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93 その後2

 ライラに対しては完璧な姿を見せたがるアウリス。体調が悪化してからはあまりライラに会おうとしなかったが、「久しぶりに会いたい」と知らせを受けたライラはその日、ノアと共にアウリスの部屋を訪れた。


「アウリス様、ごきげんよう。お加減はいかがでして?」

「ライラ、会いたかった」


 すっかりおじいちゃんとなったアウリスは、それでも若い頃を思い出させる端整な顔立ちは健在のまま。

 完成された笑顔には熟練度が増していた。


 久しぶりに訪れた彼の部屋は、子供の頃とあまり変わらない。まるで彼の心を映しているよう。

 歳を重ねるにつれて彼との関係は『父と娘』から『祖父と孫』のように変化していったが、彼からの愛情が途切れることはなかった。 


 ライラはベッドの横にある椅子に腰かけると、ベッドの上に横たえているアウリスの手を握った。


「ありがとうライラ。最後に会えて嬉しいよ」

「最後だなんて、まだ早すぎますわ」

「そんな気がするんだ。ライラには結局、長い年月を俺のわがままに付き合わせてしまったね」


 そう切り出して昔話を始めたアウリスは、申し訳ないというよりは満足したように微笑んでいる。

 彼の言動には困惑させられたことも多かったけれど、結果的にはライラにとっても大切な家族という役割を彼は果たしてくれた。

 幼い頃は兄のように、そして婚約者として。そして年月が過ぎて父のように、祖父のようにと。


「夫以外には、全てなれた気分だよ」


 アウリスにとってもまた、自分達だけの特別な関係として映っていたようだ。


「ライラに、最後のお願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん。昔みたく、口づけしてくれないかな」


 かつて婚約者同士だった頃は、頬や額に口づけし合ったものだ。口にするのは結婚式まで取っておこうと話し合った思い出は、今となっては微笑ましく思える。


「もう……。アウリス様は本当に、わたくしに対してわがままですわ」


 見た目は十六歳のままなライラだけれど、心はそれなりに成熟している。口づけと言われただけで頬を染める歳でもない。

 ノアに視線を向けてみると、「老い先短いジジイの願いだ。叶えてやれ」と若干不満そうな顔ではあるが了承してくれる。


「今、初めて歳を取って良かったと思ったよ」


 アウリスが本当にそう思っていそうな表情をするので、ライラはくすりと笑ってから彼の髪の毛をなでた。

 美しい金髪だった彼の髪の毛は、白が混ざり落ち着いた輝きになっている。


「さぁ、アウリス様。どちらに口づけをお望みですの?」

「唇に、と言いたいところだけれど、それはライラの結婚式に取っておかなければね」

「ふふ。もうそのような夢を見る歳頃ではありませんわ」


 欲望に忠実なアウリスだけれど、それでもライラとの約束を優先してくれるのが彼らしい。

 ライラの後ろでは「唇は許さん……」とノアが呟くので、ライラはアウリスと顔を見合わせて微笑み合った。


「最後に精霊神様の怒りを買いたくないしね。頬にして。少しでもライラの顔が見たい」


 アウリスの望み通り頬に口づけると、彼は幸せそうに大きく息を吐いた。


「これでもう、思い残すことはないよ。精霊神様、今すぐ俺を殺してくれませんか?」

「俺が人を傷つけられないことは、知っているだろう」

「……残念です。最高な気分で永遠の眠りにつきたかったのですが」

「寿命が尽きるまで、眠らせることならできるが」


 ノアの思わぬ提案にライラは驚いたが、アウリスは真剣な顔で「お願いします」と返す。


「そんな……、急に決めてよろしいですの? エリアスや孫達にはお会いになりませんの?」

「俺が今更エリアスに看取ってほしいなんて考えていると思う?」

「それは……」


 アウリスはライラしか求めていない。それは周知の事実であり、息子のエリアスですら「困った父親だ」と受け入れてきた。


「これから先の俺を、ライラには見せたくない。本当はもっと若い時の俺をライラの記憶に留めて欲しかったけれど、俺は欲深いからライラとの別れを決意するのにこれほど年月が経ってしまった」


 それを聞たライラは、帝国軍が攻めてきた日のことを思い出した。オルガの願いによって彼は異空間から助け出されたが、彼はそれから望まざる人生を送ってきたのだろうか。


「……アウリス様の人生は、お辛いものでしたの?」

「そうじゃないよ。ライラがいる生活が幸せだったからこそ、決心がつかなかったんだ。これは単なる俺の見栄。ライラはこれから何千年も生きるのに、俺を思い出した時に老いた姿は嫌だから」

「ふふ。アウリス様は今でも素敵ですけれど、若い頃のアウリス様もしっかりと脳裏に焼きついておりますわ」


 そう伝えると、アウリスは嬉しそうに微笑む。それから両腕をライラに向けて広げた。


「ライラを抱きしめさせて。俺に最高の眠りを贈ってほしいな」


 彼の気持ちには応えられないことが多かったけれど、最後くらいは彼の望む通りにしてあげたい。

 ライラは、彼の腕の中にそっと身をあずけた。


「ライラ、大好きだよ。ライラも俺のことを好きでいてくれた? もちろん家族としてね」

「えぇ。わたくしも大好きですわ。アウリス様のことはずっと忘れませんわ」

「ありがとう。社交辞令でも嬉しい」


 社交辞令などではない。

 そう伝えたかったが、眠気と戦うように「ライラ……、愛しているよ……」と呟いたアウリスは、静かに寝息を立て始めたのだった。

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◆作者ページ◆

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