第4話 最初の宿泊
その後も応援に来た騎士達による作業は淡々と進み、最後の馬車がローグ商会から出発した。
その馬車を見送りながら、ルルが俺に問いかける。
「この後どうするつもりだ?」
気が付けばかなり時間が経っており、日も落ちようとしている。
俺も馬車を見ながら口を開く。
「今日はこの辺りで撤収だな」
俺は地平線に半分沈んでいる夕日を見ながらそう言った。
「それは、家に帰るという事か?」
ルルにそう問われて、ふと思った疑問を口にする。
「そういう事になるな。お前宿はどうするつもりだ?」
俺には王都に家があるが、ルルは違うだろう。
「宿? ああ、考えていなかった」
随分と考えなしだ。
「もう日が暮れる。早く考えた方が良い」
俺がそういうと、ルルは躊躇なくこう言った。
「貴様の家は?」
まさか、俺の家に泊るつもりなのか。
「流石に男の家に来るのは不味いだろ」
エルフにはそういう感覚は無いのだろうか。
「貴様は私の護衛だろう? 別の宿に泊まって何かあったら困るんじゃないのか?」
確かに護衛である以上は傍にいた方がいいだろう。しかしもっと大事な問題もあるのではないだろうか。
「団長に言えば、宿と一緒に護衛の一人や二人手配してもらえるだろう」
今朝の団長の態度を見るに、騎士団としてもエルフの捜査官を粗末に扱うという感じでは無かった。宿ぐらいは手配してくれるだろう。
「今朝の対応を見ただろう。そんな事を言ったら接待に余計な時間を取られるだけだ」
確かに身を案じていると言えば聞こえは良いが、エルフが捜査の現場に出る事に対しては否定的な様子だった。
宿を頼めば、安全な宿に軟禁状態という事になる可能性もあり得る。
だからといって、男の家に泊まり込むというのは別の問題がある気がするが。
「なら適当な民宿に泊れ」
俺としても、男女関係で変な噂を立てられたくない。
「人間の通貨は持っていない」
だったらますます騎士団長に連絡しろと言いたくなるところだが、本人の態度を見るにそのつもりは無いようだ。
「お前、随分と無計画なんだな」
単身で捜査に乗り込んでくるあたり、思い付きで行動する性格なのだろうか。
「そういえば、毎日一回は団長に報告に行くんだったな」
急にルルが話を変えた。それは今朝団長に言われた事だ。
「そういう事になっているな」
当然俺はその命令を守るつもりだ。
「野宿させられたと報告したら、お前はどうなるんだ?」
そう来るか。悪知恵は働くようだ。
「エルフは自然が好きなんだろう? 野宿くらいするんじゃないのか?」
とはいえここでルルの意見を受け入れるのも癪なので、皮肉も込めて野宿を勧めてみる。
「森の中で野宿しても、人間の町の中での野宿は、危険度が違うだろう」
確かに。エルフは見栄えがいい。街中で野宿していたら何をされるか分からない。ルルのような子供じみた外見ならなおさらだろう。
「言っておくが俺の部屋は汚いぞ」
俺は渋々ルルを家に連れて帰る事にした。
●
残念ながら、ルルを俺の家に連れて来る事になってしまった。そしてルルが俺の家に入って最初に言った言葉がこれだ。
「本当に汚いな」
そうだろう。もともと来客は予定していなかった。家で過ごすのは食事と睡眠が主な時間だ。片付ける時間など無い。
「言えた立場か」
ルルを外で待たせて片付けるのも考えたが、そこまでしてやる義理もないし、また目を離した隙に消えられても面倒なので、そのまま家に入れる事にした。
「騎士とは皆こういう生活をしていのか?」
確かに俺は騎士だが騎士全てがこういう生活ではない。
「いいや、寮に入っている者もいる」
騎士団が運営している騎士を対象にした寮もある。地方から王都まではるばる着た者や、経済的余裕のない新米騎士等、寮に入る者は多い。
「貴様は寮に入らなかったのか?」
そうなると当然ルルはそう聞いて来るだろう。余計なことを言ったか。
「集団生活は生に会わない」
寮に入れば一日中他の騎士と顔を突き合わせる事になる。それならば一人で生活した方がいい。
「なら何故私の護衛を引き受けた?」
確かに護衛を引き受けるという事は、二人で行動するという事だ。集団生活が嫌ならばそれは断るのが筋だろう。だがそれよりも俺にはやらなければいけない事があった。
「お前が密猟の情報を知っていると思ったからだ」
俺は密猟の捜査をしていて、その情報を持っていそうなエルフがいた。だから護衛を引き受けた。それだけの話だ。
「嫌な集団生活をする事になっても、私の持っている情報が欲しかったというのか?」
何となく棘のある言い方に聞こえる。
「随分と詮索したがるな」
ルルは俺の事を疑っているのだろうか。だとしたら大した度胸だ。疑っている相手の家にこれから泊まるというのだから。
「これから一緒に捜査をするのだ。素性ぐらいは知っておきたいだろう」
その考え方は否定しないが、それが本心であるならばおかしな事がある。
「だったら、騎士団長に頼んで、素性の分かっている奴を連れてきて貰えばよかったんじゃないのか?」
そもそも俺を護衛に指名したのはルルの方だ。
あの時点で俺とルルは初対面だった。俺が騎士団長室に居たという事は騎士であることは保障されているが、初対面の騎士を護衛に指名した。
素性を気にするというなら事前に素性を調べそうなものだ。
「昨日密猟があったと言っただろう。素性の調査に時間は掛けていられない」
犯罪捜査は時間との勝負だ。それはエルフであっても認識しているようだ。つまりあの場では捜査の開始を優先したという事か。
●
「じゃあ、飯か」
外食をするという手もあるが、エルフであるルルを連れまわして下手に目立ちたくない。家で食べる方が無難だろう。一人暮らしとはいえある程度の食糧は家にある。
「貴様が作るのか?」
ルルは意外そうな顔をしている。
「お前に作らせるわけにもいかないだろ。俺が作るのは問題か?」
いくら何でも客人に食事を作らせるというのは非常識だろう。
「いや、人間は自分で料理する者は少ないと聞いていたからな」
外食する者もいれば、同居人に作らせる者もいるが、俺はそのどちらでもない。そして俺は一人暮らしであり、自分で作った方が一番手間が少ない。
「俺は自分で作るんだ」
そう言いながら俺は台所に保管してあった食料を適当に漁る。一人暮らしであるため、食料はどれも保存のきく物を選んでいる。
「そうか、そういう者もいるのだな」
一体人間に対してどんなイメージを持っているのだろうか。随分と実際の人間と乖離しているような気がする。
「何か食べられない物はあるか?」
俺はエルフの食生活を良く知らない。これは先に聞いておいた方がいいだろう。
「森で採れるような物なら大体食べれる」
何とも掴みどころのない答えだ。とりあえず適当に作ろう。
「ならこれでいいか」
そう言って俺は取っておいた干し肉を出した。干し肉は常温でも保存が効くため、ある程度の量を常備している。
「貴様、それは本気か?」
干し肉を見たルルは明らかに動揺した表情を見せた。
「肉は嫌いか?」
俺の感覚では、肉も森で採れる物に含まれると思っただが、違うのだろうか。
「い、いや、そうではないが」
ルルが口ごもる。何か答えにくい事情があるのだろうか。
「エルフは動物を食べるのは禁止されているのか?」
生憎俺はエルフの文化には疎い。何か事情があるにせよ、ダメならダメと言ってもらわないと分からない。
「エルフでも肉は普通に食べられる」
生憎と俺の予想は外れたようだ。だったら先ほどの反応は何だったのだろうか。
「なら、これを料理して良いんだな?」
話したくない話題なのかもしれないが、まずは今日の食事をどうするか決めなければならない。俺は詳細を聞く事よりも先に、この肉を使ってもいいか確認をする事にした。 ルルは直ぐには答えない。やはり肉に対して何か食べたくない理由でもあるのだろうか。
先ほど肉は嫌いというのは否定していた。それを信じるのであれば、単に味が嫌いで食べられないというのは無いだろう。
「その肉は、自分で狩ったのか?」
ようやく口を開いたと思ったら、またしてもよく分からない事を言い出した。そういえばエルフは森の中で暮らすため、狩猟をする事が多いと聞く。
「まさか、俺は騎士だぞ。売っていた物を買っただけだ」
趣味として狩りをする騎士もいるらしいが、俺はやらない。
「そ、そうか」
何故かルルは安堵したような表情を見せる。一体何に動揺したと言うのだろうか
「これも密猟してきたと思ったのか?」
確かにエルフが密猟品を口に入れるというのはマズイだろう。
「いやそうではない。だいたいお前は騎士だろう」
騎士の俺が、密猟品を堂々と出す事はあり得ないという事は、ルルも分かっているようだ。だったら一体何を心配していたと言うのか。
「とりあえず、これを料理してもいいんだな?」
おれは念のためもう一度ルルに確認をする。
「ああ、構わん」
ルルが一体何を心配していたのかは分からないが、この干し肉を食べるのは問題無いらしい。
その後、ルルは結局俺の料理を普通に食べた。
では、ルルが干し肉を見た時のあの反応は何だったのか。それが分かるのはもう少し後の事になる。
●
食事を終えて食器を片付けながら、ふと思った事がある。
「ルル、お前着替えはどうするつもりだ?」
ルルは弓矢を持ってはいるが、それ以外の持ち物は持っていなかった。
「無い」
荷物が無いという事は、当然着替えも持ち歩いていないのだろうが、ずっと同じ服でいるのだろうか。
「いつまで居る気だ?」
まさか、今日中に犯人を捕まえて帰るつもりだったのだろうか。だとしたら見通しが甘すぎる。
「密猟者を捕まえるまでだ」
だとするとずっとその服のまま過ごすつもりなのだろうか。
「それまで、服はどうするつもりだ?」
ルルは着替えが無い事を気にしている様子は無い。嫌な予感はするが一応聞いてみる。
「我々エルフは森の中で暮らす。わざわざ着替えを持ち歩く者の方が少数だが、人間は違うのか?」
案の定の返事が返ってきた。
「普通は毎日着替える」
これも文化の違いという奴なのだろうか。
「そうか。エルフはそんなに頻繁に着替えたりしない」
はっきりと断言されてしまった。本当だろうか。
「つまり、同じ服を着続けるのか?」
一般的な感覚では汚いと思うのだが、エルフは違うのだろうか。
「問題か?」
ルルは全く気にしてなさそうだ。まあ、俺にエルフの知り合いは居ない。本人がそう言うのであれば信じるしかない。
「洗濯は?」
同じ服でも問題は無いが、洗濯すらしないというのだろうか。
「服は一着しかない。私に裸で過ごせというのか?」
確かに服を乾かしている間どうするのかという問題がある。
「服を買うという考えは無いのか?」
密猟者を捕まえるまで、ここに居候するのであれば、長期戦になる可能性もある。服位買った方が良い気がする。
「人間の通貨は持ってないと言っただろう」
そういえば、宿の話をした時にそんな事を言っていた。
「買ってやろうか?」
一着ぐらいであれば買う金はある。
「いや、結構だ。私はこの服を気に入っている」
あっさりと断られた。
「エルフはファッションに気を使わないのか?」
ルルは人間の王都に来るのは初めてのようだが、人間の服に対して興味は無いのだろうか。
「私は捜査のために来ている。観光に来たのではない。そんな余計なことに時間を使っている暇はない」
服を買う事に時間を使うのであれば捜査をするという事か。
「それなら、風呂は?」
服はそのままでいいとしても風呂は入るつもりなのだろうか。
「私の裸を見るつもりか?」
ルルは露骨に嫌な顔をした。
「いや、入るか確認しただけだ」
ルルが入らないというのであれば強制するつもりはない。エルフにも異性に裸を見られたくないという感覚はあるのだろう。
だとしたらますます俺の家に泊まりに来た理由が分からない。
俺には、ルルが風呂を断ったのには別の理由があるような気がしてならない。
服を着替えるつもりも無ければ、風呂にも入らないという事は、服の下に何かを隠している。犯罪者も良くやる手口だ。
男の俺が、女のルルの服を無理矢理脱がせるというのは大問題になる。
騎士である俺なら、ルルを無理矢理脱がせるような事はしないだろうという予想の上で、あえて俺の家に泊まる事にしたのだろうか。
ルルが俺と会う前に、騎士団長と何を話していたのかは分からないが、ルルはエルフの国の代表として人間の国に来ている筈だ。
そのルルが俺に見られたらまずい物を隠し持っているとしたら一体何だろうか。
騎士団長とルルの間で、何か密約を交わしたのだろうか。あの場所にはマリーもいた。密約があったとしても個人的な内容ではなく、国同士に関わるような話になるだろう。
だとすると、それを騎士である俺に隠す必要があるのだろうか。
それとも俺の考え過ぎか。
そんな事を考えながら、その日は眠りについた。
没案:エディの職業
最初は冒険者だったが、ルルとの出会いのシーンがうまく書けなかったため設定変更を重ねた結果、エルフの森で起きている密猟に焦点を当てる事になり、騎士として密猟を取り締まる立場の方がストーリーが書きやすいという事で、今の設定になった。