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ライラのクッキーリベンジ3

 拍手と共に始まったお茶会。

 今日の主役であるシーグヴァルドは、改めて皆に感謝を述べた。


 毎日のように戦の話が飛び交う殺伐とした皇宮で生まれ育ったシーグヴァルドは、守護神の結界によって平和に暮らしている国の存在に憧れを持っていた。

 戦で領土を広げるような国の発展方法は、恨みを買うだけ。そんな方法で大陸全体を支配しても、国民は幸せになれない。それよりも、魔道具の技術を発展させて魔獣に怯えずに済む国を作れたならば、憧れの国に近づけるのではと考えていた。


 しかし、現皇帝の計画に気がついたシーグヴァルドは、父とは違う方法でも神を呼び寄せられるのではと考えるようになり、一連の計画が実行された。


 結局、帝国は神を得るどころか、弱体することになってしまったが、戦を止めたいと思っていたシーグヴァルドの願いは図らずも叶うことになった。

 これから長い捕虜人生。暇つぶしに魔道具の開発でもして、帝国に技術提供したいと考えている。

 そのためには自由な環境が必要。その第一歩ともいえる精霊神聖堂での暮らしが、ついに始まったのだ。


 自分を受け入れてくれたライラとノアに感謝したシーグヴァルドは、洗礼とも言えるライラのクッキーは回避して、オルガのクッキーに手を伸ばした。

 欲望に忠実な帝国人であるシーグヴァルドは、楽しみにしていたライラのクッキーであっても、食べたくないものは食べたくないのだ。そして、オルガが作ったお菓子は好物でもある。


「まずは、妻のクッキーをいただかなきゃね。オルガのお菓子は美味しいから」

「ふんっ! 都合の良い時だけ、わたくしを選ばないでくださいませ!」


 ライラを正妃にしようとしたことを、オルガは未だに根に持っているので、シーグヴァルドを第一夫にするつもりはない。

 けれどアウリスとは違い、シーグヴァルドはオルガを妻として見てくれている。そのことについては、少しだけ嬉しく思っていた。帝国での暮らしでは、シーグヴァルドに馬鹿にされてばかりだったけれど、唯一の特技である料理だけはしっかりと褒めてくれる優しさが、シーグヴァルドにはある。


 それに比べて。と、オルガはアウリスに視線を向けた。

 アウリスは迷うことなく、ライラのクッキーを美味しそうに食べている。


 その辺りの事情は、お互いに納得した上で一緒に暮らしているので、今さら怒りも沸いてこないが。

 しかし、息子の教育には良くない。ぽかんとした顔で父親を見上げている息子の注意を、こちらに向けることだけは忘れない。


「エリ、ママのクッキーは美味しいかしら?」

「うん! ママのおかしが、いちばんおいしいよ!」



 和気あいあいと始まったお茶会の中で、オリヴェルは一人だけ居心地の悪さに耐えていた。

 仲間だと思っていたシーグヴァルドにはあっさりと裏切られてしまったが、オリヴェルはオルガのクッキーを食べるほど親しい間柄ではないので、選ぶべきクッキーは一択しかない。

 オリヴェルとしては、ノアに仕える身として体調には常に気をつけていたいが、ライラからの信頼も失いたくない。考えれば考えるほど冷や汗が滲み出てくる。


「ねぇ……アウリス。ライラちゃんのクッキーも美味しそう……だね。どんな味なのかな?」

「俺のために作ってくれたようなクッキーで、美味しいよ。辛いのはもちろんのこと、クルミやチョコチップの食感も良いし、イチゴの甘酸っぱさがアクセントになっているね。それから、これは……カモミールかな? ハーブも入っているから味わい深くて美味しいよ」


 入れた材料を全て言い当てられて、ライラは驚きながらアウリスを見つめた。


「アウリス様、すごいですわ! 丁寧に味わってくださり感動いたしましたわ」

「今日はライラの自信作みたいだから、身体に刻み込むようにじっくりといただくよ。本当にお菓子作りが上達したね、ライラ」

「嬉しいですわ、アウリス様……」


 喜びで涙ぐむライラを見て、オリヴェルの決意は固まった。

 前回は黒焦げになってしまったらしいライラが、ここまで頑張ってクッキーを作り上げたのだ。その上達ぶりを、自分も一緒に喜び合いたい。


 それにアウリスの感想によると、意外と美味しいのではという気になってきた。

 一つ一つの材料はクッキーに入れてもおかしくないもの。一つだけ気になる辛い匂いも、『味わい深い』とアウリスが表現したことで、南東の国の料理である『カリー』のような、美味しさがあるのではと思えてきた。


「それじゃ俺も、ライラちゃんの自信作をいただこうかな」

「オリヴェル様にも食べていただけるなんて、嬉しいですわ」


 しかしその考えは、口に放り込んだと同時に消え去った。

 全身から汗が吹き出し、辛さで身悶えそうになる。今すぐ水を浴びるほど摂取したいが、期待に満ちた表情のライラを裏切りたくない。

 オリヴェルは彫像のごとく固まり、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えた。


「…………おっ……美味ひいよ、ライラひゃん! こんあに刺激的なクッキーは初めてらよ」


 ヒリヒリする舌をなんとか動かし、辛さに耐えていた顔を無理やり緩めたオリヴェルは、他人から見ると蕩けているように映った。ライラを喜ばせるには十分な演出となったと言えよう。


 ここでの役目を立派に果たせたことに安堵したオリヴェルは、やっと周りに目を向ける余裕が生まれた。

 今までずっと黙っていたので存在が薄かったが、よくみればノアが黙々とライラのクッキーを食べているではないか。


「ノア様も……、ライラちゃんのクッキーが気に入ったご様子ですね……」


 アウリスですらちびちびと食べているのに、信じられない気持ちでオリヴェルが尋ねると、ノアはこくりとうなずいた。


「植物が沢山入っていて、心地良い」


 ノアにとっては、クルミも、カカオも、イチゴも、唐辛子も全て植物。

 植物を摂取することで、草の精霊として宿っていた頃の心地よさを得られる。味覚は、あまり関係ないのだ。


 誰よりもライラのクッキーを気に入ったノアはそれから毎日、同じクッキーを所望し続け、皆もお茶会に付き合わされ続ける事態に。

 六日目になり、見かねたオルガがライラの口にクッキーをねじ込んだことで、異常なお茶会はやっと終了された。


 それからライラは反省をして、常識的なクッキーを作れるようになったが、皆が喜ぶ中でノア一人だけは残念がるのだった。

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