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潜入捜査官はエルフ  作者: 月ノ裏常夜
8/12

第8話 エルフの作戦

「今日はもう戻った方が良くないか?」

 食事が終わり気が付けば、日もだいぶ暮れていた。

「今日はここで野営する」

 ルルがそんな事を言い出した。

「森の中でか?」

 俺はてっきり今日は俺の家に戻るつもりでいるのかと思っていた。

「そうだ問題か?」

 一方のルルは今日は最初からこの森で一泊するつもりのようだ。

「森の中で寝るという習慣は無い」

 騎士団の中でも長距離を移動するような任務に就く場合は野営をする事があると聞くが、俺の場合はあくまで街中の捜査が主な任務だ。野営をしたことは無い。

「森の中で寝るのも悪くないぞ?」

 エルフが普段どういう生活をしているのかは知らないが、ルルとしてはこのまま一泊する事を考えているようだ。いや、むしろそれを俺に体験させたいのだろうか。

「一日一回の報告があるだろう」

 俺の都合として、騎士団長に一日一回の報告をする義務がある。

「今日の分はもう済ませただろう」

 ルルの言う通り、今日の分は朝済ませたため、今日中に戻る必要は無い。

「明日の分は?」

 だが明日も騎士団長に報告する必要はある。

「朝一である必要は無いんだろう? 昼過ぎにここを出ても夜には王都に戻れる」

 確かに一日一回の報告という事になっていたため、朝一である必要は無い。何かを企んでいるようにしか思えない。

 それに、昼過ぎにここを出るというのはどういう事か。

 エルフの警備隊をけしかけるつもりか?

 しかし、そんな事をする意味がルルにあるのか。

 そういえば、ここに来たことは誰にも言っていない。

 もしも俺が今日ここで死んだとしたら、あるいは行方不明になったとしたら。

 そこまで森の奥までは入っていない。まだ一日だ。

 仮にルルに置き去りにされたところで、一人で王都に帰る事ぐらいはできる。

 それでもここで孤立した俺をどうにかするには、ルルにとっては好都合だ。ここはエルフの森でエルフの領土。エルフであるルルが、何かを仕掛けるにしては都合が良いのだろう。

 今までルルは捜査に協力的だった。不審な点はあったが、ルルが密猟者と通じているとは考えにくい。

 あるとすれば、それはエルフとして何か隠された思惑があるのではないか。そのために俺の命を奪ったりするのか。

「分かったよ。それで、どこで寝るんだ?」

 今はルルを信じる事にしよう。

「流石に川辺は冷える。少し森の中に入った場所の寝床を探そう」

 そう言って俺とルルは寝床を探すために再び森に入っていった。こういう事に慣れているのか、直ぐに寝床は見つかった。

「ここでいいのか?」

 一本の大きい木の根本に、ある程度土が固まって平坦なっている場所あった。

「そうだな、私はそっちで寝よう」

 ルルは直ぐ近くにあった別の木の根元で寝るつもりらしい。流石に添い寝をするつもりはないようだ。

「ああ、お休み」

 密猟捜査は無かったとはいえ、長距離の移動は流石に就かれる。俺は見つけた寝床に横になる前に、ふと周りを見渡すと、アマダケが生えていた。ここはアマダケの自生地域らしい。

「いくら私が同行しているとはいえ、人間がそれを取れば密猟扱いだぞ」

 俺の視線に気が付いたのか、ルルが釘を刺しに来た。

「取らないよ」

 もちろん、そんなつもりは毛頭ない。

 確かにアマダケは高級品だが、俺はエルフの森でアマダケを採取するのが密猟になる事を知っているし、法律を破るつもりはない。

 それにしても、一体何故ルルは今日エルフの森に来たのか。本当に俺に兎肉を食べさせる事だけが目的だったのだろうか。

 犯罪捜査において、相手の証言を真に受けてはいけない。犯罪者は自分を守るために平気で嘘を付く。

 盗んだ物を買った物と言い張る。自分で殺した相手を、発見した時には既に殺さたと言い張る。そう言った嘘の証言を何度も聞いてきた。

 だから俺は他人を疑う癖が付いてしまった。

 ルルはどうだろうか。

 今まで嘘を付いている様子は無いが、何かを隠しているようには見える。それが何なのかはまだ分からない。

 翌日、その正体が分かる事になる。


 ●


 ルルと出会ってから四日目の朝。

 俺は日差しを感じて目を覚ました。いつもは当然家の中で寝ている。目が覚めると森の中というのは不思議な感覚だ。

 そういえば、ルルと一緒にエルフの森に来ていたんだった。

 寝ぼけた頭を回転させながら、ふとルルが寝ていた場所を見ると、そこにはルルの姿は無かった。

「ルル?」

 辺りを見回しても、その姿は無い。先に起きて、どこかに行っているのだろうか。

「あいつ、またか」

 思えばルルは良く姿を消す。一体何をしているのやら。一日中傍にいる訳にもいかないが、護衛と言う任務もある以上、あまりルルを一人にしない方が良い。

 ルルを探しに行こうかと思った矢先、ふと思い出す。

 ルルが居ないという事は俺一人という事だ。

 エルフの森で、人間が一人になってしまったら、それは密猟者という扱いになるのではないか。

 まさかルルが俺を謀ったのか。

 とはいえここまで一緒に来た以上、ここに俺を連れてきたのはルルであり、ルルと俺が共に行動している事は団長も知っている。

だが、実際にエルフの森に入ってここに来た事を知っているのは俺とルルだけであり、俺がいつの間にかエルフの森に入ったとルルが証言してしまえば、それを否定するのは難しい。

最悪の事態を考えるならば、ルルが俺を密猟者にしたて上げるというのもありえなくはないが、そんな事をするメリットがルルにあるだろうか。考え過ぎだと良いが。

 俺を起こす前に、狩りに行った可能性もある。ただ居ないだけで疑うというのは早計だ。

 ともかく、この場でルルを待つか、ルルを探しに行くのはどちらが良いのだろうか。

 そんな事を考え始めた矢先、何者かの気配がした。

 ルルが戻ってきたのかと思い、声を掛けようとしたが、俺はすぐさま身を隠した。

 それは相手の気配が複数人だったからだ。


 ●


 俺は息を潜めて、相手の様子を伺う。

 万一エルフの警備隊であったら、面倒な事になる。幸いにも、その予想は外れた。

 やって来たのは人間だった。

 つまりは密猟者。

 ルルが居ない今、俺一人でどうにかしろと言うのか。

 まあ、見逃すわけにはいかない。

 ここはエルフの領地だ。

 騎士の俺が、密猟者を捕まえる権限があるかどうかは微妙なところだが、そんな事を言っている場合でもないだろう。

 それに、騎士の俺が密猟者を見逃すという方が問題になるだろう。

「この辺りにはまだアマダケがあるな」

 トッドの声が聞こえた。どういう事だ。トッドとルルはグルだったのか? だとしてもやる事が回りくどすぎる。

 それにトッドはこっちに気が付いていない。ルルがトッドをけしかけた訳ではなさそうだが、かといって偶然トッドがここに現れたというのも考えにくい。

 ルルはどこかに隠れて、俺がどうするか見ているのだろうか。つまりはルルは俺がトッドとグルである事を疑っていて、トッドと鉢合わせしたらどうするか様子見をしている可能性が考えられる。だとすると、ルルはトッドが今日密猟に来るのを知っていたのか。

 エルフの森に入る前に、密猟者と遭遇したらどうするのかを聞かれたのは、こうなる事が分かっていたからなのか。

 アマダケの自生区域。何故ルルは俺をここに連れてきたのか。

 疑問は尽きない。だが、ルルはトッドの仲間を一人殺している。あれも演技だったというのか。まさか、俺を騙すために人間一人を殺すというのか。それはリスクが大きすぎる。だとするならはりトッドとルルがグルというのは考えにくい。

 それにトッドとルルがグルなら、今の状況でトッドが俺に気が付いていないというのはおかしい。

 という事はやはりルルはただどこかに行っているだけなのか。

 相手は一人ではない。出て行ったところでどうなるかは分からない。

 ならば、見ているのが正解なのか。

 密猟の証拠は得るのが難しい。よって、現行犯で捕まえるのが一番望ましい。

 だからルルは俺をここに連れてきたのではないのか。

 こうしている内にも密猟者はエルフの森で密猟をしている。

 エルフの警備隊は何をしているのだろうか。ルルは一体どこに行ったのか。

「さっさと回収するぞ」

 またしてもトッドの声が聞こえた。

 俺の視界に、トッド達が辺りに自生しているアマダケを密猟していく様子がハッキリと見えた。もう言い逃れはできない。現行犯だ。

「動くな!」

 俺は意を決して、物陰から姿を現した。


 ●


 トッドはお俺の声に驚いたのか、ただ驚き呆然としている。しばらくの沈黙の後、俺が一人だと分かったのか、ようやく声を出した。

「お前、なんでここに?」

やはりトッドは俺がここに居るとは知らなかったようだ。

「お前を密猟の現行犯で逮捕する」

 そういって俺は剣先を向ける。

「お前一人でか?」

 俺を見たトッドは一瞬弓矢を構えようとしたが、直ぐにそう言って思いとどまった。周りにエルフがいる事を警戒しているのだろう。

「だったら何だ?」

 ざっと見て相手は十人程度。全員で来られたら俺一人では敵わないかもしれないが、見ている事はできなかった。

「お前馬鹿か? 一人でどうする気だ?」

 案の定トッドは強気だった。

「逮捕すると言っただろう」

 だからと言っても俺も引くつもりは無い。現行犯でありトッドを捕まえるまたとないチャンスだ。多少相手の数が多いぐらい何とかして見せる。

「新しい相棒はどうした?」

 トッドは一昨日ルルの姿を見ている。今日も一緒だと思ったのだろう。

「お前には関係ない」

 今トッドに余計な事を話す必要は無い。

「まさか、はぐれたのか?」

 目が覚めたらいつのまにかルルが居なくなっていただけで、はぐれた訳ではない。置いて行かれたという言い方が正しいのかもしれないが、それをトッドに説明する義理はない。

「あまり騒げばエルフの警備隊が来るぞ?」

 ダメ元でハッタリをかけてみる。

「エルフの警備隊? そんなものはない。エルフは一人でしか行動しない。警備隊というより警備員だ。数を組めば大した相手じゃない」 

 エルフは単独行動を好む。それは昨日ルルから聞いた話だ。

つまり、トッドは密猟の常習犯である事をご丁寧に俺に説明してくれたわけだ。

「一昨日仲間を見捨てて逃げた奴が良くいうな」

 一昨日は密猟者三人に、俺とルル二人だったが、ルルの手によって一人の密猟者を射殺された。それなのに、大した相手ではないとは良く言ったものだ。

「そういうお前は俺を取り逃がしただろ」

 ああそうだ。俺は一昨日トッドを捕まえるつもりで待伏せしていたが、結局逃げられた。それについては言い訳出来ないだろう。

「お前ら! こいつは昨日一人で逃げたんだぞ! お前らも捨て駒にされる!」

 おれは声を張り上げて周りに聞こえるように叫んだ。

「それで揺さぶりをかけたつもりか? 今からこいつらがお前の味方をすると思うのか?今からお前側につけば、騎士にしてくれるのか? 無理だよな? 犯罪者は犯罪者で群れるしかない」

 トッドはそんな俺の言葉に全く動じることなくそう言った。

 残念ながらトッドの手下どもも、同じ考えのようで全く動きは無い。

「だったら全員で捕まるか?」

 例え全員を相手にする事になったとしても、ここは森だ。障害物を利用して一人づつ倒せば何とかなる。

「本気で一人で俺たちを捕まえるつもりか? 何か見返りでもあるってんなら手加減して可愛がってやるぜ?」

 どうやらトッドは自分の勝利を疑っていないようで、随分と横柄な事を言っている。

「ふざけるな。そんな要求が通ると思っているのか?」

 そもそも今トッドに対して出せるような物はないし、あったとしてもトッドが俺を見逃したりはしないだろう。

「ああそうか、じゃあ交渉決裂だな。だったら生かして返す必要も無い。殺せ」

 トッドがそういうと、取りまき達が武器を手にじりじりと俺との距離を詰め始める。

 この人数差だ。正気は薄いが、なにもせずやられるつもりは無い。

 俺も剣を手に、密猟者達を牽制する。

「どうした、威勢のわりには掛かって来ないんだな」

 相手も森の中の足場の悪さを警戒してか、直ぐに飛び掛かってくるような真似はしなかった。それでも俺を包囲するかのようにゆっくりと距離を詰めて来る。

「そっちこそ、逃げるなら今の内だぜ? それとも新しい相棒に助けを求めるか? ここはエルフの森だ。大声を出せば助けに来てくれるかもな」

 まるでエルフが来ても怖くないと言っているようだ。

「俺があんな子供に助けを求めるとでも?」

そして、俺の正面。トッドたちからすれば背後から、空気を切り裂く音がした。


 ●


 意外だったと言えば嘘になる。

 偶然にしては出来過ぎている。ならばルルはトッドが来ることを知っていた。さらにルルとトッドがグルである事は考えにくい。

 とするならルルは近くでこの様子を見ていると考えるのが妥当だ。

 唯一予想外だった事と言えば、降り注いだ矢が無数にあった事だ。

 つまりは、ルル一人で放ったにしてはその本数があまりにも多い。森の中、無数の矢が俺達に向かって虚空から降り注いだ。

 俺にとって、正面から飛来する矢であれば、受け止めるのは容易い。

 風切り音が聞こえると同時に剣を左に持ち替えて身構えた。

 飛来した矢の内の一本が、俺に刺さるような軌道を描いていた。それを俺は自分に命中する直前に右手で掴みすぐに投げ捨てる。

 二射目を警戒したが、次いで俺に当たるような矢が飛んでくることは無かった。

 辺りを見渡すと、矢を交わす技術を持っていない密猟者達はなすすべなく降り注ぐ矢の餌食となっていった。

 その俺の予想を裏付けるような声がする。

「全員動くな。動いた奴には追加の矢を浴びせるぞ」

 俺の正面、矢が飛来した方向から、ルルが歩いてきた。

「お前、どういうつもりだ?」

 いくら俺が矢を止められる事を知っていたとはいえ、俺もろとも密猟者に矢を浴びせるというのは流石に一言言っても良いだろう。

「貴様は動いても良いぞ」

 まるで俺の声が聞こえなかったかのように、ルルは昂然とそう言い放った。

 ルルに付き従うかのようにエルフの一団も姿を現した。ざっと見て十人以上はいる。恐らくはエルフの警備隊だろう。

 つまり、俺の質問を無視したのは、エルフの警備隊に、俺が密猟者ではない事を伝えるためか。

 それでも、一歩引いた立ち位置でルルを守るかのように弓矢を構えるその様子は、まだ俺の事を警戒しているようだ。

 矢の雨を降らせたエルフの警備隊と、それをまともに浴びた密猟者。さらには、エルフの警備隊に守られるような立ち位置のルル。

 今はルルが、この場を掌握している。

「お前、警備隊の指揮官だったのか?」

 俺が口にした疑問に、エルフの警備隊がざわついた。どうやらこの予想は当たっているようだ。

「長は最前線に立たなければ周りは付いてこないと言っただろう」

 確かに、そんな事を言っていた。

「だったらそう言え」

 最初から、トッドを待伏せするつもりだったのか。

「ルル様、この方はまさか…」

 ルルの近くにいた警備隊らしきエルフの一人が口を開く

「コイツは騎士だ。だから我々の攻撃には正当性がある」

 ルルは俺が騎士である事を説明する。しかしそれは俺にとっては要領の得ない話だ。何故俺が騎士だと密猟者を射かけて良い事になるのか。

「ふ、ふざけるな! いくらエルフの土地でも人間を攻撃して良いと思っているのか!」

 トッドが声を張り上げた。

 トッドには腕や足に数本矢を受けているが、致命傷には至っていないようで、大声を出す元気はあるようだ。

 密猟をしておいて盗人猛々しい。とはいえ、法律上は、エルフの土地でも人間を攻撃するのは禁止されている。

 ルルは一体どうするつもりなのか。

 その答えを、ルルは躊躇う事無く口にした。

「密猟の現行犯は殺しても良い事になった。残念だったな密猟者ども。お前らは国から見捨てられた」

 それは、法律が変わったという事だろうか。

「そんなはずがあるか! エルフが好きに人間を殺して良いなんて、認める訳がないだろうが!」

 トッドが抗議の声を上げる。俺もルルの過激な意見には信じられない。そもそもそんな話は聞いたことが無いが、本当なのだろうか。

「好きに殺して良い訳ではない。条件付きだ」

 熱くなっているトッドとは対象的に、ルルは淡々と話す。

「条件だと?」

 トッドはまだルルの言っている事が信じられないようだ。そして、何故かルルは露骨に俺に視線を向けた。その理由は直ぐに分かった。

「それは、人間の騎士が密猟を目撃している事」

 それで、俺をわざわざエルフの森に連れてきたというのか。

「そんなはずはない」

 俺は今までのルルの行動から、恐らくルルが行っている事は本当だと思っているが、トッドはルルの話を信じる様子は無いようだ。

「この前騎士団長と話を付けた」

 俺がルルと最初に会った時、俺が団長室に入る前に何を話していたのかとは思っていたが、この事だったのだろうか。

「人間の騎士団長が、エルフが有利になるような条約を結んだって言うのか? そんな事はあり得ない」

 どうやらトッドは、エルフは人間の敵だと思っているようだ。だからこそ、騎士団長がエルフが密猟対策をしやすくなるような条約を結ぶ事がしんじられないのだろう。

「ああそうだ、お前らがその犠牲者第一号という訳だ」

 驚くトッドに対して、ルルは平然と言葉を続ける。

「証拠はあるのか?」

 それでもトッドはまだ信じられないようだ。そんなトッドに向って、ルルは決定的な一言を放った。

「証拠ならここにある」

 そう言ってルルは一枚の文書を服の中から取り出した。遠目で良く見えないが、正式な調印書のようだ。

 やはりそうだったのか。服の中に何か隠しているだろうとは思っていたが、隠していた物の正体はそれか。

「ま、まさか…」

 よほど意外だったのか、トッドの顔が目に見えて青ざめている。

「自分の立場を理解したか? つまり生かすも殺すも私の判断次第という事だ」

 そう言いながらルルは手早く先ほどの文書を服の中にしまった。

 トッドが絶句しているようなので、俺は口を挟む事にした。

「それで、俺を連れてきたのか?」

 何故当然エルフの森に連れてきたのか理由が分からなかったが、その条約を使って密猟者を捕まえる事が目的だったのか。あるいは、殺すつもりだったのかもしれないが。どちらにしろ、その条約を使うには、人間の騎士が必要だ。

「ああそうだ。察しが良いな」

 ここまで説明されれば誰でも分かる。

「何故黙っていた?」

 最初からそのつもりなら、ここに来た時点で話しても良さそうなものだ。

「お前を完全に信用できなかった」

 つまり、人間である俺が、密猟者の仲間である事を捨てきれなかったわけだ。

「だから密猟者と鉢合わせさせて、どうするか反応を見たってことか?」

 あれもルルの手引きだと言うのか。

「そういう事だ」

 俺がルルを疑っていたように、ルルも俺を疑っていたという事だ。

 それでもまだ残された疑問がある。

「こいつらが今日密猟しに来ると知っていたのか?」

 様子を見るのは分かるが、そのためには事前にトッドが来ると知っている必要がある。一体どのような方法を使ったのか。

「ああ、一昨日聞かせてもらった」

 ルルはそれが何でもない事であるかのように言った。

「一昨日? まさかあの後の追跡に成功したのか?」

 一昨日と言えば、トッドが騎士団の保管庫から密猟品を持ち出したのを阻んだ日だ。あの日もルルはいつの間にか姿を消していた。その後直ぐにルルを発見する事は出来たが、あの間にトッドのアジトまで辿り着いていたというのか。

「アジトまで行ったら、色々話を聞けたよ。私が尾行している事に気が付かずに、今日の密猟の話も聞けた」

 その言葉を聞いたトッドが、発狂したように声を上げる。

「馬鹿な! 追手がいない事は確認した!」

 ルルの尾行に気が付いていたなら、話を盗み聞きされるような結果にはなっていないだろう。

「協力者への上納金支払い期日が迫っているから、密猟を強行するしかないとか言っていたな」

 ルルが言った言葉は、一昨日聞いた話なのだろう。トッドがその言葉を聞いて愕然としている。

「本当に、アジトまで尾行していたのか?」

 恐らく本当にアジトでその話をしていたのだろう。アジトでした話をルルが知っているという現実を突きつけられ、アジトにルルが侵入していた現実を認めざるを得ない一方で、それでもルルに尾行されていた事を認めきれないようだ。

「そうだと言っているだろう。貴様が尾行に気が付かなかっただけだ」

どうやって尾行したのか気になるところではあるが、手の内を明かすつもりはないようだ。どの道今こうして、トッドの密猟を待ち伏せし、捕らえる事ができた事に変わりは無い。

「俺をどうするつもりだ?」

 部下の事は棚上げして自分の事が心配らしい。大した奴だ。そんなトッドに向ってルルは容赦のない言葉を浴びせる。

「それが集団を束ねる者の言う事か。貴様らは殺しても良かったが、わざと生かしてある。聞く事があるからな」

 一昨日見たルルの弓の腕であれば、先ほどの攻撃でトッドは殺せていただろう。つまりは話を聞くためにわざと生かしている。

「な、何だ?」

 トッドの体は震えており、ルルに恐怖しているのが分かる。

「黒幕は誰だ?」

 当然、その質問をするだろう。

「し、知ってるんじゃないのか?」

 俺にはトッドが誤魔化しているのかと思っていたが、その言葉の意図は直ぐに分かった。

「そうだな、私は一昨日協力者の名前を聞いている」

 どうやら一昨日に、今日の密猟の情報を得ると同時に、黒幕の名前も聞いていたようだ。

「だったらさっさとそいつを捕まえればいいだろう。それをしないって事はハッタリだろうが!」

 トッドが声を張り上げる。だがそれは精いっぱいの虚勢だろう。今日も密猟の事を知っていたのであれば、ルルが黒幕の名前を知っているというカマをかける必要はない。本当に一昨日黒幕の名前を聞いているのだろう。

 では何故今もう一度トッドにその名前を言わせようとしているのか。

「残念ながら、人間の国の法律ではエルフの証言は証拠にならないらしい。だから今ここで、もう一度協力者の名前を言ってみろ。」

 それはルルの証言だけでは黒幕を捕まえられないからだ。

「い、言えば助けてくれるのか?」

 周りに部下がいるにも関わらず、トッドは随分とみっともない顔をしている。

「嘘を言ったらどうなるか分かっているな?」

 ルルは既に答えを知っている。これは騎士である俺に情報を聞かせるための行為。果たしてトッドはここで口を割るのだろうか。

没案:炭の防虫効果

野営をする前に防虫剤として炭を撒く展開を書こうとしたら、ググったところ炭には防虫効果はないという記事がヒットしたため没にした。

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