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ヤンの章 ㉓ アゼリアの花に想いを寄せて

「ただいま」


高校から帰って来ると、シスターアンジュが慌てた様子で駆け寄って来た。


「お帰りなさい。ヤン」


「ただいま戻りました。あの…どうかしたんですか?」


ただ事では無い様子のシスターアンジュに僕は首を傾げた。


「ええ、大変なのよ!アゼリアから手紙が届いたのよっ!」


「えっ?!アゼリア様から…っ?!一体どういう事ですかっ?!」


「それが消印が今から10年前の日付になっているの。どうやら郵便物が別の場所に混ざってしまったらしくて他の国に届いてしまっていたのですって。それで今日ようやく『リンデン』に戻って来たらしいのよ。配達員の方が申し訳なさそうにしていたわ」


アゼリア様からの手紙…!


「そ、それで手紙には何て書いてあったのですかっ?!」


「まだ読んでいないわ。ヤンが帰って来てから皆で読もうと思っていたから…リビングに皆集まっているからすぐに着て頂戴」


「はい!分りましたっ!」


僕は急いでシスターアンジュとリビングへ向かった。




「あ。ヤンお兄ちゃん!やっと帰って来たわね?」


マリーが立ち上がるなり言った。


「おーそーいー。ヤンお兄ちゃん」


カレンは頬を膨らませた。


「ヤン、ほら早く座れよ。アゼリア様からの手紙、聞くんだろう?」


「う、うん」


ディータに促され僕は返事をした。


「シスターアンジュ。それじゃ早く読んでよ!」


僕が着席するとシスターアンジュは頷いた。


「ええ。それじゃ読むわよ…」


シスターアンジュは黄ばんだ封筒から手紙を抜き取ると、ゆっくりと読み始めた―。




****


 教会の皆さんへ


 本日は皆さんにお願いがありまして、ペンを取らせて頂きました。

実は今、フレーベル家を出る事を望んでいます。養女として引き取られて来たあの屋敷では私の居場所がありません。家族からはないがしろにされ、食事の用意もして貰えません。そこで個人的に雇った、まだ少女であるメイドに食事の買い出しや洗濯をして貰っていますが、彼女も他の使用人達に虐められています。理由は私の世話をしているからです。

そこで今回、お手紙を書かせて頂きました。

お願いです。どうか私と、私の大切なメイドのケリーをこちらの教会に置いて頂けないでしょうか?生活費の事なら大丈夫です。父から毎月支給金と言う形でお金を頂いているので、そちらのお金をお支払い致します。教会の片隅で構いません。風雨をしのげればそれだけでも十分です。

 

 皆さんは何故、突然私がこのようなお手紙を出したか不思議に思われるでしょう。

その理由は私が不治の病にかかってしまったからです。

最近、ずっと体調の悪い日々が続いておりました。ですが毎日両親から与えられた課題をこなすのが精いっぱいで、診察を受けに行く余裕がありませんでした。そしてようやく時間が取れて、診療所を尋ねたのが今から3日前の事でした。


そこで私は「白血病」と診断されたのです。しかも驚くことに余命半年を言い渡されてしまいました。


 自分の病気を聞かされた時は目の前が真っ暗になってしまいました。忙しい事を理由に、体調が悪かったのに診療所を受診しなかった自分を呪いました。余命を言い渡された日は一晩中泣いて一睡も出来ませんでしたが、結局家族には報告出来ませんでした。

報告しなかった理由は、私の病気を告げても何も家族は変わらないだろうと思ったからです。その時の家族の冷たい態度を目の当たりにしたら、もう私はこれ以上生きていけないと思ったからです。

 

 この病気は疲れが大敵だと聞かされました。身体を安めて安静に過ごすようにと主治医の先生に言われましたが、あの屋敷に住む限りそれは不可能です。恐らく今の余命よりも、もっと寿命が短くなってしまうかもしれません。それにあの屋敷では私の死を悲しむ人など誰一人としていないでしょう。


 この教会は唯一、私にとって心が休まる大切な場所でした。

そこで思ったのです。自分の死を迎える最期位は穏やに過ごしたいと。

そして自分が逝くときは…誰か、たった一人でもいいので傍で見届けて貰いたのです。

誰にも看取られずこの世と別れを告げたくないのです。


 今は5月。

私が恐らく生きていられるのは12月まででしょう。どうか、死を迎えるその時までこちらに置いて頂けないでしょうか?

どうか…私の最期の願いを聞き入れて頂けないでしょうか?


我儘を言って申し訳ございません。


アゼリア・フレーベル



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