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プロローグ

「凍てつくような寒さのとなった本日5月2日。我が偉大なる非実在国単一人民党は、いくつかの国家方針を決定すべく中央評議会において党大会を実施、全国各地の代表者、をはじめとする一団が続々と到着しました」


 テレビから流れだした週刊ニュース報道。

 それはまるで、授業で習う大昔の白黒ニュース映画を見ているよう感覚。

 軽快で陽気な音楽、単調極まりないフォント、高揚しているようで環境を一切出さず、味気の無い声色をしたアナウンサーは原稿を読み進める。


「誇り高くそびえたつ我らが中央評議会の巨大なピラミッド。会場に集まった総勢1万人を超える党員ならびに全国代表者は、党執行部の委員の登壇に熱狂的な歓声と、大地を震わせる大喝さいを引き起こしました」


 非実在国単一人民党(NESCPP)

 それが彼らの言うところの非実在。壮大な理想と国家と化した我らの黄金郷、ユートピア世界をおさめる唯一無二の絶対的支配者であり、人民に希望と輝きを与え、人民に光を照らす偉大な存在。

映像に映し出されている党大会。そこではノーマルエリートたる党員、地方の代表団、PDCと呼ばれる党の防衛組織の隊員らが、到底僕らにまねできないような、輝かしい笑みを浮かべている。


「何という、壮観な光景でしょうか。何という非実在な光景でしょうか! 党員らは自分たちの存在を知らしめるように、口々に“万歳”を叫んでいます!」


 党員、地方代表団、PDCの隊員らは拍手大喝さいを起こしながら、万歳をオウムのように叫んでいある。


「そんな彼らに答えるように、党執行部の我らが敬愛する同志、YOS-1011-EDPC“執行部宣伝委員”は、壇上から党員並びにこれをご覧の人民諸君らに問いかけます」


 やせ細った、我らが同志YOS-1011は中央の壇上に立つやいなや、口を開くことはなく、黙って拍手と歓声が鳴りやむのを待つ。数十秒ほどして、拍手と歓声が一通り止んだことを確認すると、同志は口を開き、僕らに問いかけた。


『……単一人民党の我らが同胞同志の党員諸君。PDCの祖国戦士隊諸君。単一人民党全国代表団諸君。非実在国人民諸君! 私は全人民全党員の前にするという、素晴らしき、そして栄誉あるこの日に、この場で諸君らに、我が非実在国の国家に関する方針を決めなければならず、この決定には我らに極めて重要な決定であろう』


 一呼吸を置き、同志は続ける。


『恐らく、多くの人民並びに党員諸君らが知っているであろうが、私たちにとって敬愛すべき、また偉大で我らの恩師たる総統閣下が亡くなったことで、指導者の立場は空席となってしまっている。

我々には、我らと我が祖国を導くために、新たな指導者閣下が必要なのだ! 総統閣下が求められていた黄金世界。究極的な平等主義の実現のため、そして、そのために閣下が生涯をもって捧げた精神を受け継ぐ、指導者が我らには必要なのだ!』


 同志の素晴らしい言葉の数々。観衆はその言葉に大きな拍手を浴びせる。


『そこで、我ら党執行部は新たな指導者、二代目の総統として、その極めて重責な職務を執り行う適任者として同志TKY-0302-EDTC“執行部寛容委員”を選出する。

同志TKY-0302は、初代総統閣下の腹心として、何より諸君らは同志の偉大な寛容さを、身に染みてわかっていることだろう。

諸君、もし同志TKY-0302の新総統への就任に異論があるのであれば、拒否しても構わない。

しかし! 同志ほど我らが求める指導者像に、そして初代総統閣下の精神を継承できる人物は他にいるであろうか!?

いま、この場で全党員に問う。

同志TKY-0302の二代目総統としての選任に異義を唱える者はいるか!!』


 『異議なし!』そう単一人民党の党員らは口々に叫んでいる。少なくとも、彼ら党員の中に、同志TKY-0302の総統就任に対する異議は聞こえられない。

 素晴らしいことだ、同志は僕らに寛容さを与えてくれる偉大な存在。同志のおかげで僕らはすべてを寛容であるのだから、その同志が指導者に就任することを否定するべきではない。


 『よろしい! 非実在国第二代総統として同志TKY-0302の就任を、我らは心より歓迎し、新たな総統の元、我らは忠誠と与えられる使命に付き従う覚悟がある。同志に万歳!! 新たな総統閣下に万歳!!』


 壇上に立つYOS-1011を含めた執行部、党大会に出席しているすべての人間が一人の男の方を向き、拍手喝さいと『万歳!!』の絶叫を浴びせている。

 新総統に選出された同志TKY-0302は、その場で立ち上がり、党員らに対して深々と一礼、また一礼と頭を下げ、感謝の意を表していた。

 同志TKU-0302は、今日この時をもってして、非実在国総統(N E C P)となる。

 しばらくして、党員らの『万歳』三唱が薄れてきて、同志TKY-0302も着席すると同時に、同志YOS-1011は再び口を開く。


『諸君、私は深く安堵している。新たな総統が選ばれ、そして諸君らが私たちの決定を受け入れてくれることに、我らは深く感謝しなければならない。

 同志諸君、諸君らがこの国をいかに愛し、いかに崇め、いかに国を思うか私は十分に知ることができた。諸君! 諸君らの愛国心、その心にある忠誠はまごうことなき本物であるという事が、激しく理解できる!

 ……だが、我らは突き付けられた課題はこれだけではない。

 ……我ら党執行部は、初代総統閣下が亡くなった後も、その合理的精神を絶やすことの内容に受け継ぎ、守り通していた。それは閣下や党が、我が祖国が邪悪な外敵、売国奴、反乱分子らか人民を守り、この国を黄金郷……ユートピア世界とする未来を切り開くために。そしてそれらに打ち勝ち、祖国の最終的勝利のために!

 

 ……多くの過ちを犯した前時代、自由というものが破滅を招いた。

 だからこそ、我らは同じ過ちを犯してはならない。永久的繁栄、未来栄光、人民幸福の理念こそが、我らを過ちから解き放つ、唯一無二であるはずなのだ!

 だが、いまやその唯一無二は邪悪な野心を持つ連中によって、破壊されようとしている。

 我らの理想は、我らの理念は、我らの未来は! 国家の転覆をはかる反乱分子、祖国人民を奴隷として扱う事を望む外敵連中の手によって、危機に瀕している!

 諸君! 諸君! 我が偉大なる同志諸君!

 国家の危機は、今目の前まで差し迫っているのだ!

 西方の国境において、外敵との紛争は激化を進め、多くのPDCの戦士らが命を落としている。彼らは! 我らを守るべく、敵に対峙し、その命をもってして勇敢に戦っているのだ! それは国境部の人民を守る意味で、まさしく命がけの任務であろう!

 それだけではない。

 何より、我が祖国の内部には、我らの平和を、我らの栄光を、我らの理想を打ち砕こうとする反乱分子共が、常に我らを脅かしているのだ!』


 ほんの数秒間を開けた同志は、その後さらに語気を強め、またまくし立てるように聴衆へ呼びかけた。


『諸君、同志諸君! 我が祖国の人民諸君! 我らは今こそ団結しなければならない! 結束し、我らの理念と祖国、党、人民、総統閣下が追い求めるために、未来へ加速していかねばならない!!

 我々は、個人ではない! 我々は、個別ではない! 我々は、すべての人民、すべての党員が一つの生命体として、動かなければならないのだ!!

 死を恐れる必要はない! 祖国のために死んでいくことは、総統と我が祖国に対する最大級の忠誠心であるのだ。

 だが、私の言葉にもしかすれば反発する者もいるかもしれない。

 ならば! 私は、我らは今ここで、諸君らに居つくかの質問に答えてほしい。


 諸君らに問う! 反乱分子共は、我らの統治がすでに限界で無能だと主張する。

 ならば、我らは諸君らに問う。

 諸君らは、我らの統治が限界に達してると思うのか!! 我らが無知無能で統治していると思っているのか!!』


 演説を聞く聴衆、すなわち党員らは熱狂的な様子で『違う!』と叫ぶ。


『人民のために誠心誠意働く我らの手により、前時代より発展し平和となり、輝かしい未来を見せる我らを、いったい誰が批判できるのだろうか!!』


 『そうだ!』と聴衆は熱狂的に叫ぶ。


『諸君らに問う! 反乱分子共は、人民党員諸君らは、我らによって抑圧されていると主張する。ならば、我らは諸君らに問う。

 諸君らは、我らによって抑圧されていることを感じるのか!!』


 演説を聞く党員を含めた聴衆らは、さらに熱狂的な様子で『違う!!』と叫ぶ。


『不自由は不幸ではない! 抑圧は不幸ではない! 祖国のために死ぬことは不幸でも、ましてや恐れることでもない!! この国に恐れるものは何一つない!! 人民党員諸君らが、祖国、そして総統と我らに忠誠を誓う限り、我々は無敵の存在なのである!!』


 演説を聞く党員を含めた聴衆は、狂信的な様子で『そうだ!!』と叫ぶ。


『諸君らに問う! 反乱分子共は、諸君らが自由を求め、幸福を求めて我らに不信を強めていると主張する。ならば、我らは諸君らに問う。

 諸君らは、今まさに自由を求めるのか?! 幸福ではないと言い切れるのか!!』


 聴衆は、もはや狂乱気味に『違う!!!』と叫ぶ。


『前時代を崩壊に導いたのは、自由というものがあるからだ! しかし、自由は言葉だけのものでしかなく、人民がそれを手にすることはなかったのだ! だが、我々は違う。我々は過去の失態を犯すことはない! 自由でなくても、我々は祖国の一員であることを誇りに思い、そしてそれが最大の幸福なのである!!』


 聴衆は、もはや狂気じみた声で『そうだ!!!』と叫ぶ。


『諸君らに問う。外敵の連中は、諸君らが我らや総統閣下に対して忠誠心を失っていると主張する! では、我らは諸君らに問う。

 諸君らは、我ら執行部、新たなる総統閣下、何より! 我が祖国、我が同志! 我らの人民諸君らと共に、忠誠を誓い、祖国と共に歩むことを拒むというのか!!』


 阿鼻叫喚の狂騒曲を奏でる党員らは、『違う!!!!』の一言が響き渡る。


『諸君らは我らを裏切るのか! 我らではなく、祖国のために心身を共にした同志でもなく、偉大なる指導者たる総統閣下でもなく! 外敵、反乱分子共と手を組むのか!? 違うだろう、我々が信じるのは総統であり、我が祖国であり、我が党である!! 建国のために、奮励努力された初代総統閣下に裏切ることを、諸君らが行うはずがない!!』


 もはや聴衆に理性はないかもしれない。狂気のように、狂騒をかき、絶叫じみた声で『そうだ!!!!』と叫ぶ。

 いや、そもそも理性とは何だ? 理性? 何? 何とは何だ? 今の僕の頭はよくわからない言葉で埋め尽くされ、そして僕はその理性というものが分からない。


『そして最後に、我らから諸君らに問いかける。

 諸君らは我が祖国と共に、我らが党と共に外敵の連中、反乱分子共と戦うことを望むか?


 多くの血が流れ、多くの人民同志諸君が我がもとに安全に暮らし、平和で、すべての人民が幸福であるこの国を、おぞましいその手で穢そうと、その足で踏み荒らそうとする連中を、我らは受け入れるのか!?


 あり得ない、断じてあり得ないことである!!

 我らは祖国。

 我らは党。

 我らは人民。


 我が祖国は人民によって構成される一つの“ヒト”である。人民は“ヒト”を動かす歯車であり、“ヒト”を構成する細胞であり、“ヒト”の頭脳である!!

 それが例え、想像を絶する絶滅戦争であろうと! 総力戦であろうと! 待ち受ける先が天国であろうと地獄であろうとも! 我らは皆、武器を持ち、工具を持ち、我らは卑劣なる謀略に打ち勝たなければならない!!』


 聴衆は『そうだ!!!!!』という叫び声と、熱狂的な拍手しかしていない。


『諸君らの中に敗北主義者はいるのか!? 我らが、我が祖国が戦いに負けることを望む者はいるのか!?』


 聴衆は『いない!』と叫ぶ。


『諸君らの中に衰退主義者はいるのか!? 我らの偉大なる祖国が、築き上げてきた全てを否定し、衰退を望む者はいるのか!?』


 聴衆は『いない!』と叫ぶ。


『我らは団結する。我らは大いなる困難に対して、共に乗り越えることのできる戦士であるのだから! 

例えどれほど血が流れていても、例えどれほど汗が流れていても、例えどれほど涙を流そうとも、その苦労は必ず労われる! そして、その努力は勝利の約束となるだろう!!』


 聴衆は叫ぶ。


『偉大なる単一人民党の党員諸君、PDCの誇り高き戦士諸君、非実在国の全人民諸君! 我らは約束する。必ず我らは勝利を掴み取ると!

ならば我ら、我が祖国、我が新総統の元での標語は次のようになるだろう。

“同志よ! 立ち上がれ、団結せよ! 共に前に進み、最終的勝利を手にするのだ!”』


 これを聞くほぼすべての聴衆が、感激したであろう同志の素晴らしい演説は、そう締めくくられた。


 


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