92 その後1
ノアの功績により、帝国軍を壊滅させたことが国中に知れ渡ると、国内では各地でノアを称えるお祭りが開かれた。
王宮でも連日のように宴が開かれ、国内でのノアへの信仰心はさらに揺るぎないものとなった。
帝国軍が異空間の中で生きていると知らされたのは、それから少し後のこと。
ノアによると、正規の出入り口は離宮の地下にあるけれど、出てくるかは本人次第だという。
これまでにも幾度となく帝国軍を同じ方法で捕縛したらしいが、異空間から出てきたのは僅かな人数だったらしい。
帝国軍が閉じ込められている異空間がどのような場所か気になったライラだが、シーグヴァルドが出てきてくれたことにはほっとした。
「俺を使って、帝国と交渉すると良いよ」
シーグヴァルドが自ら捕虜となることを望んでくれたおかげで、帝国との交渉は有利に進んだ。
彼は皇帝から溺愛されていたようで、息子が無事でいるならばと皇帝はこの国の条件をほぼ呑んでくれた。
一つ目は、今後百年間は、この国に攻め入らないこと。
二つ目は、シーグヴァルドが即位する時まで、彼をこの国で預かること。
そして三つ目は、ライラの両親殺害に関与したことを認めること。
皇帝を罰することはできないけれど、三つ目を認めさせることはこの大陸では大きな衝撃を生んだ。
絶対的存在だった帝国が罪を認めたことで、実質的にこの国は帝国よりも優位に立ったことになる。
それをきっかけにして大陸では様々な動きを見せる国が現れ、帝国の権力は衰退していくことになった。
そんな中でシーグヴァルドはこの国の生活が気に入ってしまい、頑なに国へ帰ることを拒んだ。
結局、皇帝が崩御しても即位を拒んだ彼は、一生をこの国で過ごしたのだった。
帝国軍と戦うことができなかったアウリスは、国王に新たな罰を願い出た。
しかしノアやライラがそれを望んでいないことや、国民が祝賀一色の雰囲気であることが考慮され。公爵位を返すことなく、男爵位を与えることで国王は罪を許してくれたようだ。
王子の爵位としてはあり得ないものだが、アウリスは気に入ったらしい。
彼は、アルメーラ領の大部分を一族に譲渡し、精霊神とゆかりのある土地だけを残した。
そして公爵邸があった場所に、男爵家として相応しいこじんまりとした邸宅を建て。妻のオルガ、息子のエリアス、そしてわずかな使用人だけの暮らしを始めた。
けれどアウリスの性格は、記憶の消去だけではさほど変わるはずもなく。
むしろ、誰にも気持ちを隠す必要がなくなったアウリスの行動は、実に堂々としたもので。
彼は男爵邸よりも大きな精霊神聖堂を隣に建てて、ノアとライラを呼び寄せた。
ライラとしても、異空間でのアウリスとの約束は守るつもりでいたので、オルガに女主人としての仕事を教えたりしながら、男爵家を支えることに。
ノアが住むならお世話をしなければと、精霊神聖堂にはオリヴェルや離宮の聖職者が集い、なぜかシーグヴァルドも住み着いたことで、いつの間にか賑やかな暮らしとなっていた。
それから数年間、ライラを取り巻く環境はライラを巡って騒がしかったが、それが落ち着いてきたのは、彼らが三十歳半ばになった頃。
見た目が変わらないライラのことを、彼らは娘のように可愛がるようになっていた。
それでもエリアスが「ライラと結婚したい」と言い出した時は、アウリスがだいぶ嫉妬していたけれど。
そんなエリアスも、無事に男爵令嬢と結婚したのをきっかけに、あまり人間とは関わらないようにしようとライラは決めた。
アルメーラ家はもう、ライラの手助けは必要ないほど安定していたし、神に近い存在のライラを何かと利用したがる者も多かったからだ。
人間には干渉しないとノアがユリウス王子と約束したように、ライラも人とは距離を置いたほうがよいと悟ったのだ。
ライラが会う人間は、離宮の聖職者やオリヴェルの他には、アウリス・オルガ、そしてこの国に居座り続けているシーグヴァルド。
友人達との楽しいひと時を過ごす以外は、ほとんどの時間を聖域でノアと過ごした。
「俺もアウリスのように、ライラを閉じ込めているような気がしてならない」
たびたびノアはそのような心配をしていたが、ライラ自身はノアと過ごす時間に幸せを感じていた。
そんな穏やかな時間はあっという間に過ぎ、人間の寿命はあまりに短いことをライラは思い知らされた。
初めは、最年長だったシーグヴァルド。
次に、何かと気苦労が絶えなかったオリヴェル。
それから、オルガ。
そして四人の中で最も長生きをしたアウリスは、息子に迷惑はかけたくないと王宮の自室で人生の最後を迎えようとしていた。





