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潜入捜査官はエルフ  作者: 月ノ裏常夜
2/12

第2話 エルフの少女

「失礼します」

 そう言って団長室に入ると部屋の中に居た三人が一斉に俺の方を向いた。

 その内二人は見知った顔。騎士団員の団長と、副団長のマリー。

 そして見知らぬ顔が一人。先ほど部屋の外で聞こえた起こった声の主は、この女のものだったのだろう。

その見知らぬ女は特徴的な外見をしていた。金髪の髪に長い耳。恐らくはエルフ。遠巻きに見た事はあるが、これほど近くでエルフを見るのは初めてた。

 エルフの女は随分と背が小さい。一見すると少女にも見えるが、エルフは人間に比べて長寿だと聞く。人間の感覚での年齢だと思わない方が良いだろう。

 エルフの女は弓を携えており、緑のマントを羽織っている。一般的にエルフは狩猟民族であり弓を使う事ぐらいは俺も知っている。

「何だ貴様は?」

 予想はしていたがエルフの女は随分と機嫌が悪いようだ。

 俺はそれをあえて無視して団長に向かって報告をした。

「団長、アマダケの密売人を一人連行しました」

 すると間髪入れずにその言葉にエルフの女が反応した。

「アマダケだと?」

 無理もない。アマダケは主にエルフの森から密猟される。もしかするとアマダケの密猟について何か話し合いをしていたのかもしれない。

「押収品は第二倉庫に預けてあります。」

 俺は女の発言を無視して、団長に報告を続けた。

「この男は誰だ?」

 またも口を開いたのはエルフの女で、俺の方を指さしながら団長の顔を見ている。やはり俺が来るまで密猟関係の話をしていたのだろうか。

「この男はエディ、私の部下であり騎士だ。密猟品の捜査をさせている」

 団長は俺の情報を隠さずに答えた。どうやらこのエルフは捜査の話をしても良さそうな相手のようだ。ここで聞ける話は可能な限り引き出しておいた方が良いだろう。

「押収した量はどの程度だ?」

 エルフの女は当然のように俺に詳細を聞いて来る。

「壺一つ」

 俺も団長にならい、情報を隠さずにエルフの女に話す。

「では違うな」

 一体何が違うのかは分からないが、先ほどまでアマダケの密猟に関する話をしていたのだろう。そこまで言われてしまえば一体何を話していたのか聞きたくなるというもの。

「違うとは?」

 俺は率直に聞き返した。それを聞いたエルフは再び団長に視線を向ける。話してもいいのかという意味だろう。

「彼は密猟の捜査を担当している騎士だ。密猟に関連する情報であれば話しても問題ない」

 エルフの視線を受けた団長は承認の返事をし、それを聞いたエルフは説明を始めた。

「昨日エルフの森で密猟があった。馬車を使った大規模な物だ。だから私が捜査をしに来たのだ」

 どうやらこのエルフは予想通り密猟絡みの話をしにここに来ているようだ。まあ、エルフがわざわざ騎士団長とする話といえばそれしかないだろう。

「エルフが直々に潜入捜査って事ですか?」

 とはいえ、エルフがわざわざ人間の国に出向いて捜査をするというのは騎士の俺でも聞いたことが無い。

「ああそうだ」

 それをエルフの女は当然の様に言い放った。

「人間の捜査は信頼できないと?」

 人間の国の捜査は人間が行っている。それをエルフが乗り込んできて捜査を行うというのは、人間の捜査能力を疑っていると言っているのと同じだ。

「貴様ら人間に捜査をさせていたところで、一向に密猟は減らないではないか」

人間によるエルフの森からの密猟は後を絶たない。それは否定できない事実だ。

「お言葉ですが、エルフの森にもエルフの警備隊が配備されているのでは?」

 エルフも人間による密猟があることは知っている。黙って見ている訳ではない。その一環として人間の住処に近い森には警備隊を配備していると聞いている。

「ほう、我々にも責任があると?」

 どうやら俺の物言いが勘に障ったようだ。それともエルフの警備隊では密猟を防げないという自覚があったのだろうか。

「いえ、人間の侵入を防げないエルフに、人間の密猟者を捜査する事ができるとは思えないだけですよ」

 俺も譲るつもりはない。今日も一人密猟者を捕まえた。それをエルフにもできるというのだろうか。ただでさえ捜査というのはその場所の土地勘が必要になる。異国の地からやってきたエルフが捜査をして、犯人までたどり着けるとは思えない。

「では、貴様なら捕まえられるというのか?」

 てっきり怒り出すかと思ったが、意外と冷静のようだ。

「当然です。それが仕事なので」

 多少ハッタリも入っているが、意見を変えるつもりは無い。

「ほう、では騎士団長。コイツを連れて行っても良いか?」

 俺の言葉を聞いたエルフは、再び騎士団長に話を振った。

「連れて行くとは?」

 急に話を振られた騎士団長は、エルフが何を言いたいのか分からないと言った様子だ。

「こいつに私の捜査を手伝わせる。それで良いだろう」

 どうやらこのエルフは、捜査をする事を諦めてはいないらしい。

「しかし、それではあなたの身が危険にさらされる。それでも捜査をするのであれば複数人の護衛を付けなければ万一の事があっては困る。」

 団長はエルフの身を案じているようだ。無理もない。犯罪の捜査とは危険が付き物。最悪死ぬ事もあり得る。俺も目の前で相棒を失った。

「エルフ一人に過保護すぎますよ」

 とはいえ、普段現場に居る身としてはわざわざ複数人の護衛を付けるのはやり過ぎのように聞こえる。本人が捜査を望んでいるのであればやらせればいい。

 何より俺は相棒を失ってから一人で捜査をしている。そんな俺を目の前にして、一人で行動するのは危ないなんて意見を言われても同意はできない。

「貴様まさか…」

 エルフが俺の言葉を聞いて意外そうな顔をしている。複数の護衛があった方が良かったのだろうか。

「何だ? 自分の身は自分で守る気が無いのか?」

 捜査を手伝えと言われれば手伝うが、ある程度は自分で自分を守ってもらわなければ捜査どころではない。

 幸いこのエルフは弓矢を持っている。全く戦闘ができないという事は無いだろう。

「いや、そのつもりだ。しかし、貴様の上官が頭が固くてな、私が現場に出るのは嫌らしい」

 俺の皮肉に対して、エルフの女は飄々としている。どうやらある程度自分の戦闘能力には覚えがあるようだ。

「そいつは仕事の事しか頭にない仕事人間で、エルフの文化には疎いです。失礼な言動をするかもしれません」

 そこにマリーが口を挟んだ。

 副団長として常に団長の近くに控え、団長の補佐をしている女騎士。俺が相棒を失ってから俺の事を気にかけてくれてはいるようで、俺の現状についてもある程度把握しているが、その分言葉に遠慮がない。

「マリーはエルフの文化に詳しいのか?」

 マリーの言う通り、俺は騎士として密猟の捜査に明け暮れていた。エルフの文化について勉強するような機会は皆無に等しい。

「お前よりはな」

 一方のマリーは副団長という立場もあってか、ある程度エルフの文化については知っているようだ。

「だったら何をしたら失礼に当たるか教えてくれ」

 丁度良い機会だ。このままこのエルフと行動を共にするというのであれば、今の内に何をしたらいけないのか聞いておいた方が良い。

「例えば、狩りについての考え方は人間と違ってー」

 エルフが弓矢を用いる狩猟民族である事は俺でも知っているが、狩りに対する独特の価値観でもあるのだろうか。

「二人とも、後にしろ。まずは今後をどうするかを決めるのが先だ」

 マリーが話を始めようとしたところで、騎士団長が制した。

「団長はエディを護衛に付けるのに賛成なのですか?」

 言葉を制されたマリーはすぐさま元の話題に戻った。

 そういえば、団長の意見を聞いていなかった。

「他に適任がいるのか?」

 どうやら団長は俺が護衛に付く事に賛成のようだ。

「異性のペアを組ませるというのは問題では?」

 マリーが最もらしい意見を言った。

「私は気にしない」

 だが当の本人は問題無いと考えているようだ。そんなエルフに対してマリーが続けざまに質問をした。

「エルフは単独行動を好む傾向があると聞いていますが、本当に護衛付きで行動するつもりですか?」

 エルフが単独行動を好むというのは、俺にとっては初耳だが、種族としての特徴なのだろうか。

「ならば、私が単独行動をする事を許可するのか?」

 エルフの女はそれを否定しなかった。むしろ単独行動を好んでいるように聞こえる。そして、その質問を向けられた団長が、エルフに向かって応えた。

「それは出来ない相談ですな。人間の国を、エルフ単独で捜査をするというのは国家主権の原則に反する」

 人間から見れば、エルフというのは外国人だ。それが人間の国の中で、単独による犯罪捜査をするというのは、国として認められないというのは正論だろう。

「そうだろうな。本来は単独行動の方が望ましいが国としての主権を守るために、人間と組んで行動が必要だと言うのであれば、それぐらいは許容する」

 国としてエルフの単独捜査を認められないという点については、このエルフも理解しているようだ。

 もしかすると先ほどまで聞こえていた口論は、エルフ単独での捜査を認めろという話しをしていたのだろうか。

「しかし、同性とペアを組んだ方が色々と都合がいいのでは?」

 先ほど本人が気にしないとは言ったものの、まだマリーは異性でペアを組むことを問題視しているようだ。

「だったら、マリーが俺の代わりに護衛になったらどうだ?」

 半分は冗談、半分は嫌味で言った俺の言葉に、マリーが返事をするよりも先にエルフの女が口を挟んだ。

「いや、ダメだ。実績のある者と組んだ方がいい」

 意外な事に、エルフの女はマリーとペアを組む事を拒否した。それほどまでにこの捜査で結果を出す事を重要視しているのだろうか。

「本人は問題無いと考えていても、異性と共に行動するというのは、後後問題になるのでは?」

 それでもマリーは俺とこのエルフがペアを組むのは反対のようだ。

「せっかくこちらから妥協案を出したというのに、それすら拒否するというのか? 少しはそちらも妥協したらどうだ?」

 脅しのように聞こえる言葉に団長はしばし黙り込む。エルフの女はそれ以上何も言わない。団長の回答を待っている。

 そして、団長が口を開いた。

「分かった。エディを同伴させる事を許可しよう。ただし、逮捕権を持つのはエディだけだ。エルフに無条件な逮捕権を持たせる事は認められない。仮に密猟の犯人を発見し、逮捕する事になったとしても、エディの立ち合いの下で行うのが条件だ」

 マリーは不服そうな顔をしていたが、団長の言葉を聞いてそれ以上反論はしなかった。

「構わん。人間の騎士が同伴するというのなら、人間の騎士に逮捕を任せればいいだけだ。貴様もそれで構わんだろう?」

 そう言って、エルフの女は俺を見た。

「俺は密猟者を捕まえられるなら、エルフの護衛くらい構いませんよ」

 全く戦えない戦力外のエルフを護衛しながらの捜査であればお断りだが、本人も少しは戦えるというのなら、共同で捜査するぐらいは問題ない。

「しかし、客人をいきなり捜査に送り出すというのは乱暴すぎるというもの。今日は休息をして捜査は明日からでも良いのでは? 急な来訪であったためあまり大層なもてなしはできないが、夜まで時間を頂ければ多少のもてなしであれば用意しよう」

 団長はエルフが捜査をする事は条件付きで認めたとはいえ、団長からすればエルフは外国人であり客人扱いのようだ。

 つまりすぐさま捜査に送り出すのではなく、まずはもてなしが必要だと考えているようだ。先ほど聞こえてきた口論はこの事だったのだろうか。

「くどいぞ。私は観光に来たのではない。今日から捜査を開始する」

 一方のエルフは今すぐにでも捜査を開始したようだ。

 それを聞いた団長はそれ以上エルフの女には何も言わず、俺に向かって声を掛けた。

「エディ、くれぐれも客人には怪我の無いようにな」

 それはエルフの女が主張した、今日からの捜査開始を肯定する意味も含まれているのだろう。

「それは相手次第でしょう」

 犯人を捕まえるまで、どの程度日数が掛かるかも分からないし、相手と戦闘になるかもしれない。エルフを死なせるつもりは無いが、無傷のまま返す事を今約束というのは無理な話だ。

「そうか。では最低限、一日一回は報告に来い。何かあった時に事態が把握できていなかったとあっては大事になる」

 騎士団長としては、外国人であるエルフが、捜査中に負傷した場合の対処も考えなければならないのだろう。最悪外交問題になる可能性もある。問題があった場合に早めに知る必要があるというのは、立場上仕方のない事だ。

「了解」

 一日一回の報告程度であれば、捜査の邪魔にはならないだろう。

「行くと決まったら、さっさと行くぞ」

 話がまとまったのを見たエルフが間髪入れずに団長室から出て行った。


 ●


 俺が団長室から出ていくと、待っていたかのようにエルフが口を開いた。

「遅いぞ」

それほど待たせたつもりはないのだが。随分と気が短いようだ。

「それで、どこに向かうんです?」

やけに急いでいるところを見るに、捜査のアテがあるのだろうか。

「おい、一緒に捜査をするんだ。敬語は止めろ。対等な立場だろ」

 エルフの客人という事で敬語を使おうと思っていたが、本人は気に入らないようだ。

「そうか、じゃあ普通に話そう。これでいいか?」

 相手がそう言うのであれば、合わせた方が良いだろう。

「ああ、それでいい」

 エルフの女は満足したようだが、俺も聞かなければいけない事がある。

「ところで、お前の名前は?」

 そう言われてエルフは僅かに目を見開いた。自分の名前を言っていない事を忘れていたのだろうか。

 団長は俺の名前をエルフに教えていたが、俺はこのエルフの名前を聞いていない。

「ルル」

 エルフの女は短くそう答えた。

「で、どこへ向かう?」

 話を元に戻そうとすると、ルルからは意外な返事が返ってきた。

「私は人間の国の土地勘はない。どこに行けば情報が入る?」

 てっきり行くアテがあるから出発を急いでいるのかと思ったが、そんな事は無かったようだ。

「じゃあルル、早速だが昨日の密猟の情報というのは?」

 俺としても手あたり次第捜査をするつもりは無い。昨日の密猟を捜査するというのであれば、その時の状況を知るのが捜査の第一歩だ。

「昨日の夜、密猟があって、馬車が走り去るのを見た」

 ルルは随分と簡潔に答えた。

 しばらく待ってみたが、それ以上言葉を続けようとしない。

「それだけか? 人数や、犯人の顔は?」

 たったそれだけの情報で捜査をしろというのか。

「暗くて見ていない。分かっているのは、馬車があった事だけだ」

 生憎とそれ以上の情報はないようだ。

「それだけで捕まえようっていうのか?」

 それでは密猟者が馬車を使った事しか分からないと言っているのと同じである。

「ああそうだ」

 本当にそれだけで捕まえられると思っているのだろうか。昨晩馬車を見たというのであればまだ現物は捌かれていないかもしれない。つまり今すぐその馬車を見つければ密猟品と一緒に証拠の密猟品を確保できる。

 それにかけて捜査をする事もできるが、そんなにすぐに見つかるだろうか。

 犯人に繋がる手掛かりが馬車しかないという状況で、一体どこを捜査しろというのか。

考え込む俺に対してルルが先を促すのにそう時間は掛からななかった。

「それで、探すアテはあるのか?」

 馬車と言うのであれば、やりようはある。

「あるにはあるが、期待はするなよ」

 昨晩密猟があり、密猟者は馬車を使った。たったこれだけの情報で犯人までたどり着けるかは疑わしいが、俺達は捜査を開始する事になった。


 ●


 今俺たちが居る場所は人間の国であるが、その中でも王都と呼ばれる場所にいる。人口密集地帯であり、王都の外は、城壁に囲まれている。

「昨日、この門の通行記録を見せてくれ」

 俺たちが向かったのはその城門の内の一つ。複数ある城門の内最も大きな正門である。

 馬車を使えば一度に大量の物品を輸送する事ができる。だからこそ悪用する者も多く、馬車が城門を出入りする際には記録が残る決まりに事になっている。

 つまり、エルフの森に馬車を持ち込み、さらに城内に持ち込むには当然この城門を通る必要があり、通っていたのであれば記録が残っているはずだ。

 という事で俺たちは城門の詰め所にいる衛兵に、昨晩の馬車の出入りについて記録を見せるように依頼しているところだ。

「はい、お待ちを」

 騎士が捜査の都合上正門の記録を見に来るのは珍しい事ではない。衛兵は俺の言葉を聞いたらすぐに奥の方へ行き、しばらくして通行記録を持って来て俺に差し出した。

「どうぞ」

 通行記録は紙に書かれておりそれが簡素な紐で束ねられてまるで本の様になっているが、表紙は付けられていない。

「ご苦労」

 その記録用紙を受け取って目を通し、昨日の分の記録を確認する。

 昨日の夜、城門を超えた馬車は一台だけだった。

 普通馬車で城門を通過するのは昼である。馬車はある程度速度が出るため、日が落ちてから動くのは危険だからだ。

夜中に移動するというのは余程急ぎの用事である可能性が高い。ない限りあり得ない。

もしくは余程人に見られたら困る背景があるか。

仮に密猟品の輸送をしていたとすれば、わざわざ危険を侵してでも夜中に移動するのには十分な理由だ。

 さらに通行記録には積荷も記載されている。

 危険物や違法な物を持ち込ませないように、城門を通過する馬車は必ず積荷の検査を受ける事になっている。昨夜正門を通過した馬車も例外ではなく、積荷が記録として残っていた。

「積み荷は薬草か」

薬草。安価で手軽に手に入り、比較的どこでも手に入る商材だ。

「何だハズレか?」

 帳簿を睨む俺に向かって、ルルが俺に問いかける。ルルはこの帳簿に書いてある通り、この馬車には薬草が積まれていただけだと思ったのだろう。

 記録の通り薬草を輸送していたのであれば、この馬車はハズレだろう。

「いや、そうでもない」

 だが俺にとっては夜に城門を通過した馬車が、薬草を積んでいたというのは限りなく黒に近い。

 薬草などという安価な商品をわざわざ、危険を伴う夜に運ぶような真似はしない。

「何故だ? 積荷は薬草だろう?」

 流石に来たばかりのエルフに対して、密猟者の手口を察しろというのは無理な話か。

 俺は腰を落とし、目線をルルの高さに合わせて声を落とす。

「密猟品を運ぶ時に、目くらましとして大量の壺を用意する。密猟品を収納した壺は積荷の奥にしまい、合法な品を入れた壺は検査員が見やすい場所に配置する。よくある手口だ」

 薬草は検問対策の目くらましであり、本命の積み荷は密猟品。だからこそわざわざ夜に城門を通過したのだ。

「なぜ小声で言う?」

 俺に合わせてルルも声の大きさを落とした。

「俺の読みがあっていれば、ここの検問に漏れがあったという事だ。あまり大声で言うとここの奴らが気を悪くする」

 いくら俺が騎士だからと言って、ここの検問が、密猟品を見逃したなどと大声で言えば、検問の衛兵達は気を悪くするだろう。何よりまだ証拠がある訳ではない。

 業務とはいえ、捜査協力の一環として記録を見せてもらっているのだ。無駄に喧嘩を売る真似はしない方が良い。

「まだ読み予想の段階か?」

 ルルとしても、今の俺の意見がただの予想であり、確たる証拠のある話ではないと分かっているようだ。

「ああ、だが普通夜中に馬車で大量の薬草なんか運ぶ奴は居ない。何故なら薬草は金にならないからだ。そんなものを夜通し運ぶのは余程の訳アリだ」

 しかし、俺の経験上、あの馬車は確実に何かある。密猟品ではないにしても、何か見られたら困る物を運んでいたのだろう。

 ルルが言う、馬車を利用した密猟があったという話を信じるならば、恐らくは同一の馬車だ。

「つまり、密猟品を運び込むための偽装の一環だったと?」

 ここまで言えば、ルルも俺が何を言いたいか察したようだ。

「そういう事だ」

 そう言いながら、俺は腰を上げる。

「あの、どうかされましたか?」

 小声で話し込んでいた俺達二人をいぶかしんだのか、衛兵が声を掛けてきた。

「いや、何でもない。昨夜この馬車が通った時に何か変わったことは無かったか?」

 通したという事は、何も気が付かなかったのだろうが、念のため衛兵に聞いてみる。

「いえ、特に何も聞いていません」

 予想通りの回答が返ってきた。

 ということは文書の通り、薬草を積んでいただけという事で通したのだろう。おれは追う一度交通記録に眼を落す。

交通記録には四つの情報が記されている、通った日時、馬車の積み荷、馬車の持ち主、そして馬車の識別番号が書かれている。馬車の持ち主はローグ商会。

馬車というのは個人で所有する事もあるが、商売で使われる場合は個人名ではなく、商会の名義で登録される事が一般的だ。

大手の商会となれば複数の馬車を所有しているが、識別番号があれば、昨日この正門を通った馬車か特定する事ができる。まずはローグ商会に向かう事としよう。


 ●


 ローグ商会が怪しいと踏んだ俺は、城門を出たその足でローグ商会に向かった。

「それで、ローグ商会に押し入るのか?」

 ルルも俺の予想に異議は無いようで後に付いてきているが、俺がローグ商会に着いたらどうするか気になっているようだ。まだここから歩いて行くには少し距離がある。歩きながら説明しよう。

「捜査の一環だからな」

 押し入るという表現が正しいかどうかは微妙だが、騎士として捜査が必要ならば立ち入りぐらいは許可されている。

 昨日の城門を通過した馬車の中身に密猟品の疑いがあり、積荷を確認したいという理由があれば、ローグ商会も拒否できないだろう。

 商売の都合上、積荷を公開したくないと言われるケースもあるが、騎士団に目をつけられれば、商売がやりづらくなる。何も違法な事をしていないのであれば、大人しく立ち入りを許可するだろう。

「わざわざ正規に登録した馬車を密猟に使うのか?」

 馬車のお陰で俺たちはローグ商会にたどり着く事ができた。しかし本当に密猟を行うのであれば、わざわざ正規の馬車を使うのか。

 ルルの疑問はもっともだが、それでも俺はローグ商会を疑っている。

「城門の通行をするためにはそうするしかない。虚偽の馬車を使ったらそれはまた別の犯罪になる」

 つまりは虚偽の馬車を使って城門を通過するリスクと、正規の馬車を使って足が付くリスクを測り、正規の馬車を使う方法を選んだのだ。

 虚偽の馬車をつかえば、通行記録から足が付く事は無いかもしれないが、虚偽の馬車を用意するのにもそれなりに手間がかかる上に、検問で虚偽の馬車である事を見破られるリスクもある。

巷に非正規の馬車はあるが、それらは粗悪な物が多く、脱輪する事故も度々起こっている。つまり移動中に事故に合う可能性が高くなる。だからといって新規に高性能の馬車を手に入れるにはコストがかかり過ぎる。

正規の馬車に密猟品を積むという方法は、正門を突破できるかどうかが問題になるが、結果的に城門の衛兵は馬車を通している。ローグ商会は賭けに勝ったのだ。その後にエルフのルルによって密猟のタイミングをバラされ、通過したタイミングから騎士に目を付けられるというのは計算外だったのだろう。

「もしも私が見た馬車が、ローグ商会の馬車だったとして、大人しく証拠となる馬車を見せると思うか?」

 これもまた、当然の疑問だ。

 本当にローグ商会が密猟に手を染めていたとして、その証拠品を大人しく騎士に見せるだろうか。

「いや、まず見せないだろう」

 今のところ、この国の法律ではエルフの証言は証拠として認められない事になっている。よって現時点でルルの証言だけでローグ商会を逮捕する事は不可能だ。

 また、犯罪者は証拠を隠そうとする。俺に犯罪の証拠となる物を見せるとは思えない。

 立ち入り検査も任意と言う形になり、ローグ商会が拒否してしまえば、強制的に立ち入る権限は騎士には無い。

 つまり、馬車が犯罪の証拠となると分かっているのであれば、大人しく立ち入り検査に応じる可能性は低い。

「どうするつもりだ?」

 とはいえ、こちらの捜査の素人ではない。

「証拠を隠滅されると面倒だ。応援を呼んで一帯を封鎖して強制立ち入り捜査をするのがいいが、生憎とエルフの目撃証言だけでそこまでするのは無理だろうな」

 城門の通行記録に昨晩ローグ商会の馬車が通った事は記録として残っている。それは事実であるが、昨晩密猟があったというのはエルフであるルルの証言だ。それだけで強制捜査をするのは無理だ。

「密猟に関係すると分かっていてもか?」

 エルフのルルにしては自分の証言が無効になるのは不服なようだ。

「ああそうだ。エルフの証言は証拠として扱わない。だから無理だ」

 だがここは人間の国。エルフの証言は証拠にならないという法律である以上、それはどうにもならない。ルルの証言を基に俺が捜査をする事は可能だがそれでも限度がある。

「ならどうするんだ?」

 否定的な事を言いながら、依然として歩みを止めない俺を見て、ルルとしても俺がこのままローグ商会に乗り込むつもりでいる事を察したのだろう。

「まあ見ていろ。やり方はいくらでもある」

 俺としても考えなしに乗り込む訳じゃ無い。


 ●


 ローグ商会。王都の中に複数存在する商会の中でも大手と言われる商会の一つ。最近になって売り上げを伸ばしており、密猟に手を出しているのではないかと言う噂は絶えない。残念ながらそれはローグ商会に限った話ではない。

 例え法律でアマダケの販売が禁止されようと、それを高値で買う者がいれば当然売る者が出て来る。その需要を大手の商会が黙って見ているはずが無い。

 大手の商会は多かれ少なかれ密猟には関与している。それが密猟の捜査をしている俺の認識である。

 ローグ商会についた俺たちは正面入り口正門の受け付けに向かった。

「な、何の御用で?」

 俺が騎士である事が分かると、奥から責任者らしき商人が出てきた。

 騎士が急に訪問してくるというのはどういうことか、この商人は分かっているようだ。いかにも嫌なものを見るような目をしている。

 日頃から捜査をしているこちらとしては、そういう態度には慣れているため、さっさと本題に入ることにする。

「昨日、薬草を大量に仕入れたな」

 城門の情報が正しければ、ローグ商会が薬草を仕入れたのは間違いないが、はたしてどう答えるか。

「は、はあ。それが何か?」

 否定も肯定もしない曖昧な返事。揚げ足を取られたくないということか。

「今どこにある?」

 ここで話していてもらちがあかない。実際に物を見せてもらおう。

「そ、それは、部下に任せているので詳細までは」

 またしても当り障りのない返事。しかし裏を返せば現物をすぐに見せるつもりはないと言っているようにも聞こえる。

「面倒だな。入荷記録が記されている帳簿を出せ」

 ローグ商会ほどの大手であれば、商品の仕入れに対して帳簿をつけているだろう。薬草を仕入れたのであれば帳簿に残っている筈だ。

「いえ、いくら騎士様とはいえ、帳簿を見せる訳にはいきませんね。商売上重要な情報が色々と記されておりますので」

 白ならさっさと帳簿を出して身の潔白を証明するだろう。直ぐに帳簿を出さないという事は黒である可能性が濃厚だ。

「じゃあ、昨晩運び込まれた馬車はどこにある?」

 さすがに馬車の居場所まで騎士に対して秘密にするのは無理がある。それを言ってしまうと違法な商品を輸送している事を認めるようなものだ。

「いや、それは…」

 答えられないという事は、商人もそれを分かっているのだろう。

「城門の通行記録には認識番号も残っている。まさか紛失したとでも言うつもりか?」

 城門に記録が残っていたのは否定できない事実だ。昨晩運び込まれた馬車は無いと言ってしまえば、今度は馬車を紛失したという別の問題が発生する。

「生憎と所有している馬車が多い者で、一つ一つの馬車の所在までは把握できていないんですよ」

 大手の商会となれば、当然所有する馬車は多い。俺としてもその言葉を否定する事はできない。ならばこうしよう。

「つまり、昨晩運び込まれた馬車の居場所が分からないという事か? それは紛失したというんじゃないのか?」

 自分でも無理がある理屈なのは分かっているが、相手の出方を見るためにあえて大袈裟な言い回しを使った。それに対する商人の反応は相変わらずだった。

「いえ、そういう訳ではありません」

 ここまで言いがかりを付けられれば、身の潔白を証明するために、馬車の現在地を調べると言いそうなものだが、まだはぐらかすつもりらしい。ここまでくるとますます怪しい。

「馬車を紛失したらどうなるか分かっているな?」

 俺は一層語気を強めた。

 馬車は人力に比べて、一度の多くの物を運べる。それ故に悪用される事も多い。だからこそ対策として、王都の中を通行する馬車には全て認識番号が割り振られ、区別できるようになっている。

 もしも無くしたりしたらすぐさま届け出を出さなければいけないのは法律で決まっている。

 ここで馬車を紛失したという事を認めれば面倒になるのは間違いない。

「まだ紛失したと決まった訳ではありませんので」

 当然商人の側は紛失を認めたりはしない。

「商会の馬車が行方不明になったりしたら、一時的な営業停止もあり得るぞ?」

 これは大袈裟では無く、法律で決まっている事だ。本当にやろうと思えば出来る事だ。とはいえ紛失している事の証明は難しいため、やろうとしても時間を要するため即時性は無い。

 それでも騎士による強制捜査を行う口実にはなりえるため、商会側としてはできれば避けたいというところだろう。

「わ、分かりました。調べますので少々お待ちください」

 俺の強い口調に気圧されたのか、商人は馬車の行方を調べると言い始めた。

「ここで待てって言うのか?」

 皮肉を込めてそう言ってみると、商人の態度が変わった。

「失礼しました。中でお待ち下さい」

 思ったよりも聞き分けが良い。

 本当に密猟に絡んでいて、尚且つまだ証拠品が置いてあると言うのであれば、意地でも押し返しそうなものだが。

 馬車の紛失疑いについてもこの場はシラを切り通して、数日後に馬車がある事を証明するという手も一応ある。

それとも、この商人は密猟の事を知らないのだろうか。

いや、騎士の受け付け対応をする責任者商人が、裏事情を全く知らないと言うのは考えにくい。

 となると、ローグ商会は密猟とは無関係なのだろうか。

 どちらにせよ、積荷を確認すれば分かる話だ。

没案:タイトル

よくよく考えると潜入捜査ではなく、共同捜査の方が正しいような気もしたが、語呂が悪いためそのままにした。

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