第3話 密猟の足音
責任者の商人は俺とルルを応接間に通案内した。
責任者は応接間の前に来ると扉を開け俺たちを中に入る様に促す。
「馬車の移動記録を調べてきますので、こちらでお待ちください」
応接間には絵画や壺といったいかにも金がかかっていそうな装飾品がいくつおあり、さらには見ただけで高級品と分かるような絨毯やソファーが置かれている。
よほど儲かっているのだろう。
高級ソファーの座り心地にも興味があるが、それよりも先に確認しなければならない事がある。
「いや、気が変わった。厩を見せてもらおうか」
俺は応接間に入らずにそう言った。
ローグ商会が黒であるならば、仮に馬車の移動記録を調べたとしても、本当の事を言うはずが無い。それは待つだけ相手に密猟品を隠す時間を与えるだけだ。
それに俺を足止めするために、この待合室に何か仕掛けをしている可能性もある。流石に騎士を殺害するような真似をすれば大事になってしまうため、そこまではしないだろうが、ローグ商会を疑うのであれば、この応接間には入るべきではない。
だとするならば、この場は自分から密猟品を探しに行った方が良い。
普通馬車の使用が終わったら、馬は馬車から外され厩に移動される。当然その近くには馬車があるはずだ。
虱潰しに探せば、昨日城門を通行した馬車が見つかるだろう。
「う、厩ですか」
商人が露骨に嫌そうな顔をしている。俺の目的が厩ではなく、その近くにある馬車の積荷である事が分っているのだろう。
「案内してもらえるか?」
馬車を使う商会の拠点には厩は必ずある。ここも建物の大きさから言って、厩はどこかに必ずある。
そして、責任者であれば厩の場所を知らないというのはあり得ない。
「しかし、あそこには馬しかいませんよ」
予想はしていたが、やはり責任者の商人は俺を厩には案内したくないようだ。
「嫌なら自分で探させてもらうぞ」
厩自体は隠せるような物ではないし、ある程度のスペースが必要になる。適当に探し回っても見つけるのは時間の問題だ。
「い、いえ、案内致します」
責任者の男は渋々と言った様子で俺たちを案内する事にしたようだ。
●
馬を常に飼育するとなると、当然餌を与える必要があり、フンの始末も必要になる。鳴き声や匂いの問題が発生するため、人間が居住する建物とは少し離れた場所に厩を建てるのが一般的だ。
ローグ商会も例外ではないようで、俺たちは一度建物を出た。ローグ商会の敷地は柵で囲われており、柵の外に出る事は無かったため、敷地内に厩があるのだろう。
芝生の中に通路として設置されている石畳の上を歩いている途中、商人がふとこちらをみて口を開いた。
「お連れの方は?」
連れというのは、当然ルルの事だろう。
「何?」
見渡すと、いつの間にかルルは居なくなっていた。
「困りますね。勝手に歩かれては」
ここに来てからずっと黙っていたと思えば、いつの間にか姿を消していた。応接間の前までには確かにいたはずなのだが。
「あいつ…」
一体何を考えているのやら。一人で家探しするつもりだろうか。そんな事をしてもすぐにつまみ出されるのがオチだ。
「し、失礼ですが、先にお連れの方を探してきて貰えますかな?」
これ幸いと、責任者の男は足を止めた。余程厩には案内したくないようだ。
「後にしろ、急いでる」
時間稼ぎをして、証拠のアマダケを処分するつもりかもしれない。ルル本人も腕に覚えがあると言っていた。今はルルを探す事よりも、厩に行く事を優先すべきだ。
「しかし何かあっては私が困りますので」
どうやらルルを口実に俺を足止めするつもりらしい。ますます怪しい。
「そうか、なら勝手に探させてもらう」
既に厩らしき建物は見えているし、馬の匂いもしている。あの建物が厩で間違いないだろう。ここまで来れば商人の案内が無くても厩に行く事は簡単だ。
「いえ、先にお連れの方を探してください」
余程俺を通したくないのか、俺が強引に厩に向おうとすると商人が俺の行く手を遮る様に立ち塞がった。
「見られたら困る物でもあるのか?」
やはり何かあるのだろうか。だとしたら、何故素直にここまで案内したのか。
「そういう訳ではありませんが、騎士団の関係者が敷地内で行方不明になった等と言われては我々の評判が悪くなります」
それは間違いではないのだろうが、ここに来て態度を豹変させるのはあまりにも怪しい大体敷地内で迷子になったところで、一体どんな危険があるというのか。
「今は厩を調査するのが先だ」
騎士の俺からすれば、ローグ商会には捜査のために来ている。よって敵地に乗り込んでいると言っても良い。
だからこそ、周りからの攻撃が無いか、常に怪しい場所には注意していた。例えばあの茂みの様に、いかにも人が身を隠せるような場所があれば、何者かが潜んでいる可能性を考え警戒するのは当然の事だ。
俺と商人が押し問答のようになっている所で、茂みの中から一本の矢が放たれた。その矢は商人の喉に向かって放たれていたが、商人に当たる事無く途中で止まった。
俺が素手で掴んだからだ。
俺は飛んでくる矢を素手で掴むことができる。
この特技があるから、俺はあの時死なずに済んだ。
数本まとめてとなると厳しいが一本だけであれば掴んで止められる。
俺はすぐさま矢を投げ捨てて、次の狙撃に備え矢が飛んできた茂みに向き直る。
「俺の後ろに居ろ」
そう言って俺は商人を庇うように、狙撃手と商人の射線上に割って入る。今の矢は明らかにこの商人を狙っていた。だが商人は自分が狙われているという恐怖感に耐えられなかったようだ。
「ひ、ひぃっ」
俺の言葉を無視して商人が悲鳴を上げて走り出す。
しかし、ここは野外。そう簡単に身を隠す事は出来ない。
「よせ!」
いくら何でも、走って逃げる奴を庇う事はできない。俺はただ叫ぶしかなかった。そして相手の狙撃手は、走っている人間をであれば射抜く技量があったらしい。
次いで放たれた矢が走っていた商人の脇腹に命中した。
商人は悲鳴を上げながら、その衝撃で足をもつれさせ、走っていた勢いそのままにその場に崩れ落ち、転がった
「おい! 無事か」
倒れこんだ商人に向かって走っていくが、俺が商人にたどり着くよりも早くもう一本の矢が放たれ、今度は胸に命中した。
二本目の矢が体に刺さり、商人は悲鳴一つ上げなくなった。
「くそ!」
俺は茂みからさらに追加の矢が放たれないか注意して見ながら商人の両脇を抱え、物陰に引きずっていく。
茂みから射手が動くような気配があった。どうやら狙いは商人だけのようだ。商人を建物の陰に移動させて、壁にもたれかからせたあと、商人の首筋に手をあて脈を取るが既に息は無かった。
「口封じか」
残念ながらこの商人から話を聞く事は出来なくなってしまった。
「何があった?」
そこに姿を消していたルルが現れた。
●
ルルは朝に会った時と同様に弓を携帯し、緑のマントを羽織っている。俺と違って何かトラブルに巻き込まれた様子は無い。単純に道に迷ったのだろうか。
「見ての通り、こいつは口封じされた」
そう言って俺は立ち上がる。
「どういう事だ? そいつは密猟に関係していたという事か?」
ルルは今一状況が読み取れないようだ。
「商人は、密売品を売り払う役目だ。実際にエルフの森に行って密猟を行う実行犯はは別にいる。その実行犯によってこいつは口封じされた。そんなところだろう」
まだ何も証拠は無く、予想の範疇を出ないが、状況を鑑みればそう考えるのが普通だろう。
「なぜ実行犯は別にいると分かる?」
ルルは人間の文化に疎いのだろうか。普通に考えれば商人が直にエルフの森に行くと言う事は感覚的に分かりそうなものだが、それ以外にも根拠はある。
「実際に森に行って密猟をしてるには手や肌が綺麗すぎる」
商人の手としてはおかしく無いだろうが、直接森に言って密猟をしているならば、もっと傷や日焼けがあるはずだ。
「では実際に我々の森で密猟をしているのは誰だ?」
エルフのルルとしては、密猟品を売り捌く商人よりも、実際に密猟を行う密猟犯の方を捕まえたいのだろう。言葉から明らかな敵意が感じられた。
「こいつを殺した奴らだろうな。俺達が嗅ぎつけたから、余計な事を喋る前に詳しい事を知っている奴を消しに来たのさ」
騎士の前で堂々と殺すとはいい度胸だが、それほどこの商人が重要な情報を持っていたという事だろうか。
「狙いは貴様では無くこの商人だと?」
その口調には、俺を疑うような意味合いを含まれていた。俺が無傷である事を考えれば疑うのは当然かもしれない。
「そういう事だ。まあ、運がよければ俺も一緒に始末できるぐらいに思っていたかもしれん」
あの矢は明らかに商人を狙っていた。俺を殺す気があったかどうかは暗殺者次第だが、少なくとも、商人が死んだ後に俺に対して追加の矢が放たれる事は無かった。
「貴様に矢は飛んでこなかったのか?」
ここまで聞くという事は、ルルはあの様子を見ていなかったのだろう。つまり姿を消している間、俺を監視していたという事はなさそうだ。
「ああ、来なかった」
一本受け止めたが、それは俺が強引に射線に入って受け止めただけだ。
「こいつ以外の商人は大丈夫なのか?」
暗殺者の目的が口封じならば、対象はこの商人一人だけなのか。
「さあな。密猟に関与していたのがコイツ一人だけなら、これ以上死人が出る事は無いだろう」
実際に密猟に関与していたのが誰なのか、その全容はまだ分からないが既に暗殺者の気配は無くなっている。もう遠くに逃げたのだろう。
「どういう事だ? この商会は密猟に関与しているのではないのか?」
やはりルルは人間社会には疎いのだろう。この商人一人を殺しただけで、暗殺者が引き上げた理由が分からないようだ。
「コイツが密猟者から仕入れたアマダケの産地を偽装する。ほかの商人たちは正規品だと思い込んで売りさばく。だとしたら、密猟者たちからすればコイツ一人だけ口封じすれば十分だろう。密猟者と直接やり取りしたのはコイツ一人だけだからな」
この商人が密猟に手を染めていたとしても、商会の構成員全員が密猟について知っているとは限らない。密猟に関する口封じが目的ならば、こいつを口封じするだけで十分な可能性もある。
「その場合、こいつを殺したら、密猟者達は密猟品を売れなくなるんじゃないのか?」
ルルの予想通り、殺された商人が単独で密猟者との口利きを行い、密猟品を仕入れていたのであれば、その口利き役を殺してしまったら、密猟者はもうローグ商会を使った密猟品の売買が出来なくなる。
「別の商会に話を持ち掛ければいい。王都に存在する商会はローグ商会以外にもいくらでもある」
だとしても、密猟者達は商人なしでも密猟自体は続けられる。他に新しい口利き役を探せば良いだけだ。密猟品を金に換える事が目的であるならば、ローグ商会に拘る理由もない。
「密猟品だと分かっていても売るのか?」
エルフのルルからすれば、密猟品を売買する神経が理解できないのだろう。
「そうだ。金になるからな」
騎士とはいえ、人間の俺からすれば、金のために犯罪に手を染める奴は嫌と言うほど見てきた。真似しようとは思わないが、金のために犯罪に手を染めるという発想は一応理解できる。
「買う側は?」
売る奴が居れば買う奴もいる。密猟品を買う側に倫理観はあるのか。それは密猟問題の重要な要素の一つだ。
「ほとんどの奴は、密猟品と正規品のアマダケの区別ができるような知識を持っていないし、持っていたとしても安かったら買うだろう。そして万一の事があったら、『密猟品とは知らなかった』と言い張る。そういうものだ」
とはいえ、アマダケの愛好者は当然アマダケの相場を知っている。あまりにも安い商品であれば、密猟品だと察するだろう。それでも売る側が、正規品だと言えば、密猟品だと察しながらも購入するのだろう。
どうせ自分が買わなくとも、他の誰かが買うと言い訳しながら。
「人間とはそういう考え方なのか?」
ルルは不思議そうな顔をしている。人間が犯罪に手を染める心理が理解できないのかもしれない。
「ああそうだ」
俺はエルフの文化にはあまり詳しくないが、森に棲んでいる事ぐらいは知っている。森で自給自足の生活をするのであれば、金や経済といった発想が無く、金のために悪事を働くという発想が理解できないのだろう。
「この前産地の分からないアマダケは取り扱いを禁止にするよう法改正すると聞いてはいたが、それも効果がなかったのか?」
少し前に、エルフからあまりにも密猟が多いため人間側にも対策して欲しいと言う要望があったために法改正がされた。それはエルフのルルも知っているのだろう。
密猟の捜査に携わっている俺からすれば、あの法改正によって密猟の数が減っているようには思えなかった。
「産地を偽装するようになっただけだ」
エルフの森から採取したアマダケを販売してはならないという法律を作れば産地を隠し、産地を明らかにしなければ売ってはならないという法律を作れば今度は産地を偽装する。二度の法改正を以てしてもアマダケの密猟は無くならなかった。
「犯罪だと分かっていてもやるというのか?」
法改正をすれば、エルフの森からの密猟が犯罪である事が周知され、さらに犯罪に対する厳罰があると分かれば密猟は減る。
エルフたちはそう予想していたのだろうが、現実は違った。
「そうだ。犯罪だと分かっていても、金になるなら止める事ができない。そういう奴多いのさ」
法律があれば、違法行為として取り締まる事はできる。だから騎士の俺としては法律が出来たことは無駄ではないと思っている。それでも密猟が無くならない事に法律の無力さを感じるのもまた事実だ。
「なら、何故貴様は取り締まる側にいる?」
人間全てが法令遵守よりも金儲けや自分の欲望を満たす方を優先するのであれば、俺は一体何故騎士として犯罪者を取り締まっているのか。その答えは簡単だ。
「あいつらは俺の相棒を殺した」
相棒の仇を捕まえる。そのために俺は騎士を続けている。
「復讐という事か」
俺の答えが意外だったのか、ルルがそう答えるまでには若干の間があった。
「そうだ。まさか、密猟者を赦せとでも言うのか?」
エルフとして密猟者を敵視するルルであれば、俺の復讐を止めたりはしないだろうが、エルフにとっても復讐は良くない事だという考えはあるのだろうか。
「いや、私としては密猟者を取り締まってもらえる方が有難い」
わざわざ密猟者を取り締まりに出向いて来るぐらいだ。そのルルに対して密猟者を赦すか、などという問いは聞く必要も無かったか。
話がひと段落したところで俺は既に視界に入っていた厩の方に足を進める。
「ついて来い。今度は居なくなるなよ」
恐らく狙撃手はも遠くに逃げている。後を追うだけ無駄だろう。それよりも今はやる事がある。
「何をするつもりだ? 商人が口封じされたのなら、もう手掛かりは無いんじゃないのか?」
商人の話を聞く事は出来なくなったが、口封じをされるような事をしていたという事は、昨晩正門を通った馬車はやはりこの敷地内にあるのだろう。
「そうでもないな」
つまり、物証となる密猟品が残っている可能性が高い。
「他の商人に話を聞くのか?」
密猟があったのは昨日。僅か一日で密猟品を売り捌くのは、いくらローグ商会でもフあのうだろう。
「いや、違う」
そう言って俺は見えていた厩まで歩いて行き、そして近くにあった馬車の荷台を見つけ、荷台に覆いかぶさっていた布を取り払うと、そこは荷台に壺が敷き詰められており、さらに三弾に重ねられている。
薬草の匂いがする。既に馬は外されているが、これが昨日城門を通過した馬車の荷台で間違いだいだろう。
恐らく城門の衛兵は一番上にある、開けやすい壺の蓋を開けて中を確認したのだろう。
俺はわざと一番下の段にある壺の蓋を強引にずらして開けると、中には予想通りアマダケが詰め込まれていた。
●
密猟に関与していたと思われる商人の暗殺。
こうなっては流石に俺とルルだけで現場の捜査を続けるするのは無理だ。死体の処理もしなければならないし、暗殺者を探す必要もある。
俺は大人しく本部に応援を要請し、それから程なくして応援が到着した。
到着した応援によって。建物の中身はくまなく調べられた。残念ながら俺が見つけたアマダケ以外に密猟に関与していると分かるような証拠は見つからなかった。
「あれで全員か?」
ルルが捕縛されて馬車に乗せられているローグ商会の構成員を指さす。
「ああ、そうだ」
既に建物の中は調べ終わった。この建物に居た人物は全て事情聴取をする事になり、一度騎士団の建屋に移される事になった。
ルルは馬車に乗り込んでいるローグ商会の構成員をじっと見ている。
「そうか」
そう言いながらも、ルルは目線を構成員から外さない。
「やり過ぎだとでも言うのか?」
アマダケ以外の物証は無いため、殺された商人が密猟と関係しているかどうかは分からない。それにも関わらず証拠隠滅の可能性もあるため一度全員身柄を確保するというやり方が間違っているとは俺には思えないが、エルフであるルルからは違うように見えるのだろうか。
「貴様は密猟に関与した人間は、死んだ一人だけだと思っているのだろう? 全員を輸送する必要はあるのか?」
一人だけ口封じとして殺したのであれば、裏を返せば殺されなかった残りの構成員は何も知らないと考えるのが普通だ。あくまで状況から来る予想であり、証拠がある訳ではない。それでも全員を移送するのには訳がある。
「流石に密猟品が敷地内で見つかったとなっては、全員に話を聞く必要がある。一人殺された以上は、他の奴も口封じされる前に全員に一度話を聞かないとな。まあ、本当の事を話すかどうかは本人次第だが」
実際に密猟品は見つかった。それを殺された一人の責任として処理するのはあまりにも横暴と言うものだ。
状況から言って、殺された商人が怪しいのは当たり前であるが、かといってもう死んでしまった以上本人に話を聞く事は出来ない。
生き残った者達に一度話を聞かなければならないし、死者が出た以上、これ以上追加の死者が出る前に速やかに全員の話を聞く必要がある。
本当に密猟品はあった。そして、あの商人は厩に行く直前に態度を豹変させた。という事はあの商人は密猟品がある事を知っていたのだろう。
そうなると、なぜ騎士である俺たちをわざわざ敷地内に入れたのかという疑問が出て来る。あのままシラを切り通せば強制捜査までは出来ない事はあの商人も分かっていたはずだ。
密猟の証拠品がある事を知りながら、騎士を敷地内に入れた。そこに一体どんな意図があったのか。
商人が死に、俺とルルは生き残り、密猟品は押収出来た。
それはあの商人が想定していた結果では無かったのだろう。
では、あの商人が想定していた結果は何だったのか。
あの商人はルルが居なくなっていた事に気が付き態度を豹変させた。もしもルルがあの場に居たらどうなっていたのか。
ルルは今日ここに来たばかりだ。
ルルを待ち伏せしていたとなると、それはルルが来ることを知っていたという事になる。そんな事があり得るのか。
「どうかしたか?」
あまりにもじっと見過ぎたせいか、ルルが俺が何かを言おうとしていると思ったようだ。
「密猟品は見つかった。一件落着だろ?」
事件の真相は実行犯を捕まえなければ分からない。とりあえずはルルの今後について決めてもらう必要がある。
「密猟の実行犯が捕まっていないというのに、このまま帰ると思うのか?」
確かに密猟品の押収には成功し、密猟を売り捌いている商人は暗殺された。しかし、密猟の実行犯については未だに見つかっていない。
つまりルルは今の状況ではまだ帰るつもりはないようだ。
「馬車以外の手掛かりがあるのか?」
馬車の目撃情報を頼りにここまでたどり着く事はできたが、この先密猟の実行犯までも捕まえようとするなら、更なる情報が必要だ。
「いや、それは…」
ルルが口ごもる。無いと断言しないのは、まだ俺に黙っている事があるという事なのだろうか。
俺とルルがそんな事を話していると、そこにやってきた人物がいた。
「エディ! どういう経緯で商人が死んだか説明してもらおうか」
声の主はマリーだった。どうやら応援の一人として現場に駆け付けたようだ。商人が暗殺されるというのは、滅多に起きる事件ではない。
副団長のマリーが出て来るというのは騎士団としても事件を重く見ているのだろう。
「ルルの証言を基に昨夜正門を通った馬車を調べたらローグ商会が所有者だった。だからその馬車を調べに来た。その最中に俺の案内をしていた商人に矢が飛んできた。それだけだ」
あの時点で応援を呼ぶという方がおかしい。証拠を元に立ち入り捜査をするなど良くある話だ。
「それだけ? 結果的に死者が出たぞ」
死者が出たのは事実だが、あの時点で暗殺者が潜んでいるという情報は無かった。
「証拠品は押収できただろ。下手に時間をかければ証拠品を処分される恐れがあった。密猟が昨夜あったというのが分っているなら、証拠品の確保は時間との勝負だ」
下手に時間を掛ければ密猟品は売り捌かれてしまう。この捜査が時間との勝負である事はマリーも知っている筈だ。
商人が口封じされたのは想定外だったが、それでも密猟品の押収は出来た。完全解決とはいかないが、捜査に進展があったというのも事実だろう。
「死者が出てもか?」
それでもマリーは死者が出たという点を問題視しているようだ。
「密猟に加担していた商人が口封じされただけだ。一般人に被害は出ていない」
それにあの商人は密猟に加担していたからこそ殺されたと考えるのが妥当だ。一般人が殺されたならまだしも、事件に関与した者が仲間から口封じされたというのは良くある話だ。
「あの商人は尋問すれば有力な情報を吐いたかもしれない。死なせた事に対する自責の念は無いのか?」
商人が殺された現場に俺が居たというのは間違いない。
「あの商人は俺の指示を無視して逃げ出したから的にされたんだ。自業自得だ」
俺の指示通りに従っていれば、少なくともあのタイミングで死ぬ事は無かっただろう。
「あの商人が死んだのは、本人の過失だから問題ない?」
その言い回しからは不満がありありと漏れており、俺を非難する態度が現れているが、かといって俺も譲るつもりはない。
「ああそうだ。そもそも、城門を通った馬車がローグ商会の物だという背景だけで、応援を呼んで強制捜査なんてできるのか?」
結果が出てから反対の事を言うのは簡単だ。それに、俺の行動が間違いだと言うのであれば、捜査をする前に応援を呼んだら応じたのだろうか。
「それは、状況によるだろう」
マリーのトーンが若干下がる。だったら何故俺を非難しているのか。
「嘘をいうな。どうせ証拠不十分で強制捜査まではいかないだろう。だから現場が強硬手段に出る事になる」
そもそも馬車に関する情報はエルフからの情報だ。昨晩の通行記録にローグ商会の馬車があったというだけで、強制捜査など出来るはずが無い。
「密猟品が見つかったから良かったものの、証拠品が見つからなかった可能性もあるだろう。」
俺の捜査に確実性が無いと言いたいのだろうか。
仮に密猟品が見つからなかった場合、不要な立ち入り検査に手間を取られた事、騎士から疑いをかけられた事に対して二重に心象を悪くする。それは副団長のマリーとしては避けたいところなのだろう。
かといってあまりにも証拠固めに時間を取られていては、証拠を隠滅されたり犯人に逃げられる恐れもある。
馬車の記録だけで立ち入り捜査をするのがやり過ぎだと言われてしまうと、一体どこまでの証拠を用意すれば立ち入り捜査が許されるのか。
「結果が出てから文句をいうな。むしろ俺とルルに怪我が無かった事を喜ぶべきなんじゃないのか。捜査に危険は付き物だ」
確かに商人は殺されたが、一々捜査に完全を求められては何もできなくなってしまう。今回は証拠が押収できただけで成功と考えるべきだろう。
そう言った俺に対してマリーは顔を近づけ、さらに声のトーンを落とした。
「あの客人、大丈夫だったのか?」
周りに聞かれたら困るような言葉で俺を恫喝するのかと思ったら、ルルの心配をしていたようだ。気になるのであれば本人に聞けばいいものを。
まさか、マリーはエルフが嫌いなのだろうか。
「見ての通り、怪我はしていない」
今のルルは俺の近くで、馬車に乗せられているローグ商会の構成員を眺めている。それを横目で見ながら、俺はルルに怪我が無かった事をマリーに伝える。
「あの客人は何もされなかったのか? 矢を放たれたのは商人だけか?」
怪我が無いのは見れば分かるはずなのだが、それだけではマリーは安心できないようだ。
「商人の殺害現場にいなかった」
俺は当時の状況を正直に話した。
「お前は殺害現場に居たんだろう? まさか別行動をしていたのか?」
しかし、それはマリーにとって好ましくない情報だったようだ。目に見えてマリーの表情が曇る。
「いつの間にかいなくなっていたんだ」
これもまた、本当の話だ。気が付いたらルルの姿は見えなくなっていた。
「お前は護衛である事を忘れたのか? 何かあったらどうする?」
確かに俺には護衛と言う任務もあるだろうが、同時に捜査をする任務もある。
「あの商人に道案内をさせていたら、いつの間にかいなくなっていたんだ。俺は護衛であっても子守じゃない。ずっと手を繋いでいろとでも言うのか?」
捜査には危険が付き物。自分の身を守る必要もある。常にルルの事ばかり気かけてはいられない。
「護衛なら、護衛対象が勝手に離れないようにするのが普通だろう」
確かに護衛ではあるが、捜査中にずっと目を離さずにいろというのは無理な話だ。それともルルが一人になったら困る理由でもあるのだろうか。
それとも今回の捜査に何か思うところがあるのか。
「俺が密猟者とグルで、ルルの目を盗んで何か悪さをしていたとでも疑っているのか?」
俺が早々に密猟品を押収したのは、俺こそが密猟者と通じていたからとでも考えているのだろうか。
「いや、そうではない」
どうにも、マリーの言い方には含みを感じる。
「なら何だ? 俺でないなら、ルルが密猟者とグルだとでも?」
ルルの身を案じているのではなく、ルルを疑っているのだろうか。
確かにルルが一人になって何をしていたのかは俺も知らない以上、この疑いを晴らす事は俺もできない。
「お前まさか…」
そう思っていたのだが、マリーは目を見開いて絶句した。まるで俺がおかしな事を言ったかのような反応だ。
俺がルルを疑っているとは思っていなかったのだろうか。
マリーはルルの事を疑っているのか、それとも俺の知らない何かを知っているのだろうか。俺は少しマリーに鎌をかけて見る事にした。
「俺があんな子供の証言を間に受けて、馬車を追いかけていったら密猟品にたどり着けるとは思ってなかったのか?」
残念ながら、その言葉に反応したのはマリーでは無かった。
「おい貴様、今私の事を子供と言ったか?」
少し声が大きくなってしまった。ルルにも俺の声が聞こえたようで話に割って入ってきた。
「人間から見れば子供にしか見えない」
子供と呼ばれた事が気に入らなかったのかもしれないが、その外見は人間基準で考えれば子供と言われても十分通用する。
「エルフと人間を一緒にするな。エルフの成長速度は人間とは違う」
その話は聞いたことがある。だからと言っても外見が子供にしか見えないという事実が変わる訳ではない。
「そうか、年はいくつだ?」
せっかくの機会だ。年齢を聞いておこう。
そう思ったが俺の視界の端でマリーが青ざめているのが見えた。
「女の年齢は聞く物ではない」
あっさりと断られてしまった。
「エルフでもか?」
エルフは長寿と聞いていたが、それでも年齢は気にするというのか。
「エルフでもだ。お前は本当にエルフの事を知らんな」
そんな俺の態度を見てルルは呆れているようだが、怒っているという訳ではなさそうだ。
そんな俺たちのやり取りを見たマリーが口を挟む。
「お、お前、随分と親睦を深めたんだな」
ただ年齢を聞いてみただけだが、そんなに仲良く見えるのだろうか。
「そう見えるか?」
俺の言葉に対して、マリーは眉を顰める。
「客人に対してとる態度にしては、限度があるだろう」
どうやら、言葉遣いを改めろという皮肉を込めた意図だったようだ。しかしそれは聞けない相談だ。
「向こうから敬語を使うなと言ってきたんだ」
ルルの方からそう言ってきた以上、無理に敬語を使う方が失礼というものだ。
「そうか、それなら良い。ともかく、お前は護衛でもあるんだ。あまり危険な目には合わせるなよ」
そう言うと軽くため息を吐き捨てながら、マリーは持ち場に戻って行った。
結局、マリーがルルを疑っているかどうかは、この時は分からずじまいで終わってしまった。
没案:商人の逆襲
ローグ商会で通される場所は応接間ではなく、拷問部屋であり、拷問されそうになったところを脱出するという展開を考えていたが、騎士である相手を堂々と拷問にかけるというのは流石にありえないだろうという事で没になった。