雑用少年、追放される
雑用少年は雑用少年のまま、チートに目覚めることはありません。
武 頼庵様の『繋がる絆』企画に参加しています。
「出てけ、ノロマ。追放だ」
「え?」
突然の宣告に、僕はポカンとする。
「ホントにノロマだな。お前はもうこのパーティーには必要ない。追放する、と言ったんだよ。分かったか」
「そ、そんな……!」
やっとその意味を飲み込めた。けれど、素直にはいと頷けるはずもない。
「な……、お願いします、ここにおいて下さい! 僕が、他に行くところなんて……!」
なぜ、と言いそうになったのは堪えた。理由なんか聞かなくたって分かる。力もない。魔力もない。体力もない。ないない尽くしの僕だ。
そんな僕が、急成長を遂げて注目の的になっているCランクの冒険者パーティ―『閃光の剣』にいるのだ。
足手まといだ、と周囲から言われていたし、僕自身だって分かってる。僕がしていたのは、いわゆるパーティーの"雑用"に過ぎない。いてもいなくても、何とでもなるのだ。
それでも孤児院出身の僕がまともに稼げるとしたら、冒険者になる以外に道はなかった。同情だったとしても、このパーティーに拾ってもらえたのだ。追い出されたら、他に行く所なんてない。
だから、必死になって縋ったのだけど。
「知るか。低ランクだった頃ならまだしも、これから俺たちはもっと強くなる。強くなれる。お前みたいな足手まといがいたら、先に進めねぇんだよ」
ガシャン、と音を立てて、僕の前に布袋が投げられる。
「手切れ金だ。じゃあな」
それだけ言って、リーダーが去っていく。他のパーティーのメンバーたちは、僕に一言も言うことなくリーダーについて行く。
場末の食堂。今が食事の時間からズレていて良かった。大号泣しても、迷惑掛けるのは店主だけで済んだから。
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「どうしようかな……」
僕はとぼとぼ歩いていた。
手切れ金はそれなりの金額、と言っていいのだろうか。僕の故郷……孤児院のある街まで片道どうにかギリギリ行けるくらいの金額だ。出身地がそこだと話したことがあったから、そこまでの運賃を出してくれたんだろう。
けど、帰れない。帰れるくらいなら、出てきたりしない。
産業も何もない小さな街。そこの孤児院なんて、お世辞にも裕福じゃない。街に到着する頃には、僕は無一文だ。そんな僕を置いてなどくれないだろう。
「もう、いいかな」
なんで、こんな時に川にかかる橋に出てしまったんだろうか。
川は流れが急だ。落ちたらまず助からない。そのせいで、ここはある意味自殺スポットとなっている。
フラフラと吸い込まれるように、橋の手すりに手を掛ける。そのまま腕に力を入れて……。
「何してんだ、てめぇは」
後ろから掛けられた声に驚いて、腕から力が抜けた結果、僕はそのまま尻餅をついてしまった。
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「……僕は、ポートと言います」
何でこんな事になったんだろう。そう思いながら、僕は自己紹介した。
目の前にいるのは、ソロで冒険者をやっているBランクのゲルトさんだ。上位に行くほどにパーティーを組む人が多いのに、ずっとソロでやっていることで有名な人だ。
そんな人に橋で声を掛けられて、問答無用で襟首つかまれて引っ張られて、気付けばゲルトさんのお家にお邪魔していた。
「で?」
「……え?」
「なんだって、自殺なんぞしようとした?」
ぐ、と唸った。バレてたんだ、と思うが、あの場で橋の手すりに掴まってすることなんて、一つだけだ。
でも、初対面の人になんでそんな事話さなきゃなんないんだ。
そう思ってゲルトさんを睨み付けたけど、ゲルトさんは僕を見てなかった。のんびり茶なんか飲んでいて、ムカッときた。自分から聞いたんだから、もう少し聞く姿勢があってもいいんじゃないだろうか。
そう思って、気付いたら僕は、最初から最後まで全部ぶちまけていたのだった。
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「ふーん」
聞き終えたゲルトさんは、非常につまんなそうに一言言った。
「それだけですか。聞いたのはそっちじゃないですか」
「それだけだ。オレに何期待してんだよ」
呆れたように言われたけど、自殺しようとしたのをわざわざ声を掛けて止めて、家に連れてきて、話を聞こうとしてくれたんだ。当然、もっと何かあると思うだろ。
「まあ『閃光の剣』の話は聞いたことあるが。たいしたことねぇな。今以上には上がれねぇだろうな」
「は?」
僕の話を聞いて、何がどうしてそういう考えに行き着くのか。
「どういうことですか! 皆すごいんです! 皆強くて、最短でCランクまで駆け上がったのだって、当然で……!」
ムキになって言い返したら、意外そうな顔をされた。
「追い出されたってのに、ずいぶん必死だな。恨んでねぇのか」
「…………………恨んでなんか、ないですよ」
だって、僕みたいな役立たずを追い出すなんて、当然のことだ。恨めるはずない。
「ふーん」
さっきと同じだけど、でもさっきのつまらなそうな反応とは、何か違う気がした。真っ直ぐ僕の目を見てきて、怯んで逸らしてしまう。
「知ってっか。雑用ってな、面倒なんだ」
「は?」
唐突に、ゲルトさんが語り始めた。
「雑用の最たるモノはメシ作りだろうが、簡単にはいかねぇ。水・食材の確保、火を熾して調理して。事前の準備も事後の後片付けもめんどくせぇ」
「……はぁ」
まあ確かに面倒と言えば面倒かもしれないけど。でも、突然何なんだ?
「他には、ポーションとか色んなアイテム揃えたりもしてたか? 目的地までの道順調べたり、情報集めたり?」
「はい、してましたけど。でも、そんなの僕じゃなくても、できることです」
そのくらいしか、誰でもできることしか、僕ができることはなかったのだ。誰でもできるんだから、僕がいる必要なんか、なかった。
「そうだな。でも言っただろ。面倒なんだよ、そういうの。その面倒を一度誰かに押しつけて楽を覚えると、なかなか戻れねぇ」
「え?」
「果たして、そいつらはどうなるだろうねぇ。全部てめぇにやらせていた雑用を、果たしてちゃんとやれるのか。楽しみだ」
ニヒヒ、と笑うゲルトさんは、はっきり言って今まで僕が見たどの悪人よりも、悪人面だった。
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結論から言うと、たぶんゲルトさんの言うとおりになったんだろう。『閃光の剣』はそこから上がれなくなった。仲間割れを起こして、パーティーそのものが解散したらしい。
それを聞いたとき、僕は驚いた。ゲルトさんの反応は違った。
「なんだ、つまんねぇ。普通こういうのって、旅に出た先で大揉めに揉めて、全滅するもんじゃねぇのかよ」
「……物騒なこと言わないで下さいよ」
冗談じゃない。そういう話も時々聞くだけに、洒落にならなかった。
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で、それからの僕はというと。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げた。
「うるさいわよ、ポート」
「あんまり声を上げると、魔物が寄ってくるぞ」
「そんなこと、言われてもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
僕は肩に担がれていた。そのまま全力疾走されているのだ。からかうように言われたけど、悲鳴をあげずにどうしろというのか。
――Dランクパーティー『筋肉集団』。
ゲルトさんが僕に紹介してくれた冒険者パーティーだ。……もうちょっとパーティー名なかったのかなと思う。ムキムキマッチョの男女集団だから、この上なく分かりやすいけど。
Cランクへの昇格も目前というこのパーティーに、雑用しかできない、と何のひねりもなく紹介された時、パーティーメンバーの目が輝いた、ように見えた。
「メシは作れるか?」
「え、はい。あまり凝ったものは無理ですけど……」
「よし、採用!!」
ホントのホントにこれだけで、僕はこのパーティーに入った。バンバン叩かれた肩が痛かった。
とにかく、食事作りが面倒で面倒でしょうがないらしい。でもやらないわけにいかない。筋肉を維持するためには、食事は絶対に抜かせない。でも食事なんか作りたくない。
基本的には外食していたようだけど、冒険中は保存食を食べるか自炊するかの二択になる。
で、保存食じゃ筋肉は維持出来ない! と自炊することにしているらしいけど、じゃあ誰が作るんだという話になる。その結果、壮絶なジャンケン勝負が繰り広げられるらしい。
ジャンケンはいいけど、ちゃんと料理できていたんだろうかと思って聞いたら、全員の視線がそっぽを向いた。いいから保存食食べろと思った。
最初に、一応お試しでと言われて食事を作って出したら、メチャメチャ喜ばれた。消費する速さも量も半端なかった。
ただ体力がないから、冒険の邪魔になってしまうことに変わりない。と思ったら、肩に担がれて全力疾走されたのだ。
「これもいいトレーニングだ!」
……うん。僕が吐きそうになっていることを除けば、いいかもしれない。
とりあえず、この揺れに耐えられるようになろう、と心に決めた僕だった。
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「ゲルトさん、こんにちは」
「また来たのかよ、てめぇは」
遠慮の欠片もなく、家の中に入って来やがったポートにツッコむが、奴はニコニコしたままだ。
「またってほど来てませんよ」
そのままキッチンに直行だ。いい加減、オレも諦めた。
オレはゲルトと言う。ソロで冒険者をやっている。自殺しようとしていたポートを止めて、家に連れて帰ってきた日から、二ヶ月ほど経った。
『筋肉集団』に入って、どうやら上手くやっているようで安心した。需要と供給は完全に一致していたが、だからといって絶対に上手くいくとは限らないからな。
初めて『筋肉集団』と冒険に出て、帰ってきたときの青白い顔と嘔吐は、忘れられそうにない。こいつはダメか、と思ったが、ここまで何の問題もなく続いている。
ポートは、冒険が休みの日はよく来るようになった。そして、家主の許可も得ずに勝手に料理を始める。
来んのがダメってわけじゃないが、こいつが来ると、どうしてもある一人の男を思い出す。
オレだって、昔はパーティーを組んで冒険をしていた。その中に、能力が低くてパーティーの雑用をやらせていた奴がいた。そいつを、かつてのオレは、冒険の邪魔だとパーティーから追放したのだ。
――『閃光の剣』と同じ事を、過去にやらかしていたのだ。
だから分かる。
雑用係、なんぞと言えば、たいしたことねぇように聞こえるが、実際の所は雑用なんかじゃなく、冒険の土台となるものだ。その土台を担ってくれてた奴を追い出し、大切にしなかった時点で、オレたちのパーティーは終わってた。
そいつを追い出した後、そのパーティーで冒険をしたのはたった一回。その一回で、パーティーはボロボロだった。死人が出なかったのが奇跡だ。
追い出したそいつは、一体どこで何をどうしたのか、今や知らない者はいない、最高のSランク冒険者になっている。
こっちはただのBランク。低いわけじゃないが、Sランクとは比較にもならねぇ。
それからは、パーティーを組む気にもならず、ソロでやっている。
偶然、パーティーの雑用をやってた奴が追い出されたって話を食堂の主人から聞いた時、アイツの顔がよぎった。気付けば必死になって探して、自殺一歩手前の所を確保したって訳だ。
確保したところで何すりゃいいか分からんし、話を聞いたところでどうすりゃいいかも分かんねぇ。だからオレの思うところをただ言っただけなのだが、奴なりに考えたのか、持ち直したようだ。
ちなみに、『閃光の剣』が解散したのは、オレがポートを拾ってから二十日ほどだ。冒険者ギルドで、喧嘩している姿がよく見られていたらしい。
「あの役立たずの雑用係を連れ戻す!」
そう息巻いていた所にオレは遭遇し、とりあえずぶん殴っておいた。雑用の大切さを分かった上で、頭を下げて戻ってきてもらう、と言うならともかく、ひどい言い草だ。
いきなりぶん殴ったことについては問題になりかけたが、ギルド側に事情を説明したら納得してもらえた。ついでに、『閃光の剣』はポートに近づかないように警告までしてくれていた。
そんな事があったなんぞ、ポートには言ってないがな。
で、拾った以上捨てるわけにも行かないから、冒険者ギルドのマスターに何かないか聞いてみたら、あっさり『筋肉集団』を紹介された。オレも聞いたことがある、暑苦しい筋肉集団。
戦闘能力の有無は関係なく、一緒に冒険に来て料理をしてくれる人を探しているらしいが、なかなか見つからない、ということだ。
まあ、そうだろうな。
戦えて料理のできる奴もそこそこいるだろうが、そういう奴が料理を自分だけに押しつけられれば、不満を持つ。戦えねぇ奴は、普通は冒険に出ねぇ。
その普通じゃねぇポートと『筋肉集団』は、まさに利害が一致していたわけだ。
ふんふん鼻歌を歌いながら、料理をしているポートを何とはなしに眺める。
こいつは、自分を追い出したパーティーを恨んでないと言った。果たして、オレが追い出したアイツは、どうだったんだろうか。
一人でどんな思いをして、とんでもない力を手に入れるに至ったんだろうか。力を手に入れたとき、オレたちへの復讐を考えなかったんだろうか。
想像するしかない。考えたって、答えが出るはずもない。
いつか会えたら、その時には土下座して命を差し出すつもりでいるが、今のところその機会は来ていない。
「ゲルトさん、できましたよ。食べましょう」
どれだけやっても面倒としか思えない料理を、見事な手際でやってのけたポートが声をかけてきた。
無論、飯屋で食った方が美味い。だが、命をかけた冒険中に振る舞われる手料理がどれだけ嬉しいか、なんてことを知ったのも、パーティーが解散した後だ。
「……パーティー、上手く馴染めたか」
いつもは無言で食べるのに、何となく今日は聞きたくなった。聞かなくたって、様子を見てりゃ分かる事なのに。
「はい、とても楽しいです。……肩に担がれて疾走されるのにも、ようやく慣れてきましたし」
嘔吐した原因だな。
体力がないこいつにペースを合わせるくらいなら、担いでしまえ。訓練にもちょうどいいし。という理由を『筋肉集団』に聞かされて、その時ばかりはこいつに同情した。
結局は、その移動手段が定着してしまったわけか。いいのやら悪いのやらよく分からんが、本人が納得してんなら、いいんだろう。
「皆、美味しそうに食べてくれるんですよね。冒険中は文字通りお荷物なのに、いてくれて良かったって言ってくれるんですよ。それが嬉しいです」
「そうか」
「はい」
オレの素っ気ない返事を気にする事もなく、ポートは笑顔を見せる。
「だから、ゲルトさんのおかげです。ありがとうございます。あの時、ゲルトさんに出会えて、本当に良かったです」
何のてらいもなくお礼を言われて、オレは言葉に詰まる。
別にこいつのために、助けたわけじゃねぇ。アイツの顔がよぎって、気付けば動いていただけだ。礼を言われる事じゃない。
それに、思う。もしもオレに会わなかったら、どうなっていたんだろうか。
追放されたアイツが一人で強い力を手に入れたように、ポートももしかしてそういう機会があったんじゃないだろうか。
今みたいに筋肉に挟まれて担がれて移動して、料理を作るなんて冒険じゃなく。冒険の中心人物になれたかもしれないチャンスを、オレに会ってしまったせいで失ってしまったんじゃないだろうか。
もちろん、そんなの考えすぎで、あのまま自殺して死んじまっていた可能性の方が高いと、分かっているが。
「ゲルトさん、お邪魔しました。失礼します。――また来ます」
「もう来んな」
アイツの事を思いだしたり、考えても仕方ない考えが巡ってしまったせいか、自分が思った以上に冷たい声が出た。だが、ポートはキョトンとしただけで、気にした様子もない。
「また来ます。僕、今頑張って筋トレしてるんです。次来るときは、筋肉ムキムキになってますので、楽しみにしていて下さい」
呆気にとられた。去っていくポートの、ヒョロヒョロの後ろ姿を見る。
――ムキムキ?
ムリだろう。筋トレを悪いとは言わんが、筋肉がつくような体には見えない。
もしも万が一にも、冒険の中心人物になれるような日が来たとしても、筋肉がムキムキになっている姿は想像もできない。
「まあ、頑張れ」
やるのは自由だ。
あのパーティーに、思考までしっかり染まっていたらしいポートに、オレは適当にエールを送ったのだった。