第6話 迷子の捜索
「やるか?」
ルルが三射目を番えた直後、低い声で聞いてきた、
「よせ。まだ聞く事がある」
そう言っておれはルルを制した。
一体どうやって保管庫から馬車を持ち出したのか、誰が手引きしたのかを聞かなければならない。
「ほう、優しいねえ」
トッドは皮肉を込めてそう返した。
「早く武器を捨てろ。射抜かれても知らんぞ」
トッドの視線が先ほど射抜かれた用心棒に向かう。俺の後ろにいるルルの弓の腕が間違いないことはそれで分かったのだろう。
「お前も俺も仕事をしているだけだ」
トッドが急にそんな事を言い始めた。
「ふざけるな。犯罪が仕事だって?」
騎士と密猟を一緒にするなど断じて受け入れられない。
「仕方ないだろう。この目じゃどこにも雇われない」
そう言ってトッドが眼帯をしている左目を指さす。
「だから犯罪が許されるとでも?」
仕事が無いからと言って犯罪が許される訳が無い。
「密猟を止めてどうやって生きていくっていうんだ?」
密猟が収入源であるなら、それを止めれば当然収入は無くなるだろう。
「自分で仕事を探せ」
そうとしか言いようがない。
「だから無理だって言っているだろう。それとも、お前が俺を騎士に推薦でもしてくれるのか?」
何故騎士が犯罪者の面倒を見なければいけないのか。
「ふざけるな」
俺は即座にトッドの言葉を否定した。
「だったらお前が俺に密猟を止めろって言うのは、俺に死ねって言うのと同じ事だ」
この男は、この期に及んで被害者を気取るのか。
「騎士の仕事は犯罪者を捕まえて、一般市民の生活を守る事だ。犯罪者を更生させる事じゃない」
密猟者にどんな事情があろうと、それを見過ごして良い事にはならないし、騎士に犯罪者の面倒を見ろというのもお門違いだ。
俺の言葉が気に入らなかったのか、トッドは失笑し、吐き捨てるようにこう言った。
「エルフも一般市民に入るのか?」
「
そんなに俺が密猟を取り締まるのが気に入らないのか。
「エルフの森からなら窃盗が許される? そんなはずがない。だったらエルフがお前の物を盗んでも許すのか?」
窃盗の相手がエルフであれば、犯罪にならないと本気で思っているのだろうか。
「そんな訳無いだろう」
当然のようにトッドは俺の質問を否定で返した。
「だったら何故お前はエルフから物を盗んでいい事になってるんだ?」
自分がやられたら嫌なことは、他人にやらない。法律以前にまともな知能と倫理観があればそれぐらい言われずともわかりそうなものだ。
「奴らは資源を独占してる。少しぐらい盗っても困らないだろう。そもそも何故自然の産物がエルフの所有物という事になっているんだ?」
持っている奴からは盗んでも良い。犯罪者が良く使う屁理屈だ。
「なら誰の物だ?」
国同士の取り決めで、人間の国とエルフの国には森を境に国境と言う扱いになっている。それに一個人が異を唱え、挙句他国の物を勝手に持ち出すなど犯罪でしかない。
「誰の物でもない。だから誰が持って行っても良い。違うか?」
残念ながらトッドには国境と言う概念が無いようだ。
「そうやって貴様ら人間はいくつも森を枯らして来た。だから我々エルフは、自分達の森を貴様らに枯らされないように。貴様ら人間の侵入を禁止したのだ」
トッドの理屈を黙って聞いていられなくなったのか、ルルが口を挟んで来た。そう言いながらも、構えている鏃の先端は依然としてトッドに向っている。
「少しぐらい、いいだろ」
ルルの言葉を聞いてもトッドは考えを変えないようだ。
「少しが許されるなら、もう少しも許される。そうやってどこまでも付け込んでくる。それが貴様らのやり方だろう」
そもそもこの荷台に積まれている量は、少しと呼べる量ではない。偽装用の薬草もあるとはいえ、アマダケを売り捌けばかなりの金額になる。
「目の前に金になる物があるんだぜ。取るなって言う方が無理な話だ」
いくら屁理屈をこねようが、結局は金が欲しい。それが根底にあるのだろう。
「我慢ができないのか?」
ルルは呆れたようにそう問いかける。
「何故我慢をする必要がある?」
ルルとトッドの会話はまるで噛み合っていない。
「ルル、諦めろ。これが密猟者の考え方だ。目の前に金になる物があれば持って行く。そういう奴らなんだ」
そもそも今の目的はトッドの生け捕りであり、説得ではない。
「しかし、それでは動物と変らないではないか」
欲望のままに行動し、法律を破り、国境すら侵犯する。その様を動物と言い表すのは間違っていないだろう。
「だから法律を作った程度じゃ、止めないんだよ」
違法だと分かっていても、目の前に金目の物があれば持って行く。そういう奴らだ。俺も長い間捜査を行ってきてそれが分かってきた。
「そうしないと生きていけないって言ってんだろうがよ!」
動物呼ばわりされた事が勘に触ったのか、トッドが声を荒げた。
「分かったから、さっさと武器を捨てろ」
これ以上余計な問答をするつもりは無い。
「何故我慢できないか? そんなのは簡単だ。目の前にある物が、いつまでもそこにあるとは限らない。少し目を離した隙に誰かに持って行かれている。そういう環境で育ってきたら、目の前にある物を自分の物にするに決まってるだろうが」
他人の物になるぐらいなら、先に自分の物にする。そういう理屈だろうが、そもそも前提条件が間違っている。
「だから、エルフの森にある物は、そもそもお前の物じゃない。他人の物を盗むのは犯罪だし、エルフが相手だろうが犯罪である事は変わらない。それでもお前はエルフの森の物を持って行くっていうのか?」
そもそも人の物を盗む事が悪い事であるという発想が無いのだろうか。
「他人の物を盗むのは悪い事? だから盗むな? 法律を守れ? 無理な話だ。法律は俺たちを守ってくれねえ。それなのに法律を守って何の得がある? 密猟をする事で金が手に入るなら、いくらでもやってやるよ」
トッドは完全に開き直っている。例え盗みが悪い事だと知っていても、それが犯罪だと知っていても、金のためになら密猟をすると、そう宣言した。
「大半の国民は法律を守って暮らしている。法律を守れない奴は大人しく刑務所に入っていろ」
違法だと知りつつ密猟をするというのであれば、その罰を受ける覚悟はあるのだろう。
「本気でそう思っているのか?」
トッドがあざ笑うように俺に問いかけた。
「そうでなければ国は成立しない」
まさか密猟をするのが普通だとでも言うつもりだろうか。確かに密猟者は一人ではない事は、密猟の捜査をしている俺が一番分かっている。
だとしても法律を犯す者は極一部だ。
「試すか?」
それでもトッドは俺を煽るような言葉を吐く。
「何をだ?」
トッドの顔には、ただのハッタリではないとう不気味さがあった。そして、その直後にトッドの考えが分かる事になる。
「今なら無料でアマダケをくれてやる!」
トッドが大声で叫んだ。
先ほどの衝撃で、積荷のいくつかが路上に散らばっている。
さらに、馬車が建物にぶつかった衝撃音を聞いたのだろう。いつの間にか辺りには野次馬が集まっていた。やけに長話をすると思ったら、野次馬が集まってくるまでの時間稼ぎをしていたのか。
その野次馬たちがトッドの声を聞いて目の色を変えて路上に散らばったアマダケに群がってくる。それを確認して、トッドはさらに言葉を続ける。
「地面に落ちた奴はもう売り物にならない! タダでくれてやる! 持って行け!」
その言葉を聞いた市民たちが続々とやってくる。
「おい! これは密猟品だ! 持って行ったら犯罪だぞ!」
俺はそう叫んで近寄ってくる群衆を牽制する。
俺の声を聞いて踏みとどまった者もいたが、止まらない者もいた。
皆でやれば怖くないという事だろう。群衆が集まっているのをみてさらに追加の群衆がやってくる。
「おい! やめろと言っているだろう!」
そうは言っても今騎士は俺一人。数で来られては止められない。
そんな俺を尻目に、トッドが逃げていく様子が俺の目にも映ってはいたが、こう人が多くてはトッドまでたどり着けない。
そして、人ごみの向こう、トッドが弓矢を構えていた。
人ごみの合間を縫うように、あるいは人ごみに当たっても構わないと思ったのかもしれない。
トッドから放たれた矢がルルに向かって飛んで来た。
それを俺は割って入るように掴んで受け止めた。
「貴様…」
ルルは呆然とした様子で矢を受け止めた俺の事を見ていたが、直ぐに弾かれたように走り出した。トッドを追うつもりなのだろう。
トッドは仲間と合流するかもしれない。下手に一人で追いかけるのは危険すぎる。
「よせ!」
俺はそう言って止めるが、ルルは俺の言葉など聞こえていないかのように、足を止める事は無かった。
そして俺自身は、人ごみに阻まれ、ルルを追いかける事は出来なかった。
「お前達! 何をしている!」
そこへようやく、応援を連れたマリーが駆けつけた。
●
マリーが連れてきた応援を見て多勢に無勢と判断したのか、火事場泥棒を試みた群衆が居なくなるのにそう時間は掛からなかった。
路上に散らばっていたアマダケのほとんどは持って行かれたが、流石に荷台に残っていた壺までは持って行かなかったようだ。
結果として、馬車は取り戻した。
だが残念ながらトッドには逃げられた。
「まあ、密猟品を取り返しただけで良しとするか」
俺は取り戻した荷台を眺めながらそう呟いた。
「全く、派手にやったな」
応援に来たマリーが壊れた荷台を見ながら俺に話しかけてきた。
「持って逃げられるよりはいいだろ」
俺は密猟品の持ち逃げを阻止したのだ。確かに荷台は壊れたが、俺よりも密猟品の持ち出しを許した警備体制の方に問題があるだろう。
「できれば密猟者は生かして捕まえた方が、情報を聞き出せて良かったんじゃないのか?」
ルルに射抜かれた賊は、応援の騎士が駆けつける頃には息絶えていた。
「あれはルルがやったんだ」
俺としてもマリーと同意見ではあるが、ルルがやってしまったので今更いっても仕方がない。
それに相手も武器を持っていた。咄嗟に反撃して死んでしまったところで正当防衛が認められるだろう。
「どこにいる?」
そういえば、忘れていた。
「トッドを追いかけて行った」
昨日に続いて、またしても行方をくらましてしまった。
「お前は護衛だろう」
マリーが呆れたような顔をしている。そうは言っても、人ごみに阻まれとても終えなかった。マリーが駆けつけた直後に、群衆はいなくなったが、その頃には既にルルの姿は見えなくなっていた。一体どうやって追えというのか。
「俺はよせと言ったのに、聞かなかったんだよ」
決して護衛の任務を放棄した訳ではない。
「早く探して来い」
マリーが手で俺を払うような仕草をしながらそう言った。応援の騎士が到着した今となっては、俺がこの場に残る意味は薄いだろう。
「どこを?」
そう言われても、俺はルルが行きそうな場所に心当たりはない。
「私が知る訳ないだろう」
それはマリーも同じようだ。
「俺も知らない」
そう言いながら、ルルが行きそうな場所を考える。状況からしてトッドの後を追ったという可能性が濃厚だが、当然ながらトッドがどこに行ったかは検討が付かない。分かっていればとっくにトッドを捕まえている。
「いいから行け。この後始末は私がやっておく」
それでもマリーは俺にルルを探させたいようだ。
壊れた馬車の荷台をもう一度保管庫の中に移動させるのは、なかなか重労働であり時間もかかる。
それを引き受けてくれるというのであれば、俺はルルの捜索をするとしよう。
しかし、姿を消したというだけで、心配しすぎではないだろうか。
●
俺は半ば仕方なく、ルルの捜索を開始した。
直前の様子からしてトッドの後を追ったのだろう。
とはいえ俺はトッドのアジトを知らない。知っていたらとっくにこちらから乗り込んでいる。
とりあえずトッドが走り去った方へと向かうが、トッドが逃げてからある程度時間が経過している。直ぐに見つかるとは思っていない。
「そう簡単に見つかる訳ないか」
日が落ちて、暗くなった夜道を歩きながら誰にともなく愚痴をこぼす。
昨日ルルは俺の家に来ている。楽観的に考えれば、既に俺の家に戻っている可能性も考えられるが、それは流石に楽観視しすぎだろう。
俺にも体力の限界がある。このまま徹夜で歩き回る訳にもいかない。
どこかで諦めて帰る必要がある。
一通り大通りを探して見当たらなければ、既にルルが先に俺の家に戻っている可能性を期待して家に帰るしかないか。
大通りをドットが走って行った方向に歩きながら路地を覗き込むが、残念ながら誰も居ない。
「迷子の子供探しみたいだな」
誰も居ないのをいいことに再度愚痴をこぼす。
「聞こえてるぞ」
振り向くと、ルルが居た。
つまりは、いつの間にか後ろを取られていた。
ルルはトッドを追いかけて行った時と同様に、弓を携帯し、緑のマントを羽織っている。特に変わった様子は無い。
「いたのか」
さっきの口はルルに聞かせるつもりは無かった。
「悪いか?」
子供と言われた事が気に入らないのか、ルルの言葉には棘があるように感じられる。
「どこにいた?」
明らかに後ろから現れたが、隠れる事ができるような物陰は無かった。まさかずっと後ろを付けられていたとでも言うのか。
「お前の姿が見えたから、来てやっただけだ」
それにしては急に現れたように感じられた。俺もルルを探しながら歩いていたのだ。俺より先に、ルルが俺を見つけるならまだしも、これだけ近づかれるまで気が付かないというのは、一体どんな手を使ったのか。
「どこから?」
まさか空を飛べるとでも言うつもりか。
「向こうだ」
ルルが指さした方向は、俺が来た道だ。
ルルがいたら俺も気が付くだろう。走ってきたにしては足音が聞こえなかった上に、ルルも息を切らしているようにはみえない。
「怪我はないか?」
見たところ怪我があるようには見えないが、一応本人の確認を取る。
「子ども扱いするな」
今言うのは逆効果だったようだ。同時に、怪我は無いという意思表示と取って問題無いだろう。
「トッドの後を追ったんだろう?」
一応これも確認しておく。
「悪いか?」
相変わらず機嫌は悪いようだが、否定はしないようだ。
「止めろと言っただろう」
まずは俺の声が聞こえていたかを聞いてみる。
「アジトを特定できれば、密猟犯を一網打尽にするチャンスだろう。あそこで逃がしたら今日の捜査が無駄になるんだぞ」
やはり、聞こえていた上で追ったようだ。
「トッドにも仲間がいる。大人数出来たらどうするんだ?」
一人で密猟をしている訳ではない。今日も仲間が二人いた。アジトには何人仲間がいるか分からない。それをルル一人で追跡するというのは危険過ぎる。それぐらいは理解してもらいたい。
「私なら大丈夫だ」
その自身はどこから来るのだろうか。
「そうか? さっきも射抜かれそうになっただろう」
ルルは密猟者一人を射抜いた。弓の腕は確かなのだろう。だが自分が狙われる側になった場合は、どうなのか。
俺が止めなければ、トッドの矢を受ける事になっていただろう。
「あれは、人ごみに紛れて、気が付かなかっただけだ」
あの状況で矢を放って来るトッドもどうかと思うが、トッドが弓矢を手離していなかったのは分かっていたはずだ。いくらトッドが群衆をけしかけてきたとはいえ、油断しすぎだろう。
「一応俺はお前の護衛でもある。一人で動かれて怪我をされたら困るんだよ」
もしかして、ルルはこの事を忘れているのかもしれない。念のため俺は釘をさす事にした。
「そんな事よりもお前、矢を掴めるのか?」
残念ながら、ルルにとってはどうでもいい事だったようだ。
「ああ、そうだ。だから昨日の商人暗殺の時も俺は死ななかった」
あの時ルルは見ていなかったが、直に矢を止めるところを見せた以上、今更隠す事ではないだろう。
「人間は皆、矢を止められるのか?」
剣で飛んでくる矢を払える者がいるという話は聞いた事があるが、素手で矢を掴む者が俺以外にいるという話は聞いた事がない。
「いや、普通はできない。俺の知る限りでは、俺以外でこれを出来る奴は居ない」
それについさっき、ルル自身が密猟者の一人を射抜いたばかりだ。普通の人間は矢を受け止めたりはできない。
「ならば良いが…」
ルルの顔が曇っている。弓矢で戦うルルにとって、相手に弓矢を無効化する技術を持っているというのは死活問題なのだろう。
だがそれ以上聞く事は無いようなので、今度はこちらが質問をする番だ。
「ところで、トッドのアジトまでは辿りつけたのか?」
無傷で戻ってきたという事は、途中で見失ったのだろうが、一応確認しておく事にした。
「……いや」
間があった。失敗を口にするのを恥じたのか、それとも何かあったが、俺には話したくないのか。
どちらにしろ、本人に怪我が無いのであれば、今はしつこく追及しなくてもいいだろう。
「それにしても、見事な弓の腕前だったな」
密猟者と馬車。両方とも見事に命中していた。
「あれぐらい、エルフなら誰でもできる」
それが謙遜か事実かは俺には分からないが、どちらにしろルルの弓の腕がかなりのものである事は変わらない。
「人を射る事に抵抗は無かったのか?」
ルルは躊躇なく密猟者を射ていた。騎士の中にも、初めて現場に出る者は直接人間と刃を交える事を躊躇する者がいるが、ルルは違うのだろうか。
「エルフの国ではな、密猟者を見ても射る事は禁じられていた。何故か分かるか?」
そう言ったルルの表情からは悔しさが滲み出ていた。
「人間の国からの要請か?」
いくら犯罪者とはいえ国民。他の国で勝手に殺されては困ると言う言い分は分からなくもない。
「そうだ。例え犯罪者であっても、エルフを傷つけるような意図がなければ、攻撃はしてはいけないという事になっている」
エルフのルルからすれば、その要請は密猟者を逃がしてしまうという事態になってしまうのも事実だろう。
「生け捕りにするのは難しいのか?」
攻撃するのが禁止されていたとしても、捕縛は禁止されていないだろう。とはいっても相手を傷つけずに捕まえる事がどれだけ難しいかは俺も良く知っている。今日トッドを逃がしてしまったのが良い例だろう。普通犯罪者は逃げようとする。
「密猟者もそれを分かっているようで、エルフの警備隊と遭遇しても攻撃してこない。密猟品を持って逃げてしまう」
後ろから攻撃される事は無いと分かっていれば、下手に抵抗せずに逃げる。それが合理的な考え方だろう。
「まあ、法律を理解していればそういう行動になるだろうな」
密猟者の目的は密猟品であり、エルフと戦う事ではない。
「だが先ほどは密猟者の方が武器を持って交戦の意図を示していた。躊躇う理由は無い」
事前に俺と一緒にいればルルは正当防衛として人間と交戦しても良いという話しは団長と付けている。
「つまり、エルフの森に出没する密猟者は好戦する意思がなく逃げるだけだから攻撃できかったものの、さっきの密猟品の強奪犯は武器をもっていたから攻撃で来たって事か?」
ルルにとっては密猟者を正面から攻撃する丁度良い機会だったという事だろう。
「そういう事だ。あの眼帯の男はそれを分かっていた様で、群衆が殺到するまで武器をこちらに向けなかったがな」
密猟者を一人仕留めたとはいえ、トッドを逃がした事はルルにとっても悔いが残る結果だったようだ。
「まあいい、帰るぞ」
もう夜も更けている。まずは家に帰ろう。
●
ルルと出会ってから三日目。
俺はまず騎士団団長に一日一回の報告義務を果たすべく団長に会いに行った。
「昨日、密猟品を積んだ馬車が強奪されかけたそうだな」
俺から報告されるまでも無く、昨日の一件は騎士団長の耳に入っていたようだ。あれは夜遅くの出来事だったが、結構な騒ぎになっていた。俺からの報告を受けるまでも無く、誰かからの報告を受けたのだろう。
「はい」
既に聞いているのであればあえて俺の口から詳細を言う必要は無いだろう。
「それをお前は阻止した追跡した」
あの馬車を待伏せする案をだしたのは俺だが、物理的に車輪を外して止めたのはルルだ。
「はい。ルルの協力もありましたが」
一応ルルと一緒であった事は補足しておく。
「マリーから聞いた話によると、保管庫から出て、直ぐの通りで馬車を止めたらしいな」
俺より後からではあったが、現場にはマリーが来ていた。恐らくマリーが詳細を報告したのだろう。
「間違いありません」
特に否定する必要はないが、団長の口調はまるで事実確認をしているかのようであり、同時に何かを疑っているかのようだ。
「奪われた馬車は脱輪した。偶然か?」
手入れをされている馬車というのは、そう簡単に脱輪しない。いくら密猟品とはいえ、ローグ商会が正規に登録していた馬車だ。矢を一本受けたところで脱輪する事はない。それは団長も知っているのだろう。
「いえ、事前に荷台に細工をしました」
これは調べれば分かる事だ。隠していても仕方がない。
「何故あの荷台に細工をした?」
当然この質問が来るだろうと思っていた。
「強奪がある事を予想していたからです」
俺は正直に理由を話した。
「予想か。では予想通り強奪があり、犯人は取り逃がしたが、密猟品は取り戻したという結果になったと言うのだな」
団長の口調からは、俺を責めるような意図が感じられる。
「はい、残念ながら」
それでも起こった事実としてはその通りであり、否定はできない。
「お前が馬車の持ち出しを手引きしたという噂もある」
捜査に携わっている者は皆薄々気が付いている。誰かが密猟者に捜査の情報を流している事を。
「俺が手柄を立てるために、密猟者と組んで自作自演の芝居をしたと?」
待伏せが成功した場合、一人で手柄を立てた俺に疑いがかけられるという懸念はしていたが、その疑いを晴らすのは簡単だ。だからこそ単独行動を選んだ。
「違うと言うなら、何故馬車に細工をした事を黙っていた?」
この質問もされる事は分かっていた。そしてその答えは隠す必要は無いだろう。
「誰が裏切り者か分からないからです。もしもこの計画を誰かに話していたら、密猟者は来なかったでしょう」
俺が裏切り者であるという噂がたったという事は、皆は俺が裏切り者であるという疑いを持っているのだろう。だが同時に俺も周りの誰かに裏切り者が紛れているという疑いを持っている。
「お前自身が疑われるのは覚悟の上で私に黙っていたというのか?」
それは違う。俺には疑いを晴らす方法がある。
「一昨日あの馬車を押収してから、昨日あの馬車を再度押収するまで、私はずっとルルと行動を共にしていましたが、ルルも共犯だというつもりですか?」
エルフのルルが俺の近くにずっといたというのに、俺が密猟者と共犯だというには、当然ルルも密猟に協力していたという事になる。
「それは分かっている。だがお前に疑いの目が向けられているというのも、また事実だ」
団長も、エルフのルルが密猟に協力する事はあり得ないと分かっているのだろう。
「言わせておけばいい。俺は捜査をしているだけですよ」
ルルが要る以上、俺の身の潔白は証明されているようなものだ。それなのに俺を疑うような奴には好きに言わせておけばいい。自分の無知をさらしているだけだ。
「だとしても、もう少し周りと協力したらどうだ? 今は客人の護衛もある。二人で行動して何かあれば、大問題になるのだぞ」
団長の立場として、ルルに何かあったら困るというのは俺も理解しているが、それでも俺には優先する事がある。
「情報を共有した結果、俺の相棒は死にました。結果の報告だけで十分でしょう」
俺の相棒が死んだのは、誰かが密猟者達に俺たちの情報を流したからだ。だからこそ余計な事は報告しない。それが俺のやり方だ。
「昨日、客人を危ない目に合わせたと聞いているが、本当に大丈夫なのか?」
それが密猟者との戦闘の事を言っているのか、ルルに単独行動を許した事を言っているのかは分からないが、大丈夫かどうかは答えるまでも無いだろう。
「見ての通り無事ですよ」
ルルに怪我は無く、今もこうして俺の傍にいる。わざわざ聞く事ではないだろう。
「賊が客人に向かって矢を放ったそうだな」
どうやらルルに矢が放たれた事を気にしていたようだ。
「はい、私が止めました」
それもまた、俺が矢を止めたため、ルルに怪我は無かった。問題は無い。
「怪我が無ければいいと言うものではない」
それでも団長はルルを危険に晒す事自体を問題視しているようだが、それは無理な話だ。
「捜査に危険は付き物です。私は密猟者を追っている。密猟者が大人しく投降すると思っているんですか?」
俺が護衛として着くのであれば、ルルの捜査を許可する。そういう話だったはずだ。危険の無い捜査など存在しない。そもそも捜査すらさせないというなら話は変わるが、今更そんな事は言わないだろう。
「それで、今日はどうするつもりだ?」
団長は俺への説教は無駄だと判断したのか、ため息交じりにこれからの予定を聞いてきた。
「昨日の賊の遺体を調べます」
ルルによって殺された賊。その遺体は今騎士団によって保管されている。
その目的は大きく二つ。一つ目は遺体の引き取り手が現れるのを待つ事だ。だいたい犯罪者の遺体は引き取り手が現れずに埋葬される事が多いが、それも数日の間は騎士団によって保管される。
犯罪者の遺体を引き取るという事は、自身が犯罪に関与している可能性を仄めかす行為であるため、例えその遺体が自分の知り合いや親戚だと分かっていても、受取り手として名乗りでない事が多い。
二つ目は、犯罪の捜査の証拠になる可能性があるからだ。本人の体や所持品に犯罪の証拠となる物がある可能性がある。主にこちらの意味で騎士団は犯罪者の遺体を数日間保管する。
とはいえ所詮遺体は常温では腐敗が始まり、低温で保管するには手間がかかり過ぎる。余程重大な証拠出ない限り、数日保管したのちに埋葬する事が多い。
だからこそ、遺体を調べるのであれば数日以内に行う必要がある。
没案:用心棒の取り調べ
最初は負傷するだけで、翌日取り調べシーンがあったが、ストーリーのテンポが悪かったため、取り調べで聞く台詞はトッドにその場で言わせる流れに変更し、今の流れになった。ルルがモブとはいえ人間を殺害するのはアリなのか悩んだものの、正当防衛ならアリだろうという事にした。