アゼリア&カイの章 ⑧ また…会えたね(カイside)
7月―
青い空の下、僕とラルフはついに『リンデン』の首都にやって来た。
ラルフと2人で大きなキャリーケースを持ってバスから降り立ち、僕は町の様子を眺めた。
町の様子は前世の僕が暮らしていた頃に比べるとかなり変わっていたけれど、それでも古い歴史的建造物として、当時の名残のある建物かところどころに建っている。その光景は何とも感慨深いものだった。馬車しか走っていなかったあの時代…それが今は車やバスが目の前を走り抜けているのだから。
少しの間懐かしい気持ちに浸ると、傍らに立つラルフに声を掛けた。
「やっと『リンデン』に来たね。ラルフ」
「…」
しかし、ラルフは何故か無言で町の様子を見つめている。
「どうしたんだい?」
肩を叩いて声を掛けると、ようやくラルフは我に返ったかのように僕を見た。
「あ…わ、悪い…。何だか…不思議な感覚で…」
「え?」
「よく分らないけど…何だかこの町並み…何処かで見た気がするんだ…それがいつだったかは全く思い出せないんだけどさ…」
「ラルフ…」
ひょっとするとラルフは『リンデン』にやって来て前世の記憶を少し取り戻したのだろうか…?
「ま、まぁいいか。取りあえずホテルに行こうぜ」
「うん。そうだね」
そして僕たちは大きなキャリーケースを引きずりながら滞在予定のホテル『ハイム』へ向かう事にした。
実は…このホテルはその昔、マルセルの屋敷だった。マルセルの子孫は屋敷を改装してホテルとして今は営業していたのだ。ここを宿に決めたのは…僕たちが生きていた時代で今も現存している建物であると言う事と…そして何より、マルセルの実家だったからだ。当然今のハイム家の当主とラルフは一切血の繋がりは無いけれども、もし会えるなら会ってみたいという想いがあった―。
****
「…」
ラルフは大きな敷地の中に建つ3階建ての広々としたホテル『ハイム』を口をポカンと開けて見つめていた。
「ラルフ?どうしたんだい?中へ入らないのかい?」
「…見覚えがある…」
「え?」
「何でだ…?ここには初めて来るはずなのに…なんでこんなに懐かしい気持ちになるんだ…?」
「ラルフ…」
まさか、ラルフはほんとに前世の記憶が蘇ったのだろうか…?
「ま、まぁいい。取りあえず中に入ろうぜ」
「うん、そうだね」
そして僕たちはホテル『ハイム』の入口を開けた―。
****
「う~ん…気のせいだったか…?」
部屋に入ったラルフは腕組みをしてソファに座っていた。
「何が気のせいなんだい?」
隣の部屋に宿を取った僕は荷物を置いて、今はラルフの宿泊する部屋にきていた。
「いや、それがさ…建物はすごく見覚えがあったのに…中に入るとまるで見覚えが無い部屋だったから見覚えがあるのは気のせいだったのかと思ってさ」
部屋の中はフル・リフォームされ、すっかり現代の作りと変わらない姿へと変わっている。壁には大きな液晶テレビが取り付けられ、掃き出し窓からは広々とした庭が見えている。部屋に敷かれ毛足の長いカーペットは歩き心地が良かった。
「まぁ、建物の外観は変わらなくても、部屋の内装位は近代的に作り変えているんじゃないかな?」
「そうだな…」
ラルフは何所か残念そうにしている。そして突然僕を見ると言った。
「カイ…悪いけど、俺…『リンデン』で色々訪ねてみたい場所があるんだ。カイも目的があってここへ来ているわけだし…とりあえず明日から別行動させて貰っていいかな?」
ラルフの目は真剣だった。
「うん、いいよ」
僕は密かに期待していた。
ラルフの…マルセルだった記憶をほんの僅かでも取り戻してくれることを―。