ヤンの章 ㉘ アゼリアの花に想いを寄せて
「あら?どうしたの?ヤン…何だか顔が赤いけど?ひょとして風邪でも引いた?」
メロディがいきなり身体を寄せて来ると僕のおでこに自分のおでこをくっつけて来た。
「…!!」
至近距離にメロディの顔が近付き、僕は心臓が口から飛び出しそうになった。
「う~ん…熱は無さそうね…」
ドクン
ドクン
ドクン…
心臓の音がうるさいくらい鳴っている。メロディに聞こえていないだろうか…?
「そ、そうだよ。分ったら…は、離れて貰えるかな?」
顔を赤らめながらメロディに訴える。
「あ、ごめんなさい」
メロディは僕から離れていく。
彼女の温もりが去っていくことに寂しさを感じながら様子をそっと伺った。
するとメロディはまた一つ席を開けて元の椅子に座り、傍らに置いたカバンから1冊の本を取り出すと、ページをめくりだした。
「え…?メロディ?」
てっきり帰るかと思っていたのに。
「邪魔しないから…私もここで本を読んでいてもいいかしら?」
メロディが少しだけ頬を赤く染めながら僕を見た。
「う、うん…そ、それは少しも構わないけど…?」
「本当?ありがとう!」
メロディは大袈裟な位に喜ぶと、再び本に目を落としてページをめくりだした―。
僕は時折勉強しながらチラリとメロディの姿を見る。
メロディは長いオレンジ色の髪を時折かきあげながら静かに本を読んでいる。
不思議な気分だった。
今迄僕は意識していなかったけど、こんなにも彼女の側にいることが落ち着くなんて。出来ればこのままずっと…2人で一緒にいられたらいいのに…。
けれどそこでふと気付いた。
そうだ、今迄忘れていたけれど…メロディには恋人が出来たんだ。
昨夜家の前で男の人と…キスを…。
「ヤン?どうしたの?」
不意にメロディが声を掛けて、僕は現実世界に引き戻された。
「あ、ご・ごめん。何?」
するとメロディが怪訝そうな顔で僕に言った。
「何って…さっきから勉強の手が止まっているから…もしかしてヤンにも分からない問題があるのかと思って…」
「分からない問題…」
分からない問題なら…僕自身にある。
何故急にメロディを意識しだしてしまったのか?昨夜メロディが一緒にいた男の人は誰なのか?
もし、彼が恋人なら…どうして今、メロディは僕のそばにいるのだろう?
「大丈夫?ぼ〜っとして…もしかして本当に分からないの?」
「うん…分からないよ…」
気付けば僕は口を開いていた。
「え?どこが分からないの?私じゃ教えられないかもしれないけれど…一応何処が分からないのか言ってくれる?」
本当に?
本当に口に出してもいいのだろうか…?
「メロディ…」
僕はメロディをじっと見た。
「な、何?」
「僕は…自分の気持ちが…よく分からないんだ…」
「え…?」
メロディは戸惑った目で僕をじっと見た―。