66 ノアとライラの関係5
箱の中に納められていたのは、ライラがシーグヴァルドと出会った際にお勧めしたお菓子だった。
「また食べたくなったから、ここへ来る途中で買ってきたんだ」
「ふふ、わたくしも久しぶりですわ」
高貴な身分の者達に出すお菓子としては見た目の豪華さにかけるけれど、味は一級品だと皆が誇るアルメーラ領の名産品だ。
まさかシーグヴァルドと一緒に、このお菓子を楽しむ日が来るとは思わず。彼との縁を感じながら、ライラはお菓子を頬張った。
「こちらのお茶とも、よく合いますわね。美味しいですわ」
「ライラなら、わかってくれると思っていたよ」
シーグヴァルドはじっくりと味わうようにお菓子を食べてから、ほうっと息を吐く。
それからライラに視線を向けた彼は、今まで見た中で一番の笑顔を向けてくれる。
「やっぱり、ライラと結婚したい」
しみじみとそう呟くシーグヴァルドは、本当にそう思っているよう。不意打ちのような発言を受け、ライラは意に反して顔が熱り出す。
「きっ……急にどうなさいましたの? シグはお菓子の趣味が合うお相手がお望みでして?」
「ライラ、顔が赤くなってる。これは脈ありと受け取って良い?」
「誤解ですわ! 驚いただけですの!」
政略結婚を迫っていると思っていた相手に、まっすぐな好意を寄せられて驚いただけ。
こういったことに免疫がないから動揺が顔に出てしまったのだと、ライラは混乱した頭で理由付ける。
「焦るライラも可愛い」
頬杖をついてライラを眺めるシーグヴァルド。完全に面白がられていると、ライラは恥ずかしくなる。
このままでは、シーグヴァルドのペースに呑まれてしまう。
落ち着きを取り戻すためにお茶を口にしてから、ふぅと息を吐いた。
「それよりも、そろそろ話してくださいませ。あまり遅いとオリヴェル様が心配してしまいますわ」
「残念。ライラともっと雑談したかったな」
本当に残念そうな顔をするシーグヴァルドは、表情の乏しさも相まって捨てられた子猫のように見えてしまう。
「もう少しなら」と思わず口にしてしまいそうな気持ちをぐっとこらえて、ライラは彼を見つめる。
シーグヴァルドは「どこから話そうか」と、呟いてからお茶を一口飲んだ。
「ライラは両親について、どこまで知っているの?」
「帝国から求婚の手紙がきていたことと、両親が国外視察で帝国の方に会ったことですわ」
その帰りに落石事故に遭った両親。それが本当に不幸な事故だったのか、人為的なものだったのか。
もし人為的なものだったなら、シグは関与したのだろうか。
そうであって欲しくないという気持ちからか、ライラは気がつけば両手を握りしめていた。
「そこまで調査していたんだ。ライラに嫌われたくないから先に言っておくけれど、あの件に俺は関わっていないよ」
それを聞いて、ライラは身体の力が抜けるのを感じた。
シーグヴァルドに殺人は似合わない。美味しいものを食べて喜んでいるほうが彼らしい。
支配力の塊である帝国人の言葉を鵜呑みにするのは愚かかもしれないけれど、ライラは彼を信じたい。
ライラがこくりとうなずくと、シーグヴァルドは話を続けた。
「帝国は何百年にも渡って精霊神の情報を蓄積してきた。現皇帝はその情報を元に、精霊神を帝国のものにしようとしていたんだ」
「ノア様を……?」
「結界の中で魔獣に怯えず暮らせる幸せが、どれほど貴重であるかライラにはわかる?」
この国はノアの結界によって魔獣の脅威から守られている。
国中の信者達はそれを日々感謝しながら生きているけれど、実際に魔獣を見たことがない信者達は、他国に比べてどれほどこの国が安全なのかは、想像することしかできない。
きっと魔獣の脅威に晒されている他国民のほうが、この国がどれほど幸福であるかを理解しているのだろう。
「……国の外は、それほどひどい状況ですの?」
「魔獣の襲撃によって、村が丸ごと消えることもある。魔獣に奪われた土地は、植物なども魔の影響を受けてしまう。ライラが盛られた毒も魔草から作られたものなんだ」
魔草から作られた毒だったため、ノアは解毒に力を使いすぎたのだろうか。
そう思いながらライラは、お菓子に手を伸ばしているシーグヴァルドを見つめる。
今のは重要機密に思えるけれど、彼はためらう様子もなく話してくれた。
ライラが毒を盛られたことについてはごく一部の者しか知らないので、それを知っている彼は叔母についても情報を持っているようだ。
聞きたいことは山ほどあるけれど、ライラは焦るなと自分に言い聞かせる。
「ノア様の結界を欲しい気持ちはわかりますが、わたくしとの結婚はどう関係しますの?」
「精霊神は、生贄となった王子の子孫から力を得ているんだよね?」





