人に寄生する人面ヒトデがSNS映え過ぎる
何でもない模様が人の顔に見えることをシミュラクラ現象と言います。
(`・ω・´)
木目や三つの点などが人の顔に見えてしまうのは、外敵を察知する防衛本能の一種だそうです。
( ˘ω˘ )
壁の模様やシミが人の顔に見えると、ちょっと怖かったりしますよね。
しかしながら昨今では、どちらかと言えば親しみを覚えたりすることの方が多いのではないでしょうか。
(。-`ω-)
誰もがスマホを使ってネットを見る時代。
あなたも一度は顔文字を使ってコミュニケーションをとったことがあると思います。
(*´ω`*)
意味のない記号の羅列であったとしても、人の顔に見えることで親しみを覚えてしまうものなのです。
(´っ・ω・)っ
でも……顔文字に人の意思は含まれているのでしょうか。
(´・ω・`)
その文字列をタイプしている人は、画面の向こう側で全く別の表情をしているかもしれませんね。
(;´∀`)
さて……今回はそんなお話です。
いま、空前のヒトデブームだ。
少し前に発見された七色カラーの不思議なヒトデたち。
日本沿岸のあらゆる場所で急に増え始めた。
特徴は可愛らしいピンクや黄色の淡い色合いの身体に、人の顔に見える模様があることだ。
その模様はかなりはっきりとしていて、まるでプリントしたみたいにコミカルな表情を形作っている。
眉と目と口。
にっこりと笑うような表情をしたその模様。
発見された時、世間では大騒ぎになった。
政府はむやみやたらに触らないように警告したが、勝手に持ち帰った人たちが写真をSNSに投稿して瞬く間にブームとなる。
養殖業者が現れたわけでもないのに、個人間でやり取りされて都市部にも広まった。
そして……私の部屋にもそのヒトデがいる。
近所のペットショップで買った小さな水槽。
中は薄い塩水で満たされている。
このヒトデは塩水に入れておけば簡単に飼育できるうえに、餌もたまにアサリを与えるだけでいい。
水もそんなに濁らないし、掃除の手間もかからない。
本当に気軽に飼えてしまうのだ。
私はこのヒトデを友人から譲ってもらった。
初めは気味が悪いと思っていたが、なかなかどうして面白い。
眺めているだけでも癒されるのだ。
ヒトデは日によって模様を変える。
今日はこんな感じ。
「´・ω・`」
ちょっとかわいい。
私はすっかり夢中になってしまった。
「ほら、見てみて」
「うわぁ……すごい」
久しぶりに会った友人。
彼女は自分の身体にヒトデを貼り付けていた。
「この子ってね、私の感情に合わせて表情を変えてくれるの。
私がどう思ってるのか代わりにこの子が伝えてくれるから、
色々と助かってるんだよねぇ」
「へっ……へぇ……」
ほほにヒトデを貼り付けた友人は楽しそうに言う。
このヒトデは人の身体に張り付くと吸着して離れなくなる。
はがすのはそう難しくないので、割と気軽に取り付け可能だ。
最近、SNSではヒトデを顔に貼り付けて写真をアップする人が増え始めた。
ちょっとしたブームになりつつある。
「ねぇねぇ、これ見て。
こんなに沢山”いいね”がもらえたんだよ」
「へぇ……」
友人が見せてくれた写真。
交際相手と一緒に頬にヒトデを貼り付けて、仲良さそうに抱き合っている。
ヒトデの表情もにっこりと笑顔。
お互いに仲良しであることを示す証拠なのだという。
「この子たちってね、嘘をつけないんだ。
私が悲しい時や、嫌だなって思ってる時なんか、
正直に表情を変えちゃうから。
この子たちのにっこりとした表情は、
私たちがお互いに好きって思い合ってる証なんだ」
嬉しそうに語る友人。
彼女の頬に張り付いているヒトデも「*^-^*」と笑顔の模様を作っていた
SNSを眺めていると、驚くほど顔にヒトデを貼り付けた写真を目にする。
写真を撮っている人たちは自分たちが自分の感情を正直に伝えていると、ヒトデを通して発信しているのだ。
なんかちょっと変だなと思いながらも、可愛らしい模様を浮かべたヒトデを見ていると、自分もやってみようかななんて思ってしまう。
「ねぇねぇ、ヒーちゃん。
ヒーちゃんは私のこと好き?」
自宅に帰った私は、水槽の中にいるヒトデに話しかける。
「*´ω`」
表情から嫌がっている感じではないと伝わる。
ヒトデのヒーちゃんは何も語らない。
でも……気持ちは伝わってくる気がする。
ヒトデたちは急速に浸透しつつあった。
誰もが一人ひとつ、飼っていると言われるほどだ。
オフの日は身体の見える場所に貼り付けて過ごす人もいるらしい。
彼らの作る表情はとても親しみが持てると評判で、気軽に持ち運びできる上に世話の必要もないのも利点の一つだ。
そして何故か……最近、餌を与えないという人も増え始めた。
水槽に入れないでずっと身体につけたまま過ごしている人までいるらしい。
「ねぇねぇ……ヒーちゃん。
ヒーちゃんはちゃんとご飯を食べてるけど、
君のお友達はどうして平気なのかな?」
水槽の中でアサリを食べるヒトデ。
私の問いには答えない。
「^^」
今日の模様はやけにシンプルだな。
笑顔に見えなくもないけど……ううん。
ちょっと……違和感。
『世間で流行しているヒトデですが、
人の体表面から栄養を吸い取っていることが判明しました。
肌に貼り付けている人は直ちにヒトデを除去して下さい。
処分の方法は保健所に――』
驚くべきニュースが世間を騒がせた。
なんと、あのヒトデは人に寄生しているというのだ。
でも、SNSではだれも健康被害を訴えていない。
公的機関の発表があった当日も変わらずに写真をアップしている人もいる。
本当に危険なのかなぁ?
私は自分の中に生じた疑問を払拭すべく、水槽の中からヒトデを取り出して手の甲に乗せてみた。
すると、うにょうにょとした感触がした後に、ぴったりと肌に張り付いて動かなくなる。
不快感はない。
それどころか心地いいくらいだ。
「>_<」
ちょっと怖がってるのかな。
いつもはしない表情。
でも……。
「*´▽`*」
すぐにこんな風に形が変わった。
やっぱり喜んでくれているんだ。
試しにスマホで写真を撮ってSNSに投稿してみることにした。
『初めて撮影に挑戦してみました』……っと。
すると……。
『すごくかわいいですね!』
『仲が良いんですね! 嬉しそう』
『いいなぁ、私も欲しいなぁ』
次々と反応のコメントが送られてきた。
いいねの数もすごいことになっている。
鳴りやまない通知。
増えるコメント。
たくさんの人が私に注目してくれている。
なんでこんな急に?
疑問に思っていると、あるコメントが目についた。
『世間でヒトデたちが風評被害にあっているなか、
勇気ある行動に私は敬意を表します』
そっか……あんな報道があった後だもんね。
みんな不安に思ってるのかな……。
もしかしたら……ヒトデたちが処分されちゃうかも……。
「´;ω;`」
手の甲を見てみると、ヒーちゃんが泣いていた。
このままではいけないと思った私は、頬に貼り付けて一緒に写真を撮ることにした。
「*´ω`*」
途端に笑顔になるヒーちゃん。
一緒に写った写真をSNSに投稿すると、これまたたくさんの反応が来た。
フォロワーも瞬く間に増えていき、私は一晩で人気者になった。
『オフ会開催のお知らせ みんなでヒトデたちをまもろう!』
私はSNSで参加が呼びかけられていたオフ会に参加した。
悪質な風評からヒトデたちを守るための集会だ。
駅前に集まった皆で声を上げる。
警察の人も来てたけど、私たちを止めることはできなかった。
みんなで訴えればきっと世の中の人たちも分かってくれるはずだ。
「みてみて! こんなにたくさんの”いいね”が付いたよ!」
参加者の一人がオフ会の様子を撮影してSNSに上げたところ、大勢の人が賛同してくれた。
いいねの数はなんと1万を超えている。
試しに私も写真を上げてみたところ、ものすごい勢いでいいねが増え始めた。
こんなこと今までに一度も体験したことがない。
寄せられるコメントも暖かい物ばかり。
とっても嬉しい気持ちになれた。
「`・ω・´」
写真の中のヒーちゃんもしゃっきりとした顔。
私とおんなじ気持ちになってくれたのだろう。
「さぁ、みんな! 頑張ろう!
世界の人たちに私たちの声を届けるんだよ!」
主催者が大声で呼びかける。
彼女の頬にもヒトデ。
みんなが同じ気持ち。
みんなが助け合い。
みんなが協力している。
なんて素晴らしいんだろう。
私はオフ会の興奮も冷め止まぬまま自宅アパートへと戻る。
階段を上っていると、隣のオバサンとすれ違った。
おせっかいを焼くことで有名な厄介な隣人だ。
「ねぇ……あなた、そんなものをつけてるの?」
心配そうに私に声をかけて来た隣人。
何様だと思った。
「そんなものって何ですか?!
ヒーちゃんは私の家族なんですけど!」
「え? 家族?」
「そうです、家族です。
このこと私は切っても切り離せないような、
強い絆で結ばれているんです!」
「はぁ?」
呆れたようにぽかんと口を開けるオバサン。
こんな人と関わるだけ時間の無駄だ。
私は彼女を無視して自分の部屋へと戻ろうとする。
「ちょっとまって! それ本当に危ないって……」
オバサンが私の肩をつかんで引き留めようとする。
「なんですか? あまりしつこいと警察を……」
「え? ひいいいいいいいいいいい!
なんて恐ろしい物を顔につけてるの⁉
いやああああああああああああああ!」
オバサンは悲鳴を上げて腰を抜かす。
階段から転がり落ちたら危ないと思い、慌てて助けようとすると、その手を振り払って階段を駆け下りていってしまった。
いったい何があったんだろう?
何はともあれ、厄介なオバサンは撃退できた。
早く部屋に戻ってヒーちゃんを水槽に戻してあげないと。
部屋の明かりをつけて、ヒーちゃんを頬からはがして水の中へ帰してあげる。
出かける前に新しい水に取り換えたし、塩も高級なものを入れた。
きっと満足してくれるだろう。
お休みヒーちゃん。
電気を消すね。
「●・●」
私は毎日のようにSNSにヒーちゃんとの写真を上げている。
いいねの増え方は尋常ではなく、コメントを投稿するごとに1万以上のいいねが世界中から寄せられている。
タグをつけるだけで世界中の人たちが私のコメントを見てくれるのだ。
「ふふふ……嬉しいな。楽しいな」
スマホに写るヒーちゃんと私。
この子はいつも素敵な笑顔で私に共感してくれる。
私にとって家族みたいなものだと思う。
家族と言えば……最近オフ会で知り合った男性と仲良くなった。
彼はできるだけ早く私と結婚したいと言っていた。
実は私も同じことを思っていて、今は早く赤ちゃんが欲しい。
正直、タイプじゃないし、惹かれるものもあまりないんだけど、子供を授かるのであれば相手なんて誰でもいいよね。
向こうもそんな感じだったし。
魅力的なタイプではないけれど、子供のために必死で働くと約束してくれた。
貯金も全て子供たちのために使うと言ってくれたから、信じてもいいのかな。
まぁ……子供が出来れば何でもいいんだけど。
ああ、早く赤ちゃんが欲しいな。
生まれて来た私の子供には、絶対にヒーちゃんのお友達をくっつけてあげるの。
家族で一緒に写真を撮ってSNSに上げるんだ。
きっと……世界中の人が祝福してくれるよ。
「楽しみだね……ヒーちゃん」
私は水槽の中のヒーちゃんに話しかけた。
「^^」
ヒーちゃんは今日も笑っている。