79 ノアの力11
「ごめんなさい……。アウリス様に足りない部分などありませんわ。けれど、わたくしはノア様を好きになってしまいましたの。本当にごめんなさい……」
アウリスにはもう、謝ることしかできない。
ぼやけそうになる視界を必死にこらえていると、アウリスは押さえつけていたライラの手首をぱっと放した。
そして、ライラを勢いよく抱きしめる。
「ごめんライラ! 責めるつもりではなかったんだ。俺は、怒っても恨んでもいないから安心して」
アウリスはライラを安心させるように、優しく背中をさすり頭をなでてくれる。
ライラのアウリスに対する恋心は未熟なものだったけれど、アウリスの態度も幼いライラに向けていたものと変わらない。
結局自分達は、大人の恋愛へと移行できないままお別れしてしまったようだ。
「アウリス様……、もう帰りたいですわ」
お互いに感情的すぎて、これ以上話し合っても状況が改善するとは思えない。
断られるとわかりつつも口に出してみると、アウリスはぽんぽんと了承するようにライラの背中をなでた。
「俺のせいで疲れさせてしまったね。先に少し休んで落ち着こうか」
アウリスはそう提案しながらライラをソファーに座らせると、イチゴが詰められているバスケットを持ってキッチンへと向かった。
(そういえば、イチゴジュースを作ってくださるのでしたわ)
それを飲んでひと息ついたら、外へ出してくれるだろうか。
今の言い方はそう聞こえたけれど、下手に聞きなおして考えを変えられても困る。ライラはとりあえず、彼の提案を受け入れることにした。
キッチンでは、アウリスが手際よくイチゴをすり潰してジュースを作っている。
婚約していた頃の彼は自らキッチンに立つことなどなかったけれど、公爵邸ではエリアスの離乳食を作ったこともあると聞いている。その経験が生かされているのだろう。
わざわざ離乳食まで作っていた彼の行為が、すべてライラの気を引くためだったとは思いたくない。
少しはエリアスへの愛情もあったと願うのは、押し付けだろうか。
もう本を読むような気分ではなくなってしまったライラは、ぼーっとアウリスの様子を眺めていた。
アウリスは時々振り返っては、ライラに微笑みかけてくれる。
先ほどまではこの家に閉じ込められているような気がして怖かったけれど、今は和やかな休日のようだ。
「はいどうぞ。うまく作れたと思うけれど、味はどうかな?」
「ありがとうございます。いただきますわ」
グラスに並々と注がれたイチゴジュース。ひとくち飲んでみると、すり潰されたイチゴの果肉がたっぷりと入っていて甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
「とても美味しいですわ」
「良かった。おかわりも作れるから遠慮せずに飲んでね」
先ほどの言い合いで喉が渇いていたライラは、促されるままにごくごくとイチゴジュースを飲み干した。
少しだけ心も落ち着けたと思いながら、お礼を言おうとアウリスに視線を向けたが――
その瞬間に、ぐらっと視界が揺れる。
「アウリスさま……なぜ……」
後味に含まれていた、独特の甘さ。
それを感じながら、ライラは力が抜けてソファーに倒れ込んだ。
ぼやける視界の中に、アウリスが入り込む。
「ライラは、俺が看病をおろそかにしていたと怒っているんだろう?」
「え……」
「今度は、完璧にやり遂げるから。優しいライラなら許してくれるよね?」
アウリスは、何を言っているのだろう。
そんな疑問は一瞬だけ。
ライラはすぐに意識を失うのだった。
ライラは重いまぶたをなんとか上げて、目を覚ました。
全身が重くて動けないし、横になっているのに眩暈がする。
とても良い体調とは言えないけれど、誰かに抱きしめられていて少しだけ安心する。
ノアだろうかと一瞬だけ期待をしたけれど、ライラはすぐに状況を思い出した。
「思ったより早く目覚めたね。やっぱりライラには毒の耐性ができているのかな」
「…………」
「どうしたのライラ? 可愛い顔を見せておくれ。あぁそうか、毒で動けないんだね」
アウリスはライラの顎に触れると、ゆっくり顔を上げる。
彼の服しか視界に入っていなかったライラは、ここがベッドの中だと確認した。
どうやら毒を飲まされて気を失ったライラをアウリスがここまで運び、こうして一緒に寝ていたようだ。
何かされていないか心配になったけれど、身体は頑張っても動かせない。
「虚ろな目をしているね。声も出せないのかな?」
声は出せるかもしれないけれど、頑張ってまで出そうという気分にはなれない。
今はただ、こんなことをしてしまったアウリスのことが悲しくて仕方ない。
「今度こそ俺がライラを助けるからね。ライラは俺にすべてをゆだねてよ」
アウリスの言葉通り、それからは彼の献身的な看病が始まった。





