大泥棒と老執事、悪魔の城から金の王女を盗み出す
年をとって引退した大泥棒。
そんじゃあ、のんびりしてやるかと、ぶらぶら気ままに一人旅。
もじゃもじゃの白髭に金貨を隠し、大きな体にビールを毎晩詰め込んだ。
毎日平和で気楽だけれど、なんだか少し退屈だ。
ある時、森の中で迷ってしまい、古いお城にたどり着いた。
「おうい、一晩泊めてくれ」
ギイっと門を開けたのは、暗い目をした痩せっぽっちの老執事。
老執事はため息をついて、小さな声で呟いた。
「やれ、どこかでみた顔だと思えば、悪党も悪党の大泥棒」
「ややや、どっかで会ったかな」
「昔の話。あんたはこの城にも盗みに来たよ」
「へえ、そうだったかよ。すっかり忘れちまったナァ」
「まあ、いい。それよりひとつ、盗みを頼まれちゃくれないか」
そう言うと、老執事は話し始めた。
ここは悪魔に乗っ取られた城
悪魔に奪われた大事なものを取り返しておくれ
ひとつ目は、金の皿、なんでもほしいものが食べられる
ふたつ目は、金の冠、だれでも言うことを聞かせられる
みっつ目は、金の王女様、この世のすべてが手に入る
大泥棒は驚いた。真面目が服を着たような老執事が、まさか盗みを頼むとは。
奇妙な依頼に久しぶりに胸が躍って、大泥棒は引退したことなんかすっかり忘れ、二つ返事で引き受けた。
■ □ ■
そうと決まれば、作戦会議。
悪魔に見つからないよう、城の端っこの地下室がアジトになった。(老執事はアジトという呼び方に抵抗したが、大泥棒は気にせずアジトと呼び続けた)
老執事は、細かな作戦を書いた大きな羊皮紙を壁いっぱいに貼り出した。
城に住んでる猫の模様まで説明し始めたものだから、大泥棒はしびれを切らして喚き散らした。
「城の地図だけ持ってこい!」
「大声出さないでいただきたい」
「んな、分単位での作戦なんか上手くいくわけないだろう。これだから素人は」
「ですから、大声出さないでと。全く、品がないったら」
「なんだと!? そんならお前が代わりに行けよ。完璧な作戦なんだろう?」
「できるならあんたここにいる理由がないでしょう。全く、少し考えればわかるものを」
「屁理屈ぁいいから、城の! 地図を! 持ってこいっ!!」
年をとれば丸くなるなど、一体誰が言ったのか。
大雑把で気が短い大泥棒と、神経質で用意周到な老執事。
二人は全く正反対の性格で、わあわあ、ギャアギャアと城の端っこの地下室で、悪魔に隠れて喧嘩し続けた。
それでも二人はなんだかんだと優秀な泥棒と執事だったので、必要な準備は一つ残らずきちんと揃っていった。喧嘩ばかりしていても、妙にうまくいったのだ。
■ □ ■
まずはひとつ目。金の皿。
なんでも欲しいものが食べられる魔法の皿だ。
食堂の暖炉に飾ってある。
老執事は念の為にと、金メッキでできた偽物の皿を大泥棒に持たせてやった。大泥棒は荷物が増えるのを嫌がったが、老執事は断固として譲らなかった。
大泥棒は、頭の中に入れた城の地図通りに迷うことなく食堂へ行き、すぐに目当ての金の皿を見つけ出した。
やれ、随分と簡単だったと大泥棒が金の皿を持ち上げた途端、突然、暖炉がけたたましい大声を上げた。
タスケテ! タスケテ!
大泥棒に盗まれる!
金の皿が盗まれる!
上の階から悪魔が降りてくる音がする。
大泥棒が慌てて、金メッキの皿を代わりに飾ってやると、暖炉はようやく黙り込んだ。それでも逃げるほどの余裕はなく、悪魔が食堂の扉を開ける音がして、大泥棒は暖炉の中に潜り込んだ。
大人三人分ほどの真っ黒い影が部屋に入ってきて、食堂の中をうろついた。
「なんだ、ちゃんとあるじゃあないか」
地獄の底から響くような声で呟くと、悪魔は首を捻りながら食堂を出て行った。
大泥棒は暖炉から這い出して、さっさと無事に逃げ出した。
その夜、大泥棒と老執事は金の皿から好きなものをたくさん出してたらふく食べ、袋の中に放り込んだ。
■ □ ■
二つ目は、金の冠。
誰にでも言うことを聞かせられる魔法の冠だ。
こちらはちょっと厄介で、城の宝物庫にしまってある。
老執事は念の為にと、金メッキでできた偽物の冠を大泥棒に持たせてやった。今度は大泥棒も文句を言わなかったが、どうせなら宝物庫の鍵をよこせと悪態つくのは忘れなかった。
大泥棒はちょっと手こずりはしたものの、長年磨いた鍵開けでスルリと宝物庫に忍び込み、目当ての金の冠を見つけ出した。
まあ、大したことはなかったと、大泥棒が金の冠を持ち上げた途端、突然、宝物庫全体が金切り声を上げた。
タスケテ! タスケテ!
大泥棒に盗まれる!
金の冠 盗まれる!
上の階から悪魔が降りてくる音がする。
大泥棒が慌てて、金メッキの冠を元の場所へ置いてやると、宝物庫はスッと静かになった。それでも逃げるほどの余裕はなく、悪魔が宝物庫の扉を開ける音がして、大泥棒は宝箱の中に潜り込んだ。
大きな真っ黒い影が部屋に入ってきて、部屋の中をうろついた。
「なんだ、ちゃんとあるじゃあないか」
悪魔は金メッキの冠があるのを見ると、首を捻りながら宝物庫を出て行った。
大泥棒は宝石箱から這い出して、さっさと無事に逃げ出した。
その夜、大泥棒と老執事は金の冠を前に、ううんと唸り、どちらがどちらに言うことを聞かせるか、一体何を命令するかで散々揉めた。
結局、大泥棒は老執事の命令でとても礼儀正しく夕食を食べさせられ、老執事は大泥棒の命令でたぬき踊りを踊らされた。どちらもぐったり疲れてしまった。
「いざとなると、人に何かさせたいってなぁ、特に出てこないモンだナァ」
「いいんです。悪魔の手元にあるのが困るだけですから」
「じゃ、こんなバカみてえに試してみなくてよかっただろ」
「いや、魔法の金の冠でたぬき踊りを踊らせるなんて、あんたくらいのものでしょうよ」
大泥棒はウハハと笑って、金の冠を袋に放り込んだ。
■ □ ■
最後の三つ目、金の王女様。
この世の全てが手に入る。
金の王女は悪魔の部屋に囚われていて、悪魔に気づかれずに盗み出すのは難しい。
それでも大泥棒はこれまでの集大成とばかりに、念入りに準備をし、なんとかなるとアタリをつけた。
老執事は、金メッキの王女を用意しようとしたが、さすがに大きすぎて無理だった。
代わりに逃げ出すための馬を一頭用意しておいた。三人乗りもできる、大きくて速い特別な馬だ。本当はこの馬も悪魔に取られていたのだけれど、ずっと世話をしていたのは老執事。馬だって、誰が主人かくらいわかっている。そしていつでも逃げ出せるように、金の皿と金の冠を入れた袋も鞍にくくりつけた。
作戦決行は、満月の夜。
泥棒のセオリーなら新月の夜がベストだが、相手が悪魔となれば話は違う。新月の夜に力を最大にするのは、何も泥棒だけではない。
大泥棒は月明かりの中、大きな体に似合わぬ慎重な動きで城の中に忍び込み、屋根伝いに悪魔の部屋を目指していく。
頭に入れた城の地図通り、最上階の一番大きな部屋で悪魔は大いびきをかいて眠っていた。
部屋の中で鎖に繋がれた金の王女を見つけると、大泥棒は急いで鎖の鍵を外してやった。
金の王女は、突然現れたもじゃもじゃ白髭の老人を見て、少女らしい好奇心に満ちた目をキラリと輝かせた。
「あなた、泥棒?」
「おうよ、大泥棒様だ! けど悪モンじゃねぇから叫ぶなよ。ここの執事にあんたを盗み出してくれって頼まれてんだ」
「わかったわ」
「ようし、イイ子だ」
二人がそろりと部屋を出ようとした途端、王女につながっていた大きな鈴がジャラジャラと音をたて、あっという間に悪魔が目を覚ました。
「なんだぁ! きさま! この泥棒め!!」
雷が空を破るような大声で悪魔が怒鳴り、大鎌を振り上げたので、大泥棒は振り返って負けないくらいの大声でこう叫んでやった。
「そうさ! オレは天下無双の大泥棒! おまえの大事な金の皿と金の冠、その節穴でようく見てみな!!」
大泥棒は金の王女を担いで大急ぎで城から飛び出すと、外で待っていた老執事と落ちあった。三人は馬に飛び乗り、夜の森の中を逃げ出した。
悪魔は大泥棒の言葉が気になって、ひとまず食堂へ走っていった。
飾られていた金の皿を手に取ると、ボロボロと金のメッキが剥がれて古びた皿が現れた。
それから悪魔は慌てて宝物庫へと走っていった。
しまってあった金の冠を手にすると、ボロボロと金のメッキが剥がれて小さな子供のおもちゃに変わってしまった。
悪魔は大声で罵り声をあげながら、一目散に三人を追いかけた。
いくら駿馬で逃げようと、怒りに燃えた悪魔の速さには敵わない。
三人はあっという間に追いつかれ、尻の先に悪魔の大鎌が刺さりそうになってきた。
「金の皿を捨てろ!」
そう大泥棒が叫んだので、老執事は迷わず金の皿を後ろに投げ捨てた。
金の皿は岩にあたって、粉々に砕け散った。
悪魔は悪態をつきながら、そのかけらをひとつひとつ拾い集めた。
そのすきに三人は馬を飛ばして逃げ続けた。
それでもこれ以上ないほどに怒った悪魔の速さには敵わない。
またあっという間に追いつかれると、尻の先に悪魔の大鎌が刺さりそうになってきた。
「金の冠を捨てろ!」
そう大泥棒が叫んだので、老執事は迷わず金の冠を後ろに投げ捨てた。
金の冠は滝壺に落ちて、粉々に砕け散った。
悪魔は大声で呪いの言葉を吐きながら、そのかけらをひとつひとつ拾い集めた。
そのすきに三人は馬を飛ばして逃げ続けた。
しかしそれでも怒り狂った悪魔は、あっと言う間に追いついてくる。
残っているのは金の王女だけ。
どうしたものかと大泥棒が思案していると、突然、金の王女がすうっと光って、金の人形と普通の人間の二つに分かれていった。
人間になった王女は、大きな声でこう叫んだ。
「私か金の人形か、どちらかを悪魔に渡して!」
大泥棒と老執事は顔を見合わせると、迷うことなく金の人形を後ろに投げ捨てた。悪魔は慌てて金の人形を受け止めた。
悪魔は金の人形を抱えて、それでもまだ三人を追いかけようとしたのだが、ちょうど運の悪いことに大きな沼にはまってしまった。
金の人形を手放せば良かったものを、それでも悪魔は金の人形を後生大事と抱えたまんま、沼の底へと沈んでいった。
大泥棒と老執事と人間になった王女は、その様子を見届けると、元の城へ帰ることにした。
とても頑張った馬がヘトヘトになっていたので、三人は馬から降りて歩くことにした。
満月のおかげで森の中は明るく、三人は馬を連れ、晴々とした気持ちでのんびり夜の散歩を楽しんだ。
「そうそう、城に帰ったら、これでうまいモンたらふく食おうぜ」
大泥棒はニヤリと笑うと、懐から金の皿を取り出した。呆気に取られた老執事と王女を見て、大泥棒はウハハと笑い出した。
「さっき投げたのは偽物さ! ジジイが作った金メッキの材料をくすねてもうひとつ作っておいたってわけさ! 盗んだモンをあんな簡単に手放すわけないだろう」
そう言うと、金の冠も引っ張り出して、ウハハハハっと大声で笑い続けた。
王女は渋い顔をする老執事を覗き込んだ。
「ジジイって、あなたのこと?」
「ええ、そのようで。あちらの方が年は上だと思いますがね!」
それはどうかな、と王女は思って二人を見比べた。王女も思わず笑い出し、それを見た老執事も結局つられて笑い出した。
三人は城に着くまでずっと笑い転げていた。
それから三人は、そのまま城で暮らすことにした。
■ □ ■
ここから先は、めでたしめでたし、みんなは幸せに暮らしました、という話。
三人は喧嘩したり笑ったり、時にはちょっとした冒険をしたりして毎日楽しく過ごしていた。
何年か経ち、年頃になった王女は遠い国からやってきた優しい王子と結婚し、立派な王と女王になった。
領地は豊かになり、子供たちもたくさん生まれて城は賑やかになっていった。
大泥棒は毎日子供たちと遊ぶのに大忙し。退屈する暇などありはしない。
夜になれば老執事とチェスの勝負をしながら酒盛りをした。
こんなに幸せな日々は、そうそう他には見つからない。
なるほど確かに、この世のすべてが手に入ったと、大泥棒は納得した。
金の皿と金の冠は城の宝物庫に入れっぱなし。誰も使う必要がなく、いつしか忘れられていった。
ある日、大泥棒は屋根の修理をしていた時に足をすべらせ落っこちて、そのままあっけなく死んでしまった。
泥棒らしくていいじゃねぇか、と笑って死んだ。
それからしばらくしたある日、老執事が眠ったまんま死んでいた。
枕元には読み終えたらしい本がきちんと置かれ、老執事はずいぶん満足そうな顔をしていた。
二人がいなくなって、女王は悲しくて寂しくてこっそり一人で泣いていた。
そんな女王のことを、空から大泥棒と老執事はずっと見ていた。
今ではすっかり立派な女王陛下になっていたけれど、二人にとって彼女はずっとかわいい王女様のままだった。
「あんた、もう少し長生きできなかったのかね。王女様をあんなに悲しませるなんて」
「さっき死んだばかりのヤツに言われたかねぇな。お前が長生きすりゃあ良かっただろ」
「何を言う。わしは寿命だが、あんたはうっかりだったじゃないか、大泥棒が聞いて呆れる」
「失敗すれば死ぬってのが泥棒さ。バカバカしくてイイ最期だったじゃねぇか」
「わしには分からん。ともかく、王女様がいつも幸せでいてくれることを願うだけだ」
「大丈夫さ。あんだけ楽しいことがあったんだ。オレ様みたいな大泥棒でも盗み出せない豊かな財宝が、あの子の中にはあるからな」
確かにそれは、大泥棒の言う通り。
めでたしめでたしは続いていく。
それでも時には辛いことや悲しい日もあって、そんな時、女王は三人で悪魔から逃げた満月の夜のことや、仲良く暮らした日々を思い出した。
それを見て大泥棒は得意そうに「ほらな」と笑い、老執事もなるほどそうかと安心して、空の上で二人は酒を酌み交わすのだった。