94 その後3
アウリスが息を引き取ったと、離宮に知らせがあったのはそれから三日後。
王宮ではアウリスの葬儀がおこなわれたが、ライラはそれには参列しなかった。棺桶に入った姿など、アウリスが一番ライラに見せたくない姿だろうから。
葬儀に参列するよりも、アウリスの思い出話でもしていたほうが彼は喜ぶ。そう思ったライラとノアは、アウリスやかつての友人らの話をしながら聖域を散歩することに。
ライラに会いたいがために、アウリスは様々な提案をし続けてきたので、結果的にはたくさんの楽しい思い出をアウリスは残してくれた。
ライラがノアに助けられて五十年以上経過したが、聖域はずっと変わらないままで、ノアが咲かせてくれたコスモスも未だに咲きっぱなしの状態。
聖域にいると年月の経過を忘れてしまいそうだけれど、人間は着実に歳を取り、友人達は皆いなくなってしまった。
ノアが離宮の聖職者達ともあまり交流していなかった理由が、今のライラになら何となくわかる気がする。
神が人に干渉するのは良くないと、ユリウス王子と約束したからだけではないと思う。仲良くなった人達を何度も見送るのが辛かったのではないだろうか。
ライラは、手を繋いで隣を歩いているノアの顔を見上げてみた。
「人には極力干渉しなかったノア様が、なぜわたくしの周りの方々とは交流してくださいましたの?」
「人間の事情を無視して、ライラを連れ去ってしまったからな。そのまま二人きりで聖域で生活することもできたが、ライラには人間として生きるべきだった年月の思い出が必要だと思ったんだ」
「それでわたくしがすべき、人間としての役目を重視してくださいましたのね」
「あぁ。人間達と過ごす時間は楽しかっただろう?」
そう微笑んだノアの顔は、ライラに向けてというよりも昔を思い出しているように見えた。
ノアはユリウス王子と過ごした時間が貴重だったからこそ、ライラにも悔いが残らないように配慮してくれたのかもしれない。
ノアに助けられた時のライラは、アウリスとはもう会わないほうがお互いのためだと思っていた。
けれどあのままアウリスやアルメーラ家との縁を切っていたら、後悔していたかもしれない。
様々なことがあったけれど今のアルメーラ領は、小さいながらも精霊神ゆかりの地として国民から慕われている。
「えぇ。けれどアウリス様とは結局、最後までわかり合えなかったように思えますわ……」
ノアを好きになってしまったライラは、アウリスの気持ちを受け入れることはできなかった。
それでも家族としての絆は深められたと思っていたのに……。
最後の最後まで、ライラが無理してアウリスに付き合っていたように思われていたような気がする。
「あいつとわかり合われても困るが……」
「え?」
「いや……、いつまでも忘れずにいてやることが、アウリスの望みだろう。こうして偲んでやれば喜ぶはずだ」
「そうですわね。アウリス様のご希望通りに、一番素敵だった頃のアウリス様を思い出すことにいたしますわ」
最後にアウリスと会った時のことを思い出しながらそう言ってみると、ノアは少しだけ不機嫌そうな顔で「あぁ」と相槌を打つ。
それから「俺とアウリスではどちらのほうが……」とノアが呟いた瞬間、森の中から「わー!」と歓声が上がった。
そちらに視線を向けてみると、大勢の精霊達が集まっているのが見える。
「ノア様、精霊達は何をしているのかしら?」
「あれは精霊の結婚式だな」
「精霊の結婚式? わたくし初めて見ましたわ」
「精霊はそういったことに無頓着だからな。よほど気に入った相手なのだろう」
よく見てみると、緑の精霊と赤の精霊二人を囲むように他の精霊達が集まっている。
どうやら結婚をするのは、中央にいる緑の精霊と赤の精霊のようだ。
精霊の結婚式はどのようなことをするのだろう。
ライラが興味深々で見つめていると、ノアに繋いでいる手を引っ張られた。
「ライラ、あそこに珍しい花が咲いているぞ。見に行こう」
「お待ちくださいませ。わたくし、結婚式が見たいですわ」
「精霊の結婚式など見てもつまらないだろう。それより空の散歩でもどうだ?」
「つまらなくありませんわ。滅多に見られないのですもの、見させてくださいませ」
聖域に住み始めて五十年以上も経っているのに初めてみるのだ。今を逃したら、次はまた何十年も待たなければならないかもしれない。
妙にこの場を去りたがるノアから手を引き戻しつつ、ライラは結婚式に注目した。
(あちらは何かしら?)
赤い精霊が緑の精霊に何かを渡しているような気がして、ライラは首をかしげた。
指輪だろうかと思っていると、受け取った緑の精霊はそれを口へと運ぶ。
すると、緑の精霊は一瞬にして赤い精霊へと変わってしまった。
(えっ……)
今の現象には、覚えがある。
ライラは自分自身の髪の毛に視線を移した。
今はノアと同じく美しい透き通るような若葉色だけれど、かつてただの人間だった頃は金髪だった。
この若葉色の髪の毛に変化した日のことは、今でも鮮明に覚えている。
『突然で驚くかもしれないが……、俺はライラを大切に思っている。俺に一生を預けてくれないか』
そうノアに言われて従者になると決意したライラは、ノアに渡された種を飲み込んだのだ。
その時のノアは、少し慌てた様子で……。
けれど『嬉しいよライラ。一生大切にすると誓う。この言葉、忘れないでくれ』と、ライラを抱き寄せてくれた。
(まさか……、そういう意味でしたの……?)
やっと、自分の置かれた立場を完全に理解したライラは、ぎこちなくノアを見上げた。
「……ノア様。わたくしに重大なことを伝え忘れてはおりませんの?」
「何がだ……」
ノアは気まずそうに視線を逸らしたので、ライラはノアの腕を引っ張りながら無理やり彼の視界に入る。
「ノア様の種についてですわ。あちらの精霊も種を飲んだのではありませんの?」
「ここからでは、見えなかっただろう……」
「ノア様! 白状してくださいませ! わたくしはノア様にとってどのような存在ですの?」
今までのノアの言動を思い出しながら、ライラは確信を得ていく。
従者にかけるにしては熱意の籠っていた言葉も、彼の熱い心も、政略的な結婚が嫌だった理由も。
なぜ彼がずっと隠し続けていたのか知らないけれど、今すぐノアの気持ちを確かめたい。
食い入るようにノアを見つめると、彼は青ざめた顔でライラを見つめ返した。
「心の準備ができていない。時間をくれ……あと百年くらい……」
「そんなに待てませんわ! 早く教えてくださいませ!」
「無理だ……。せめて五十年後にしてくれ……」
「……もしかして、ノア様のお気持ちが変わられておしまいに?」
「それは断じて違う! だが、時間が経ちすぎた。色々とやり直さねばならない」
「何をやり直すとおっしゃいますの? わたくし達はじゅうぶんに気持ちを積み上げてきたと思いますわ」
「しかし、ライラは気がついたばかりだろう。まだ早すぎる」
「こういった気持ちに、早いも遅いもありませんわ」
「いや、手順を踏み間違えて失敗した俺の前例がある……」
こんな押し問答を、二人はそれから五十年近く続けるのであった。
次回、最終話。プロローグの続きとなります。





