84 ノアの結界1
(可愛い精霊がため息をつくなんて……。今のは幻聴かしら)
ライラの記憶とはあまりに違う精霊の態度に混乱していると、一人の精霊がライラの顔の前に立ちはだかった。
「みんな! らいらさまのゆめをこわすと、のあさまににぎりつぶされるぞ! おれたちはかわいいせいれいなんだ!」
「そうだった! かわいいせいれいらしく、のあさまをはこぼう!」
「おおー!」
幻聴ばかり聞こえてくるが、これはきっと一年も異空間にいたせいだろう。
とにかく精霊達は、ノアを運んでくれるようだ。
精霊達がノアに張り付くと、ノアの身体は空中に浮かび上がった。
精霊達のおかげで、無事に神殿へとたどり着けたライラ。
ここからは何とかして自分で運ぼうと思っていると、精霊達はそのまま神殿内へと入り込んでしまった。
「皆様……、神殿へ入れますの?」
「のあさまのけっかいが、きえてしまったみたい」
「そんな……」
ここの結界が消えてしまったのならば、もしかして聖域の結界も消えているのかもしれない。そして最悪の場合、国を守る結界も……。
オリヴェルにこのことを知らせたいけれど、ライラには離宮まで行く手段がないし、ノアの傍を離れるわけにもいかない。
どうしたら良いだろうかと考えている間にも、ライラ達は神殿内の儀式場へたどり着いた。
精霊達は、魔法陣の上に敷いてある絨毯の上へとノアを寝かせてくれた。
これで本格的にノアを回復させることができる。少し安心をしたライラは、精霊達にぺこりと頭を下げた。
「皆様、ありがとうございます! 大変助かりましたわ」
「いいってことよ! おいらたちは、らいらさまのみかただぜ!」
「ほかにしてほしいことがあれば、なんでもいってね!」
いつもはノアが追い払ってしまうので交流する機会がなかったけれど、精霊達はライラにも優しいようだ。
「あの……、教えていただきたいことがありますの。ノア様を早く回復させるにはどうしたら良いのかしら」
「らいらさまが、いのって! ぼくたちも、てつだうから!」
やはりノアを回復させるには、祈るしかないようだ。
ライラはうなずくと、絨毯の上へと腰を下ろしてノアの手を握りしめた。
その周りでは、精霊達が忙しなく動き始める。神殿を出ていく者や逆に神殿へ入ってくる者、神殿へ入ってくる精霊は緑色が多いように思う。
「のあさまは、くさのせいれいだから、わたしたちがおてつだいするね」
「同種のほうが良いのですわね。よろしくお願いいたしますわ」
「らいらさまも、くさのせいれいもどきだから、なかまだよ」
人間のライラは精霊にはなれないけれど、どうやら草の精霊と同じ扱いのようだ。
精霊達に仲間と思われて、ライラは嬉しくなる。
(皆様と協力して、ノア様を回復して差し上げなければ!)
こんな状況だけれど、精霊達の明るさに救われたような気がしたライラ。一人きりでノアを回復することになっていたなら、きっと不安に耐えられなかっただろう。
心強い仲間を得たライラは、その日からノアの回復に専念するため、ひたすら祈りを捧げた。
一方、王宮へと運ばれたアウリスは三日後に意識を取り戻した。
目覚めたアウリスは、ぼーっと天井の絵画を見つめていた。
長い間眠っていたような気がして、記憶が曖昧。公爵邸にいたはずなのに、なぜ王宮の自室にいるのだろう。
確か大切な用事があり異空間へと入ったけれど、異空間での出来事がまるで思い出せない。
こんな経験は生まれて初めてだ。
まるで記憶を奪い取られたような感覚に襲われ、アウリスは漠然とした不安に襲われ始める。
その時、かちゃりと静かに扉を開ける音がした。
「あ、アウリス。目覚めていたんだね」
「オリヴェル」
見知った顔が現れて、アウリスは少しだけ安心をした。
王族に対して礼のひとつも取らない彼は、物心ついた時にはすでに隣にいた親友。
王家の親戚筋に当たるマキラ公爵家の次男で、今は離宮で精霊神様に仕えている。
しかしアウリスは、ここでも違和感を覚えた。
オリヴェルとはある日を境にして親友ではなくなってしまったけれど、その理由が思い出せない。
仲違いをしたはずなのに、彼は公爵邸に住みこんでいた。
理由は精霊神様をお世話するためだったけれど、なぜ精霊神様は頻繁に公爵邸を訪れていたのか。
思い出せるようで思い出せない。
自分にとって最も大切なことを忘れているようで、恐怖すら感じられる。
「三日ほど眠っていたんだけど、調子はどう?」
「それが、おかしいんだ。記憶が所々、抜け落ちている……」
ベッドの横にある椅子にオリヴェルが腰を下ろすの見たアウリスは、話をするために上半身を起こした。
オリヴェルに視線を向けると、彼は曖昧に微笑む。
「いろいろあってね。少し確認したいんだけど、自分の家族構成については覚えている?」





