62 ノアとライラの関係1
翌日、離宮には国王と、三つある公爵家の当主、そして当事者であるライラとオリヴェルが集まった。
ノアもこの場にはいるけれど、気軽に貴族の前に姿を見せるわけにはいかない。ノアが座っている一角は、布で間仕切りされている。
微かに透けて見える布の向こうからは幻術魔法による光が淡く見えており、まさに神が鎮座しているような雰囲気となっている。
「ライラ様も精霊神様とご一緒に、あちらへお座りくださいませ」
「わたくしは当事者ですもの、話し合いに参加させていただきますわ」
国王にそう勧められたけれど、昨日のことが頭から離れないライラはそそくさとオリヴェルの隣に腰を下ろす。
昨日は結局よく眠れなかったのに、布の向こうでノアと二人きりなど耐えられそうにない。
距離を開けることができてライラがほっとしていると、布の向こうからノアの声が聞こえてきた。
「ライラ、なぜ避ける……」
「さっ……、避けてなどおりませんわ」
「昨日も俺を置いて、一人で寝ただろう。俺のことが嫌いになったのか?」
(皆様の前で、なにをおっしゃいますの!?)
誤解を受けかねないノアの発言に、ライラは恥ずかしさのあまり固まってしまった。
事情を知らない国王とマキラ公爵ハールス公爵は、ぽかんとした顔でライラを見つめ、事情を知っているアウリスとオリヴェルは微妙な顔をライラに向ける。
全員の視線を受けたライラは頭が真っ白になったが、隣に座っているオリヴェルが小さく笑い声を漏らした。
「ライラちゃんが祈りながら眠りにつくと、ノア様はより多くの祈りを吸収することができるんです。そのためお二人はさらに効果を高める目的で、魔法陣の上で身体を休めることが多いそうですよ」
オリヴェルの説明を聞いた国王と公爵二人は、納得したように笑い合う。
どうやら誤解は解けたようなので、ライラはほっとしたように身体の力を抜いた。
「オリヴェル様、ご説明ありがとうございます」
「ノア様とライラちゃんの手助けをするのも俺の仕事だからね」
にこりとオリヴェルが微笑むと、それを見ていたマキラ公爵が大きくうなずく。
「これからは、夫婦として精霊神様をお支えするのもよろしいのではありませんか?」
「当主様、時間稼ぎとしての提案としては良いものでしたが、ライラちゃんの気持ちを第一に考えていただけませんか」
オリヴェルは、冷たい視線を父親に向けた。
彼は父親を当主と呼ぶ。昔からあまり馬が合わなかったようだけれど、二人の関係が悪化したのはオリヴェルが離宮に仕える聖職者になると決めた時だと、ライラは聞いている。
離宮に仕える聖職者は基本的に結婚しないので、それを理由に猛反対されたのだとか。
それでも近年は関係が少し改善されたと話してくれていたけれど、今回の件が引き金でまた二人の関係が悪くなってほしくない。
昨日は結婚についてまで話し合う時間がなかったけれど、オリヴェルはあまり乗り気ではないように見える。
今回の件は、ライラから断ったほうがオリヴェルのためなのかもしれないと思った。
オリヴェルの発言により、話し合いはライラに多くの選択肢を与えられるよう意見を出し合うところから始まった。
ライラの結婚相手を家柄の良い侯爵家にまで範囲を広げることで、候補を増やすことは可能なようだ。
「ライラちゃんはこの中に、親しい令息はいないの?」
オリヴェルにそう問われて、書きだされた名前を眺めたライラ。
ライラはすでに二十歳なので、同年代は結婚している人がほとんど。そのため候補も年下が多い。
「年下の令息と交流を持つ機会があまりありませんでしたので……。それに皆様にも婚約者がいらっしゃるのではありませんこと?」
この国の王族貴族は婚約が早い。十歳までにはほとんどの令嬢令息に婚約者がいる。この候補に出ている令息達にもきっと婚約者がいるはずだ。
「今回は国の一大事ゆえ、ライラ様を優先いたします。婚約破棄された令嬢には、我が孫の側妃として迎えることをお約束いたしましょう」
国王はそう提案するが、ライラは複雑な気分になる。
ここに名を挙げられた令息達のほとんどは政略的な婚約だろうけれど、ライラとアウリスのように幼い頃から相手と信頼関係を築いてきたことだろう。
結婚を目前にして婚約破棄される辛さは、ライラもよく知っている。
「他の令嬢の婚約者を奪うようなことはしたくありませんわ……」
「そうなりますと、やはり息子しか候補がおりませんな。後妻となることに抵抗がなければ、もう少し範囲を広げられますが」
マキラ公爵が腕を組んで悩んでいる横で、ハールス公爵が思いついたようにアウリスへ視線を向ける。
「後妻といえばアウリス殿下はいかがですか? オルガ夫人があのようになってしまったので離婚は当然です。ライラ様はアルメーラ家の女主人の役目を果たしておられるのですから、お二人のご関係は今でも良好なのでしょう?」





