ヤンの章 ⑦ アゼリアの花に想いを寄せて
「アゼリア様?ああ…カイ先生のお嫁さんだった人だよな?」
カミーユが席を立つと暖炉の上に並べられた写真立ての中から1つ取り出すと持ってきた。そこには今はアゼリア様のお墓となってしまったあの丘の上で皆で集まって撮影した時の写真が収められていた。
そして写真の中央には優しい笑みを浮かべたアゼリア様が映っている。
「でも俺はあまりアゼリア様の記憶が無いんだけど…こうしてみるとやっぱりすごく美人だよな〜」
カミーユの言葉に僕も頷く。
「うん。アゼリア様は…本当に綺麗な方だったよ。それに…とても優しい方だった…」
するとカミーユがからかうように僕に言う。
「ヤン…ひょっとしてアゼリア様が初恋の人だったのか?」
「えっ?!」
その言葉にドキリとする。
「そうなのっ?!」
メロディが何故か驚いた顔で僕を見た。
「う、うん…。僕の初恋の人は…アゼリア様なんだ…」
顔を赤らめて言うとカミーユがからかうように言った。
「へぇ〜…それで今は?ヤンには好きな人とか…彼女とかはいるのか?ちなみに俺は彼女がいるけどな」
「…いないよ。好きな人も…彼女も」
「そうなのか?」
「そ、そうなのね?ふ〜ん。そっか…ヤンには好きな人がいないのね?」
カミーユの後にメロディが頷いた。
「うん…」
うなずきながら心の中で思った。だって僕にはそんな資格はないから…。
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「それじゃ、僕はもう帰るね。ローラさんに宜しく伝えておいて」
玄関先でカミーユに言う。
「分かった。母さんに言っておくよ。ところで姉ちゃんのやつ…何してるんだ?」
カミーユが廊下を振り返った時…。
「ごめんごめーん」
右手に籠を下げたメロディが廊下の向こうからパタパタと走ってきた。
「何やってたんだよ?姉ちゃん。ヤンが帰るって時に」
「ヤンに余ったパンを渡そうと思ってね。はい、教会の皆で食べて」
メロディが手にしていたバスケットを差し出してきた。
「ありがとう…」
受け取って中を見ると白パンが10個以上入っている。
「え?こんなに受け取っていいの?」
「いいのいいの、だって大勢いるでしょう?」
するとカミーユがからかうように言う。
「何がいいのいいのだよ、ぜーんぶ母さんが作ったパンなのに、姉ちゃんはまるで自分で作ったような言い方してるよ」
「う、うるさいわね!生意気よ!弟のくせにっ!」
「アハハハ…それじゃ僕はもう行くよ。メロディ、ピアノのレッスン頑張ってね」
扉を開けて出ていこうとした時―。
「待って!ヤンッ!そこまで見送るからっ!」
「え?別にいいよ」
けれどメロディは玄関まで出てきてしまった。
「いいじゃない、すぐそこまでだから」
何だろう?今日のメロディはいつになく何処か強引だ。
「…分かったよ。それじゃ行こうか?」
「ええ、行きましょう」
そして僕とメロディはカミーユに見送られながら玄関を出た。
扉を開けると、すぐにメインストリートに出た。そして教会へ向かって歩き始めると後ろを歩いていたメロディが声を掛けてきた。
「ねぇ、ヤン」
「何?」
「本当に…私と一緒に『ハイネ』に行かない?」
メロディが何処か思い詰めたように僕を見た―。