83 ノアの力15
ノアとライラの目の前には、地面に座り込んで項垂れているアウリスの姿が。
ライラが声をかけようとすると、「アウリス!!」と怒鳴り声とともにオリヴェルが駆け寄ってきた。
「お前はなんてことをしてくれたんだ!! 王子であろうとも、この罪が許されると思うなよ!!」
オリヴェルは怒りに満ちた表情でアウリスの胸ぐらを掴んだけれど、アウリスは感情が消え去ったような目でオリヴェルを見つめている。
「オリヴェル様、おやめくださいませ! 今回の件は、わたくしとアウリス様の問題ですわ。皆様にはご迷惑をおかけしてしまいましたけれど、問題は解決しておりますのよ」
「ライラちゃんは、アウリスに監禁されていた自覚がないの? ノア様はこの一年間、ライラちゃんを助けようとしてずっとここでお力を使い続けていたんだよ」
「一年も……!?」
ライラはせいぜい一ヶ月くらいだと思っていたのに、驚くほど時間が経過していたようだ。
一年もの間、力を使い続けていたノアの身体は大丈夫なのだろうか。ライラは不安になりながら、ノアを仰ぎ見る。
「まだ大丈夫だ」だと微笑んだノアは、ライラを抱き寄せてからオリヴェルに視線を向けた。
「オリヴェル、ライラを責めるな。俺はライラが戻ればそれで良い」
「しかし……」
納得できない表情のオリヴェルだったが、手を離すようノアに合図されて、仕方ない様子でアウリスから手を離した。それから、アウリスを連れて行くよう聖職者達に指示を出す。
聖職者達がアウリスを立ち上がらせようとしたけれど、アウリスはそれを阻止するようにノアを見上げた。
「精霊神様……、俺をどうか殺してください」
「アウリス様! そこまでなさる必要はありませんわ!」
ライラは慌てて否定するも、アウリスはすべてを諦めたように、ライラに向けて顔を横に振った。
「精霊神様なら、俺がライラに何をしたのかご存知なのでしょう? 俺はもう生きている価値もない男です」
「俺が人を傷つけられないのは知っているだろう。罪を償いたいのならば、生きて償うのだな」
ノアが淡々と述べると、アウリスは苦渋に満ちた表情で拳を握りしめる。
「俺はもう……、ライラに迷惑をかけながら生きるのが辛い。けれど、ライラに会えないのは耐えられない……」
ライラは迷惑とは思っていない。これからも家族として支え合おうと約束をしたのに、なぜこんなにもアウリスの心には届かないのか。
あの空間で彼にかけた言葉を、彼は信じていないような気がして、ライラは無力感に襲われた。
「ならば、ライラに関する記憶を消してやろう」
(え……)
「お願いします……」
ノアの提案に、アウリスは考える間もなく即答する。
「これからの人生、ライラと顔を合わさずに過ごすのは難しいだろうが、過去の記憶がないだけ生きやすくなるだろう。ライラもそれで良いか?」
記憶から消し去りたいほど、彼にとっては負担だったのか。そう思うと、悲しくなってくる。
けれど、ライラの存在が消えることでアウリスが生きやすくなるのならば、それがアウリスのためなのだろう。
ライラがこくりとうなずくと、ノアはアウリスの前へ進み出た。そして項垂れているアウリスの頭に手をかざす。
すると次の瞬間、アウリスの身体はどさっと地面に倒れ込んだ。
「目覚めた時には、ライラの記憶は消えているだろう。記憶が抜け落ちたことで混乱するだろうから、説明してやれ」
「かしこまりました」
オリヴェルにそう指示を出したノアは、力が抜けたように態勢が崩れる。ライラは慌ててノアを支えた。
覗き込んだノアの顔は血の気がないように真っ青で、枯草のような香りが漂ってくる。
「ノア様!」
「そろそろ限界だ……。神殿へ戻るぞ」
一瞬にして聖域がある森の入口へと移動すると、ノアは崩れ落ちるように倒れ込んでしまった。
「ノア様! しっかりしてくださいませ!」
ライラが呼びかけるも、ノアはぴくりとも動かない。
早く魔法陣の上で回復させたいけれど、神殿へはここから少し歩く必要がある。ライラではどう頑張ってもノアを背負えそうにはない。
ライラは地面に座り込んで、ノアの頭を自分の膝の上に乗せた。
(ここで祈りを捧げて、ノア様の回復を待つしかないのかしら……)
倒れるほどの状態のノアに、ライラ一人が祈ったところで目覚めさせることができるのだろうか。
不安になりながらも、とにかく今は祈るしかない。
必死にノアへの祈りを捧げていると、聖域の森から色とりどりの灯りが近づいてきた。
「ありゃー。のあさま、たおれちゃってるよ」
「らいらさまをとられて、ひっしだったらしいよ」
「さっさと、たねのせつめいをしない、のあさまがわるい」
わらわらと、ノアの周りに集まってきた精霊達。ノアが倒れているというのに、呑気に井戸端会議を始めてしまった。
その内容はなぜか、ノアを批判するようなものばかり。
ライラの記憶にある精霊は可愛い存在なのに、皆どうしてしまったのだろう。
「あの……、皆様は誤解していらっしゃいますわ。わたくしがご心配をおかけしてしまったせいで、ノア様はお力を使い果たしてしまいましたの」
そう訴えると、精霊達は一斉にため息をついた。





