64 ノアとライラの関係3
「俺はライラちゃんの気持ちを重視したかっただけで、結婚したくないと思っているわけではないよ!」
「そう……でしたのね……」
オリヴェルの迫力に押されて、ライラはぽかんとしてしまった。慌てるオリヴェルは珍しい。
するとオリヴェルは我に返ったように表情を変えると、突然笑い出す。
「驚かせちゃってごめんねライラちゃん! 俺、何を焦っているんだろう」
「ふふ。嫌われているのではないようで、安心いたしましたわ」
「嫌うはずないよ。ノア様とアウリスだって慎重に考えているだけで、拒否反応ではないと思うよ」
元気づけるように明るく振る舞うオリヴェルに対して、ライラは先ほどのノアを思い出して暗い気持ちになる。
「……ノア様には、はっきりとお断りされてしまいましたわ」
「ノア様は政略結婚をしたくないと言ったはずだよ?」
「えぇ、そうですわ」
それをはっきりと聞いたからこそ落ち込んでいるのに、オリヴェルはなぜ再確認するのだろうとライラは首を傾げる。するとオリヴェルは、いたずらでも仕掛けたような笑みを浮かべた。
「もしも、政略でなければ?」
「えっ……」
ノアは政略的に無理やり結婚させられるのが嫌だったと、オリヴェルは言いたいのだろうか。
ならば政略でなければ、違う答えが返ってきたというのか。
ライラは昨日の出来事を思い出して、再び顔が熱り始める。
「あ……あの……、ノア様はわたくしのことを?」
「俺は気になった点を指摘しただけだよ。答えはノア様に聞いてみたら?」
「そんなぁ……! オリヴェル様は答えをご存知だからこそ、そうおっしゃっているのではありませんの?」
「ライラちゃんも知っているだろう? ノア様に関しては守秘義務が課せられるんだ」
「聖職者同士なのに、意地悪ですわ!」
ライラが頬を膨らませて怒ると、オリヴェルは「ごめん、ごめん」と苦笑しながらライラの頭をなでる。
いつもはしないオリヴェルの行為に、ライラは再びぽかんと彼を見つめた。
「あっ、つい。今日は本当に変だよね、俺」
「いえ……」
ライラから顔をそむけたオリヴェル。彼の耳が赤くなっているのは気のせいだろうか。
何を思っているのか暗い庭をしばし見つめたオリヴェルは、再びライラに向き直った。
先ほどまでの高揚した雰囲気の彼は消え、真剣な表情でライラを見つめている。
「俺は、ライラちゃんがノア様のことを好きでいても構わないよ」
「え……?」
「政略結婚ってそういうものだろう? 俺はノア様とライラちゃんの役に立てられるなら、どんな立場でも良いんだ」
政略結婚について、完全に割り切っているような発言。
オリヴェルは目的のためならば、自分を犠牲にすることも辞さないようだ。
ノアに対する気持ちに気がついてしまったライラとしては、割り切った関係のほうがありがたい。けれど大切な友人であるオリヴェルに、そのような結婚はしてほしくない。
それは同様に、アウリスに対してもいえること。
ノアへの気持ちに気がついてしまったことで、二人との結婚も難しくなってしまったようだ。
けれどライラは国のために、誰かと結婚しなければならない。
結局ライラは、オリヴェルに明確な返事をすることができなかった。
二人でバルコニーに留まっているのも居心地が悪くなってきたので、夜会会場へ戻ろうかと話していると、会場の煌びやかな光を背にしたシーグヴァルドが。
「やっと見つけた。俺をもてなす夜会なのに、なぜこんなところで隠れているの?」
無表情でそう述べたシーグヴァルドだけれど、声色が柔らかいので怒っているわけではなさそう。
「申し訳ありませんわ、シグ。会場は少々、居心地が悪かったもので……」
「先ほど皆が注目していたね。貴方がマキラ公爵の次男?」
「はい。お初にお目にかかります、皇太子殿下。オリヴェル・マキラと申します」
オリヴェルが挨拶をすると、シーグヴァルドはじっくり観察するようにオリヴェルを見る。
好奇心というよりは、敵を見据えているような雰囲気だ。
それに動じることなく、オリヴェルは笑顔でそれを受け止めている。
「ライラはこういう男性が好みだったの? 俺とは雰囲気が違うから残念だな」
「えっ……、あの……秘密ですわ……」
「また秘密? もう少し俺に心を開いて欲しいな」
またも見透かしたような表情のシーグヴァルドは、ライラに触れようとしたけれど。
二人の間を割くようにオリヴェルが、ライラの前に立ちはだかった。
「ライラちゃんは恥ずかしがりなんです。俺が代わりにお答えいたしましょうか」
「ライラのことなら何でも知っていると言いたいの?」
「付き合いが長いもので、それなりに」
「へぇ。けれどオリヴェルは、何の権限があって皇太子である俺の邪魔をしているの?」
「ライラちゃんを守るのも、俺の仕事なもので」
二人とも一歩も引かない様子で、なぜだか険悪な雰囲気になっている。
似たような光景を、前日も見たような気がしてならないライラ。
(なぜシグが関わると、こうなってしまいますの!)





