55 ノアと三年後3
「……そんな!」
オルガと叔父が失踪して三年。ずっと見つけられずにいたのは、帝国で皇太子と結婚していたからだというのか。
この国の王子であるアウリスと結婚しておきながら、正当な手続きもせずに他国で結婚するなど、非常識にもほどがある。
オルガは望んで結婚したのか、それとも何か理由があるのか。
「オルガお義姉様はなんとおっしゃっていましたの?」
アウリスをソファーに座らせ、ライラも隣に腰を下ろしてからそう尋ねると、アウリスは気持ちを立て直すように大きく息を吐いてからライラに視線を移した。
「取り乱してしまってごめんね。オルガは、俺と上手くいっていなかったことや、国民から非難を浴びている状況に耐えられなかったみたいだよ」
「それで王宮から逃げ出しましたの? お辛い状況だったのでしょうけれど、正当な手続きもせずに帝国の皇太子妃になるなんて……」
アウリスは王子なのだから、ただの夫婦間の問題ではすまされない。国同士の友好関係にヒビが入る大問題だ。
こんな横暴なやり方を帝国がしてくるとは、この国は完全に侮られている。
精霊神の存在によって配慮を見せていた帝国だけれど、方針を変えるつもりなのだろうかとライラは心配になった。
「オルガがしたことは非難に値するけれど、俺もライラに対して正当な手順を無視して傷つけてしまったんだ、自業自得だよ……。それに俺は、ライラを優先する言動を度々おこなってきたし、オルガの出産後も傍にいなかったんだ。そこを指摘されてしまえば、正当性は皇太子側にあると第三者は思うだろう」
「けれど、お義姉様の出産直後に領地へ来られたのはお祭りの準備のためでしたし、お義姉様のご提案でしたのでしょう?」
「そうなんだけど、事実だけを見ると俺に非があるよ。オルガの態度が急変したのは、あちら側の策略だったんだろうね。完全にしてやられたよ……」
(この三年間で領地の状況も落ち着き、アウリス様の評判も良くなっていたのに)
確かにアウリスは、ライラに対して似たような裏切りをしたけれど、彼はそのあやまちを償おうとこれまで努力をしてきた。
やっと世間的にも認められてきたというのに、彼はいつまで苦しめられるのだろう。
複雑な気持ちで、うなだれているアウリスを見つめていると、オリヴェルがアウリスの向かい側に腰を下ろした。
「それで、皇太子が訪問した目的はなんなの? まさか本当に、ライラちゃんを見たいってだけではないんだよね?」
「うん……。息子を……、エリアスを渡してほしいと言われたんだ」
アウリスは悔しそうに、膝を強く握りしめる。
三歳となったエリアスを、アウリスは本当に可愛がって育ててきたので無理もない。
エリアスも、アウリスに懐いているというのに。
「三年も音沙汰がなかったのに、今さら引き取りたいなんて勝手すぎますわ!」
「オルガとは初めから上手くいっていなかったから、彼女の自由にしたら良いよ。けれど、息子を渡すつもりはない。ライラだって、アルメーラ家の跡取りがいなくなったら困るだろう? これ以上、ライラの信頼を失いたくないんだ!」
ものすごく焦っている様子のアウリスは、息子よりも跡取りの心配をしているよう。
いつのまにか跡取りを育てなければという重圧が、アウリスにかかってしまっていたのかもしれない。
けれどライラとしては、跡取り問題よりもエリアスの将来を心配してあげて欲しい。
「跡取りを心配してくださるのはありがたいですけれど、エリの将来を一番に考えてあげてくださいませ。どちらと暮らしたほうが彼にとって幸せなのか、お義姉様とよく話し合うべきですわ」
「もし……エリがいなくなっても、ライラは女主人を続けてくれるの?」
「……えぇ。お義兄様お一人に、公爵家をお任せするのは無責任ですもの。わたくしもお手伝いいたしますわ」
どうしてエリアスの問題からライラの女主人の話に変わるのだろうと、疑問を持ちつつもそう答えたライラ。
ライラの意思を確認したアウリスは、安心したように微笑みを浮かべる。
「そうだね、エリの幸せを一番に考えてあげなければね」
(公爵家を一人で背負うことが、負担だったのかしら……?)
ライラの疑問をよそに、まるで問題が解決したかのように晴れやかな表情となったアウリスは、ライラをエスコートして王宮へと向かうのだった。
王宮へと到着したライラとアウリスは、晩餐会が始まる前に皇太子夫婦の元へと向かった。
オルガと顔を合わせるのは気が進まないけれど、帝国の皇太子に挨拶しないわけにもいかない。
廊下を歩きながらライラは、先ほどは話題に出なかった皇太子についても聞いておくことにした。
「お義兄様、シーグヴァルド殿下はどのような方でしたの?」
「一言でいうと、『何を考えているのか、わからない人』かな。これまで帝国に対しては、対抗できるだけの武力や精霊神様のお力があれば良かったけれど、彼が皇帝になったらそうもいかなくなりそうだよ……」
他国の王子妃を盗み取り、三年間も隠し通してきた人物だ。アウリスが最もその脅威を感じているのかもしれない。
今まではノアの存在のおかげで友好関係を築いてきたけれど、これからはもっと帝国を注視しなければならないようだ。
(わたくしもノア様の代理として、しっかりと務めを果たさなければ!)
帝国の圧力に怯まないよう、気合を入れて部屋へと入ったライラ。
しかし皇太子の姿を目にしたライラは、入れたばかりの気合が一気に抜けたのだった。
「え……、シグ!?」
「久しぶり、ライラ」





