マルセルの章 ⑫ 君に伝えたかった言葉
『…もしもし?』
ブライアンは直ぐに電話に出てくれた。
「マルセルです。今、お話少し宜しいですか?」
『ああ、勿論だよ。丁度本を読み終えたところで退屈していたところでね…そうだ、もしよければ今から会わないか?』
「そうですね。電話だと長くなるかもしれないのでその方がこちらとしても都合がよいです」
『そうか…ところで君は今何処にいるんだ?』
「『リンデン』の7番街辺りです」
周囲の番地名を見ながら答えた。
『何だ、割と俺の住むアパートメントから近いな…それじゃ今からこっちに来ないか?住所は…』
「あ、ちょっと待って下さい。今メモを取るので」
素早く手帳と万年筆を取り出すと、ブライアンから住所を聞き出してメモを取った。
「それではこれから伺わせて頂きます」
『ああ、待ってるよ』
「…」
電話を切ると、俺は辻馬車乗り場を目指した―。
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「ここが…ブライアンの住むアパートメントか…」
住所を頼りに訪れた場所は石造りの大きな5階建てのアパートメントだった。外観から分かるように、他の建物とは違い、群を抜いて大きい。ブライアンの話では5階のワンフロア全てが彼の持ち家らしい。入り口にはドアマンが立っている。
早速建物の中へと入り、ドアマンの案内でエレベーターへと案内されてブライアンの住む部屋へと向かった―。
コンコン
部屋の前に到着した俺はドアノッカーでノックをした。するとすぐに扉が開かれた。
「やぁ。待ってたよ、マルセル…おや?喪服を着ているな?あ、そう言えば今日は…」
「はい、元婚約者の母親の葬儀でした」
「そうか…中々微妙な立場で出席したのか。とりあえず中へ入ってくれ」
「はい、お邪魔致します…」
ブライアンに招かれ、俺は彼の部屋へと上がらせてもらった―。
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「天気が悪い中…大変だったな」
「いえ、そんな事はありません」
案内された応接室のソファに俺とブライアンは向かい合って座っていた。しかし、本当に広い作りで驚いた。本来は5つの部屋で構成されている部屋がワンフロアとして作られているので当然と言えば当然だが、ブライアンはこの広々とした部屋に住み込みの年配家政婦と2人だけで住んでいるのだ。しかもブライアンはこのアパートメントの不動産のオーナーでもある。この事から彼も由緒正しい伯爵家の人間である事をまさに物語っていた。
「それで、俺に話というのは何だい?」
家政婦が淹れてくれたコーヒーを飲みながらブライアンが尋ねてきた。
今日のブライアンはいつも見慣れたスーツ姿ではなく、セーターにボトムスの姿で普段とは別人のように見える。
「ええ。実はイングリット嬢の事についてなのです」
「え?彼女に会ったのか?」
ブライアンの目の色がたちまち変わる。名前を出すだけでこんなにも態度が変わるのだ。彼がどれだけイングリット嬢を思っているのかよく分かる。
「ええ、実は葬儀にはイングリット嬢も呼ばれていたのです。そして葬儀の後、俺と彼女は共に喫茶店に行って話をしてきました」
「え…?」
すると、ブライアンの顔が曇った。
あの時の俺は、何故ブライアンの顔色が変わったのか…情けないことに気付くことが出来なかった―。




