした豪華なドレスは不要だが、そこそこ品のあるものがいい。剣や魔法の授業も履修しているので、その時ばかりはドレスではなく動きやすいパンツとブーツが必要だ。


 それら全て何だか甘ったるく可愛らしい衣装でクローゼットがうめられていた。全て新しくするつもりだが、さっさと決めて次に行きたい。

 本日、学院は休みで行動は自由だが、正気に戻った今、行きたいところがある。


「これを全て買うわ」

「ありがとうございます!! すぐにお包みします!!」

「後で馬車に乗せていただきたいのだけれど、一度、裏口を貸してちょうだい」

「裏口?」


 怪訝な顔をする店員に案内されて、ヴィオレットとアメリーは裏口から店を出た。店の前で待っている馬車を横目に、裏通りを進んで少し離れた場所にある古びた飲み屋へと入る。


 中には人相の悪そうな者たちが数人集まっていた。ヴィオレットを見て、店中の者たちが視線を向けてくる。

 そんな視線も気にせず、ヴィオレットはカウンターに進むと一つの真っ赤な宝石を出した。


「これを使いたいのだけれど、問題ないかしら?」

「……問題ありません。こちらへどうぞ」


 カウンターにいた男はヴィオレットとアメリーを別の部屋に案内する。階段を上がり誘導されるままに部屋に入ると、そこには人相の悪い男が机の上に足を乗せて踏ん反り返っていた。


「ヴィオレットお嬢様!? お久し振りでございます!!」

 部屋に入った瞬間ぎろりと睨んできた男だが、ヴィオレットが誰だか分かるとすぐに立ち上がって姿勢を正した。


「長くいらっしゃらないので、忘れられたかと思いました」

「ごめんなさいね。しばらく、呪われていて」

「は??」


 男が目をパチパチと瞬きするのを見て、ヴィオレットは今までの経緯を話すことにした。

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