アゼリア&カイの章 ⑪ また…会えたね(アゼリアside)
私とケイトはそれぞれの宿泊先の部屋に荷物を置くとすぐにホテル近くにある無人の観光案内所に来ていた。
館内は円形状の石造りの建物でやはり歴史的建造物として観光名所の一つに指定されていた。
「観光案内所も歴史的建造物に指定されているなんて素敵ね」
ケイトが私にそっと耳打ちしてきた。
「ええ、そうね」
ケイトは『リンデン』に着いてから、とてもウキウキしている様子が手にとるように分かった。
「ケイト、楽しそうね?」
「ええ、とっても楽しいわ。だってこの場所の全てが何だかとても懐かしく感じるんだもの」
「そうなの?それは良かったわ」
そして2人でカウンターに並べられた観光名所の地図やパンフレットを見ていると、突然ケイトが声を上げた。
「ねぇねぇ!アゼリア、これを見て!」
「何?どうしたの?」
「ほら、これよ」
ケイトは1枚のパンフレットを手にしていた。
「ほら、大学の講義で習ったじゃない?『リンデン』には白血病治療の発展に貢献したお医者さんがいるって。そのお医者さん達の記念館があるみたいよ。行ってみたらどうかしら?」
「そうね…行ってみましょうか?」
その記念館はここから車で30分ほどの場所にあった。今の時刻は16時で記念館の営業時間は17時半までとなっている。
「今から行けば1時間くらいは見学出来そうだわ」
「ええ」
そして私達は観光案内所を出ると、すぐにタクシーを拾って記念館へと向かった。
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「…」
私とケイトは互いにタクシーから見える外の景色を食い入るように眺めていた。この周辺の町並みは古い建物が多く残されている。その光景を見ていると何故か言いようの無い不思議な感情がこみ上げてくるのが自分でも分かった。懐かしいような…それでいて何処か切なくなってくるような不思議な感覚だった。
ケイトも何故か窓の外から片時も目を離さず、言葉を発することも無い。
「お客さん達は観光旅行客なんですよね?」
ついに沈黙に耐えきれなくなったのか、運転手さんが声を掛けてきた。
「はい、そうです」
私は返事をした。
「でも珍しいですね。あまり、あの歴史記念館を訪れる観光客の方はいないのに…逆に見晴らしの良い『アゼリアの丘』を訪れる旅行客の方達の方が多いのですけどね」
「「えっ?!」」
私とケイトが声を揃えたのは言うまでも無かった―。
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「ご利用ありがとうございました」
歴史記念館前に到着し、運賃を支払ってタクシーを降りた私達は言葉を忘れて建物を見上げていた。
その建物には表札が掲げられていた。
『医術歴史記念館 :旧 (ヨハン・ブレイズ診療所)』
「この建物…何故かしら…。凄く見覚えがあるわ…」
石造りの2階建ての建物。通りに面した扉は診療所入り口。そして…裏に回ると中庭があって、勝手口があって…。
一瞬、奇妙な記憶が脳裏に浮かぶ。
「う…ううっ…」
突如、泣き声が聞こえて私は現実に引き戻された。見ると、ケイトが泣いている。
「ど、どうしたのっ?!ケイトッ!」
私は泣いているケイトの肩に手を添えた。
すると…。
「ヨ、ヨハン先生…」
え…?
ケイトは泣きながらその名を口にした―。