第7話 エルフの森
予想はしていたが、証拠となる物はなかった。
犯罪の現場に行く時に、わざわざ身元や仲間が分かる者を身に着けていくような奴はいない。
それに犯罪をするような奴は、定住することの無いその日暮らしの者も多い。
それでも万一の可能性を思い、遺体を調べたが空振りだった。
「さて、どうするかな」
正直言って、これと言った捜査の手掛かりは現状はない。これから出来る事と言ったら、昨日の事件の目撃者を探すぐらいだが、あまり期待はできない。
何故なら昨日は路上に落ちたアマダケを持ち去った群衆が一定数いた。下手に証言をすれば当日の火事場泥棒であった事を疑われる。恐らく有力な証言をする者はいないだろう。
「お前は私を信用できるか?」
そんな事を考えていたらルルが声を掛けてきた。
「ああ」
昨日の馬車の追跡劇。結果的にトッドには逃げられたが、密猟品は回収できた。俺の予想では騎士団の中に内通者がいる。だから騎士ではなくルルにだけ、張り込みをする事を打ち明けた。その結果妨害は入らなかった。
一昨日のローグ商会の時とは違う。
ルルは追跡に失敗し、俺の目の届かないところに一時的に居たのも事実ではあるが、捜査の妨害をする行為をしているとは思えない。
エルフであるという前提もあるが、万一ルルが密猟者側であったとしたら、昨日ルルが馬車を破損させた事、賊の一人を射殺した事、トッドに射殺されそうになった事を考えれば、ルルは確実に白だ。
「今日一日、私に付き合ってもらえるか?」
俺の返事を聞いたルルがそんな事を言い出した。
「捜査のアテがあるのか?」
エルフのルルが、人間社会に捜査のコネがあるとは思えない。だが冷静に考えてみれば、エルフは長寿だ。もしかすると、王都に来るのは今回が初ではないかもしれない。俺以外の知り合いが王都に居る可能性もある。
「いや、そうではないが、見せたい物がある」
ルルが人間の国に来てから三日目だ。俺の知らない捜査情報を持っていると期待するのが間違いか。
「何だ?」
それでも僅かな期待を込めてした質問には、予想外の返事が返ってきた。
「エルフの森だ」
●
果たして捜査を中断してまでやる必要があるのかという疑問もあるが、現時点でトッドに繋がる手掛かりは無い。
ルルは密猟者を捕まえる目的でわざわざ人間の国に来たのだ。何か考えがあるのだろう。
今のところ、団長はルルを密猟の捜査に同行させる事に対して消極的だ。一番捜査に積極的なのはルルだと言ってもいいだろう。
そのルルがエルフの森に行きたいというのであれば、一日ぐらい付き合ってもいいだろう。
城門の外にでれば、もうエルフの森は見える位置にある。それほどに王都とエルフの森は近い位置にある。
だからこそ密猟も後を絶えないのだろう。
徒歩でも森の中に近づくぐらいはそう時間は掛からない。
程なくして俺たちはエルフの森の近くまで来ていた。
基本的にエルフの森には人間は立ち入ってはいけない事になっている。
「私が同伴していれば問題無い」
エルフのルルが同伴していれば、人間の俺が森に入っても良いという事か。俺はエルフの国の法律を良く知らないが、ルルがそう言うのであれば信じよう。
「それで、森のどこに向かうんだ?」
「その前に、先に聞いておこう。貴様はエルフの森で、密猟の現行犯を見たらどうする?」
エルフの森で頻繁に密猟が行われている事は俺も良く分かっている。だからといって、このタイミングで俺たちが偶然密猟に遭遇することなどあるのだろうか。
「捕まえる」
俺たちが今日密猟者に遭遇する事は絶対に無いと言い切る事はできないのだが、ルルの態度からは、何か裏があるように感じられた。
「殺さずにか?」
随分とキナ臭い話になってしまったが、ルルは密猟犯を見かけたら殺すつもりなのだろうか。
「ああそうだ。誰が裏切り者なのか聞く必要があるからな」
密猟者が正直に答えるかどうかという問題もあるが、まずは捕まえて話を聞く必要がある。
「そうか」
ルルは何かを知っているのだろうか。
「ここまで来たんだ。そろそろ何をしに来たのか教えてくれないか?」
このまま森に入るつもりならせめて目的ぐらいは先に聞いておきたい。
「ただの息抜きた」
昨日まで密猟者を追う事に熱意を見せていたルルが、今日になって息抜きをしたいというのは考えにくい。何か裏があるのだろうか。例えば、俺の知らないエルフとしての事情がある可能性もある。
「この森の中にいるだけで息抜きになるのか?」
町の中にいるのと、森の中にいるのでは空気が違う。それぐらいは人間の俺でも分かるが、だからといってわざわざ来るほどの事だろうか。
答えにくい事情があって誤魔化しているだけかもしれない。
「一昨日、食事に干し肉を出したな?」
ルルが最初に俺の家に来た時、干し肉を出したのは俺も覚えている。
「ああ、あれが何か?」
随分と変な反応をしていたような気がするが、根に持っているのだろうか。本人は結局食べていたので悪い事をしたとは思っていなかったが
「干し肉もいいが、肉はやはり取れたてがうまい」
それは俺も知っているが、取れたての肉というのは人間の俺にとっては高級品だ。滅多に食べれる食材ではない。
「これから狩りをするっていうのか?」
エルフは狩猟民族である事は知っているが、狩りが息抜きだとでも言うのだろうか。俺にとっては、取れたての肉が食べられるというのは嬉しい事ではあるが、俺を励ますつもりなのだろうか。
「そうだ。貴様に取れたての肉を食わせてやろう」
果たしてどこまで本気なのかは分からないが、とりあえずはルルに付いていく事にした。
●
既に日は登り切っている。恐らくは昼過ぎだろう。長距離を歩いた事もあり、空腹感も強くなってきた。
エルフの森は自然が豊富だ。ルルが獲物を見つけるまでに、そう時間は掛からなかった。ルルが優秀な狩人というのもあるのかもしれない。
見つけた獲物は野兎。
ルルは手慣れた手つきで獲物をしとめた。
そして、まずは見晴らしの良い川辺に移動した。大まかな地形は把握しているのか、川辺に出るまでそう時間は掛からなかった。移動しながら、適当に薪を拾い集めた。川辺に付くと、ルルは見事な手さばきで仕留めた獲物を解体していった。
「エルフは、獲物の解体を出来るのが普通なのか?」
人間からすれば、野生動物の解体というのはある程度の技術と知識を必要とする行為である。少なくとも騎士の俺には出来ない事だ。
「弓で狩猟を行い、その場で獲物を捌くぐらい、エルフなら普通できる事だ」
そういってルルは本当に何でもない事のように仕留めた獲物を解体した。
今更ではあるが、ルルは弓だけではなく、獲物を捌くためのダガーも携帯していた。今まで使っている所を見なかったために、全く気が付かなかった。
薪をくべると、ルルは解体していた兎肉をいくつかの鉄串に刺して、さらにその鉄串を薪を囲むようにして地面に指して、最後に薪に火を付けた。
「火を起こせるのか」
それは本当に一瞬だった。恐らくは魔術だろう。
「私はエルフだぞ。魔術ぐらい使える」
しかし、ルルが魔術を使うところを見たのは初めてだ。
「何故今まで使わなかった?」
隠していたのだろうか。だとしたら、今になって俺に見せる意味が分からないが。
「火を使う機会があったか?」
ルルが当たり前の事を言うような口調でそう言った。
「ないな」
隠していたのではなく、単純に使う機会が無かっただけと考えよう。エルフが人間よりも魔術に優れているというのは俺でも常識として知っている事だ。
「魔術を使うには魔力を使う。無駄遣いはしない」
だからこそ、今まで俺の前で使う事が無かったという事か。
「矢を射る時も、魔術無しで狙いを定めているのか?」
馬車の車輪と、密猟者。二回矢を射るところを見たが、いずれも正確に当てていた。あれは魔術による補助なしだったのか、丁度良い機会なので聞いてみる。
「当たり前だ。そんなところに魔術を使ってどうする」
ルルはまたも当然のようにそう言った。
「いや、魔力を込めると特殊な効力を発揮する道具があるという話を聞いた事があるからな。もしかしてと思っただけだ」
エルフは人間に比べて魔術が巧みであり、道具に魔術を込める事で魔術と同等の効果を発揮する魔導具と呼ばれる物を使うという噂を聞いた事がある。
「そういう弓もあるが、弓矢の使用にいちいち魔術の補助を要するのは半人前だぞ」
どうやらルルは一人前のようだ。いくら身長が低いとはいえ、狩りの腕は良いし、人間の国に一人で来ている。
エルフの国の文化は良く知らないが、他国に一人で出向かせるという仕事を半人前に任せたりはしないだろう。
「いつも狩りをしているのか?」
弓の腕が良いと言う事は、狩りの頻度も多いという事なのだろうか。
「いつもではないが、一般教養として、普通は教え込まれる。我々エルフは森の中で暮らしているからな。一人で狩りぐらいは出来なければ生きていけない」
毎日ではないが、それなりの頻度で狩りをしているようだ。
「料理はどうなんだ?」
今まさに火であぶっている兎肉を見ながら、そんな質問をした。
「生で獲物の肉を食べる訳にはいかないからな。狩りを覚えれば、最低限の調理法ぐらいは自然と覚える」
獲物を捌くところから、焚火の準備まで、素人の俺の目から見てもルルの手際は良かった。森の中で生きるためには、それぐらいは普通に覚えるという事なのだろう。
「誰かにやってもらうという発想はないのか?」
人間の場合は多くは町で暮らしている。食べ物は自分で作るよりも、他人が作った物を買う者がほとんどだ。エルフは違うのだろうか。
「エルフは基本的に一人で狩りに出かける。大人数だと獲物に見つかる危険性が高くなる」
野生生物を相手にするには、一人の方が都合が良いようだ。
「基本的というのは、例外があるのか?」
ルルの言い方に含みを感じたが、答えは簡単だった。
「人間の密猟者対策となると事情が変わってくる。人間は複数人で密猟を行う。そこにエルフ一人で挑むのは危険過ぎる」
確かに、昨日のトッドも用心棒を連れていた。エルフの森に来るときも、複数人で来ているのだろう。
「つまり人間相手の場合は複数人でチームを組むっていうのか?」
加えて密猟者は武器を持っている可能性もある。下手に一人で挑むよりは、複数人で挑んだ方が良いのだろう。
「そうだ。これは最近の話だが、警備隊は狩りを行う者とは違い、チームを組んで行動する事になった。場合によっては大人数になる事もある」
ルルの言い方には少し疑問が残った。
「最初からチームを組むと言う発想は無かったのか?」
俺の様に相棒を失って一人で捜査をしている者ならともかく、密猟者が来ると分かっているのであれば、最初からチームで捜査をした方がよさそうなものだ。
「エルフの狩りは基本は一人で行う。だから複数で行動することを嫌う者が多かった」
それは日ごろの習慣からしてやりたくなかったという事か。
「エルフの文化は変わっているな」
人間は俺のような例外もいるが、多くの者は集団で行動する事を好む。種族全体として単独行動を好むというのは変わっているように見える。
「私からすれば、人間の文化も変わっている」
ルルから意外な返事が返ってきた。
「どこがだ?」
エルフの感性で見ると、一体人間のどこが変に見えるのか興味を惹かれた。
「騎士団長が、前線に出てこない」
今も騎士団長は本部にいるだろう。何か式典などがあれば人前に姿を見せるだろうが、自ら前線に立って行動するような事はしない。
「エルフは違うのか?」
噂によれば、団長は若い頃は当然下っ端の騎士であり、前線に出る事が多く、そこで県の腕を評価されて実力で騎士団長の座まで上り詰めたと聞く。
そして騎士団長となれば、前線ではなく本部で指揮する立場に回るというのは、人間からすれば当たり前だと思っていたが、エルフは一体どういう考え方をしているのか。
「長が前線に立たなければ、周りは付いてこない」
確かにそういう批判は人間の中でもある。
騎士団長が安全な本部に引きこもっていて、危険な目にあうのはいつも下々の者。
それは騎士に限らず多くの職業で、新人が現場で経験を積み、ある程度功績を上げれば管理者となり現場からは退くといったやり方がされている。
エルフは長寿であるため、そういったやり方はしないのだろう。
「俺はもっとエルフの文化を知った方が良いのかもしれないな」
そうすれば、今までのルルの不可解な行動も理解できるようになるかもしれない。
そんな事を言った俺を、ルルは何か言いたげな表情で見ていたが、この話しについてそれ以上語ることは無かった。
●
「トッドを捕まえたら、密猟はなくなると思うか?」
俺から話す事がなくなり、焚火に焙られている兎肉をじっと眺めていたら、ルルの方から話を振ってきた。
「無理だろうな」
俺は率直に自分の感想を話した。
「何故だ?」
ルルは不思議そうな顔をしている。少し考えれば分かりそうなものだが、やはり人間の社会には疎いのだろうか。
「ここには資源がある。トッドを捕まえても、他の誰かがここから資源を盗もうとするだろう」
昨日トッドは金目当てで密猟をしていると言っていた。それは本心だろう。アマダケは貴重品であり金になる。さらにエルフの森にアマダケが自生している事は多くの人間に知れ渡っている。例え密猟が違法だとしっていても、密猟をしてでもアマダケを手に入れようとする者は出るだろう。
「お前はトッドを捕まえたらどうするんだ?」
トッドは相棒の仇。相棒を殺された復讐という意味合いで捕まえようという動機があるのは事実だが、トッドを捕まえたからと言って密猟は無くならない。
「この仕事を続けるさ」
それならば、密猟がなくなるまで、俺はこの仕事を続ける。
それを聞いたルルは、少しの間があったものの話を続けた。
「私が人間の国に来た理由はな、エルフだけで密猟を取り締まるのには限界があるという意見もあったからだ」
どうやらエルフにはエルフの事情があるようだ。
「だから人間と協力する?」
エルフだけでは対処できないのであれば、人間と協力するというのは自然の流れだろう。
「そうだ。しかし、人間が容疑者となる犯罪捜査に、わざわざ人間が協力するかどうかは懐疑的な考えの者も多かった」
人間の中にも、エルフの土地からなら密猟しても良いという考えの密猟者は多い。騎士の中にすら、エルフからの密猟捜査は優先度を下げても良いと言う考えの者もいる。
「確かに人間の中には密猟の恩恵を受けている者もいる。そういった者は密猟があった方がいいと考えているだろう」
それは残念ながら、捜査をしている俺が良く知っている。密猟が違法と知っていても手を出す者もいれば、密猟品と知りながら購入する者もいる。
「貴様は違った。相棒の敵討ちという動機はあるが、エルフの土地からの密猟に真剣に取り組んでいる」
ルルが来る前に、俺が一人で密猟の捜査をしていたのは、相棒を失ったというのもあるが、他の騎士が密猟の捜査に対して消極的だったというのもある。
ルルは人間の国で密猟の捜査をしてそれを感じたため、俺だけが密猟の捜査をしているように見えたのだろう。
「騎士として密猟者を追っているだけだ」
実際に昨日と一昨日で騎士団が動いたのは、密猟の捜査ではなく、殺人が起きた場合の後処理と強奪されそうになった密猟品の回収だ。つまりは密猟の捜査に対しては消極的であり、俺が密猟の捜査をした結果、事件が出てからようやく動く。それが実態だ。
「だとしても、人間の中にもエルフと協力関係を築ける者がいるという事だ」
随分と大袈裟な言い回しの様に感じるが、ルルとしても、人間との共同捜査は初めてであり、そもそも協力的な人間がいるかどうかを疑っていたのだろう。
「俺は相棒の死を無駄にしたいためにも、密猟者を捕まえたい。それだけだ」
エルフのルルからすれば、この捜査は人間とエルフが協力関係を築けるかを試すための位置づけもあったのかもしれない。今の俺とルルは協力関係にあるが、まだトッドを捕まえてはいない。まだ捜査が成功したというには早計だ。
「とりあえず食べろ。焼けたぞ」
ルルが焙っていた兎肉を俺に手渡そうとする。先ほどまで焙られていた肉は表面の油がまだ僅かに脂が泡立っている。
「俺から食べていいのか?」
獲物の入手から、料理までしてもらって、先に食べるというのは気が引ける。
「貴様に食べさせるために連れてきたんだ。遠慮せずに食べろ」
そう言う割に、やけに視線を感じるのは気のせいだろうか。本人がそう言っているのであればあまり遠慮するのも失礼だ。
俺はルルから兎肉を受取り、齧り付いた。
「どうだ?」
肉を頬張る俺に対して、ルルが感想を聞いて来る。まだ飲み込んでいないのに聞いて来るのは、気が早すぎるのではないだろうか。
「美味い」
俺は正直な感想を口にした。
俺が食べる肉というのは干し肉がほとんどだ。生肉は高いし、何より保存方法が無い。一部の富豪は自宅でも生肉を保存するような装置を持っているようだが、俺はそこまで金持ちではない。
一人で暮らすには困らないが、派手な贅沢はできない。それが一介の騎士の経済事情だ。
肉は取れたての鮮度が良い内が一番味が良いと聞いたことがあるが、騎士である俺は狩猟直後の肉を食べるのはこれが初めてだ。
「そうか」
俺の返事を聞いたルルは満足げな顔をしている。
もしかすると昨日矢を止めた礼のつもりなのかもしれない。
「お前は食べないのか?」
俺一人だけ食べているという状況は、どうにも居心地が悪い。
「では、私も頂こう。ところで、貴様は密猟品を食べた事はあるか?」
ルルが自分の分の肉を取りながら、別の話を振ってきた。
「無い」
いくら俺が人間であるとはいえ、騎士である以上は自分から密猟品を食べる気にはならない。
「しかし、人間は自分で狩りをしないのだろう? もしかすると自分が食べた物の中に密猟品があったというのはあり得るのではないか?」
自分が自覚していないだけで、知らない内に密猟品を食べてしまった事があるのではないか。その疑いはもっともだろう。
「確かに、絶対を保障する事はできない」
産地の偽装をする奴もいるぐらいだ。だからこそ、自分から食べようとしなければ、絶対に密猟品を食べることは無いとは断言できない。
「人間の法律では、密猟品を密猟品と知らずに食べても犯罪にはならないのか?」
知らなければ犯罪ではないのか。それは人間の中でも意見が分れる問題だ。
「今のところはならないな」
意見が分れるとはいっても、法律上は犯罪にならないと言う扱いになっている。
「何故だ?」
エルフのルルとしては密猟品を売るものだけでなく、それを食べる者も犯罪として取り締まりたいところなのだろうが、そういかない事情がある。
「事前に密猟品である事を知らなかった事はもちろん、知っていた事を証明する事は難しい。第三者がそれを証明するのはほぼ不可能だ」
店で正規品として売っていた商品を、購入者が密猟品と見抜くのは難しい。極端に市場価格より安い商品を怪しむことはできても、それが密猟品であると断定するのは専門的な知識がなければ不可能だ。
だからと言って、知った上で食べた場合のみを犯罪としたとすると、本人が知らなかったと言い張れば無罪となってしまう。そうなれば捕まったとしても知らなかったと言い張る者が増えるのは目に見えている。
そうなると知っていた事の証明が必要になるが、それを騎士がするのは極めて難しい。よって現状は密猟品の販売だけが犯罪と言う扱いになっている。
「では法律は抜きにして、知らずに食べる事をどう思う? 食べる方が悪いか?」
それは起りえる事だ。果たして知らずに食べた側の責任をどう見るか。
「お前、食事中にそれを言うのか?」
俺が今食べている兎はルルが狩った獲物だ。これは密猟品ではないはずだが、食事中にこの話をされるのは何か作意を感じてしまう。
「食事中だからこそだろう。で、どうなんだ? 密猟品を食べたが知らなかったは許されると思うか?」
食事中に食べ物の話をしているだけと考えれば不自然ではないのかもしれない。それに今俺が食べている肉は、正真正銘、ルルがこの森で狩猟した獲物の肉であり密猟品ではない。俺が負い目を感じる必要はないだろう。
「法律上問題無いから犯罪にならないとは言っても、犯罪を助長しているという意味で問題がある。密猟に加担している以上、知らなかったで済ませたらまずいだろう。」
現状の法律では、密猟品を食べる事は犯罪にならない。それでも、法律と道徳は別の話だ。密猟品を食べる事が、密猟を加速させているという点では、問題があると言わざるを得ない。
「し、知らなかったでは済まないか」
俺の言葉を反芻しながら、何故かルルは笑っていた。笑いを堪えきれないといった様子だ。
「お前、この肉本当に食べても良いんだよな?」
そんな反応をされては、やはりこの肉に何かあるのかと疑ってしまう。
「構わんぞ。それは密猟品ではないからな」
そう言いながら、ルルは明らかに笑っている。
「後で返せとかいうつもりか?」
今の状況でルルが俺に何かをするとは考えにくいが、何故笑っているのかはわからない。
「お前は本当にエルフについて何も知らないんだな」
そう言いながらも、それ以上ルルは語ろうとはしなかった。
この言葉の真意を理解するは、もう少し後の事になる。
没案:ルルのトラウマ
ルルは人間を恐れており、人間相手に弓を引けないという設定で、最終的にトラウマを克服するという流れを考えていたが、その場合トラウマを乗り越えるまではまともに戦えないヒロインという事になり、見ていてイライラする展開になりそうだったため没とした。