ヤンの章 ⑬ アゼリアの花に想いを寄せて
マリーとディータが教会に戻ってきたのはそれから30分程経ってからの事だった。
「ただいま」
「ただいま…」
元気なディータとは違い、マリーは落ち込んだ様子で戻ってきた。
「お帰り、ディータ。マリー」
僕は2人を迎え入れた。
「メロディの家から美味しいクッキーを分けてもらえたんだ。今紅茶を入れるから皆で食べよう?」
「ああ、そうだな。食べるよ。喉乾いてたんだよな〜」
ディータは嬉しそうに食堂へと向かっていった。けれどマリーは何故かその場に立ち尽くしている。
「マリー…」
声を掛けた時―。
「ごめんなさいっ!」
突然マリーが謝って来た。
「え?マリー?」
「ヤンお兄ちゃん…本当にごめんなさい。詳しい事情も知らずに勝手に…私、嫉妬しちゃって…。ベンジャミン先生はヤンお兄ちゃんを子供として引き取って育てるんじゃなくて、自分の後を継いで弁護士になってくれる人を探しているって事を知らなくて…」
「マリー…その事…もしかしてディータに聞いたの?」
マリーは頷いた。
「うん、そうなの。ベンジャミン先生はヤンお兄ちゃんを『ハイネ』にある大学に入学させたいんでしょう?」
「う、うん…ベンジャミン先生はそう言ってるけど…」
「行きなよ!」
「え?」
「『ハイネ』に行きなよ!だってヤンお兄ちゃんはすごく頭がいいし…何より私と違って勉強が大好きじゃないっ!」
「マリー…だけど…」
「知ってるよ。ヤンお兄ちゃんが『リンデン』を離れたくない理由」
「え?」
「アゼリア様のお墓参りがあるからでしょう?ヤンお兄ちゃんは雨の日も雪の日だって…アゼリア様の月命日のお墓参りを欠かしたことはないじゃない」
「うん…そうなんだ…」
「私が代わりにやってあげる」
「え…?」
「私が『ハイネ』にヤンお兄ちゃんが行ってる間、アゼリア様の月命日のお墓参りを欠かさずに行くから。約束する。だからヤンお兄ちゃんは『ハイネ』に行ってお勉強頑張って…弁護士になって」
「マリー…本気で…言ってるの?」
「うん。私はアゼリア様を知らないけど…ヤンお兄ちゃんがここまで慕う人なんだもの。とっても良い方だったんでしょう?」
「う、うん…。アゼリア様は…本当に優しくて…美しくて…まるで僕には天使のように見えたんだ…」
「なら、アゼリア様はきっと天国でヤンの事見守ってるよ。頑張ってってきっと思ってるよ」
「マリー…君は…」
するとマリーは顔を真っ赤に染めた。
「も、もう…へ、変な事言わせないでよ。ほ、ほら。食堂へ行こう?紅茶淹れてくれるんでしょ?」
「うん。それじゃ…行こうか。皆待ってるだろうし」
「うん、行きましょう」
そして僕とマリーは食堂へと向かった。
マリーにあんな風に言われたけど…それでも僕の心にはまだ迷いがあった。
ごめん、マリー。
君の気持ちは嬉しいけれど…僕はまだ…自分の事を許せないんだ―。