54 ノアと三年後2
ライラが公爵邸に戻るといつも嬉しそうに迎えてくれるアウリスだけれど、今日はなぜだか顔色が優れないよう。
「どうかなさいましたの? アウリスお義兄様」
「実は俺とライラに、王宮から招待状がきたんだ……」
一通の手紙をライラに渡したアウリスは、険しい表情でライラの向かい側に腰を下ろす。
その様子を不思議に思いながらも、ライラは手紙を読むことにした。
手紙に書かれていた内容は、近々帝国の皇太子夫婦が国を訪問するというもの。歓迎の晩餐会などが開かれるのでアウリスにはアルメーラ公爵家の代表として、ライラには精霊神の代理として出席してほしい書かれていた。
「こちらの招待状に何か問題でもありますの?」
「帝国の皇族が我が国を訪れるのは珍しいから気になってね……。できればライラには欠席してほしいんだけど」
「アウリスが、ライラちゃんをエスコートする機会を断念するとは珍しいね」
ライラの横で話を聞いていたオリヴェルも、いつもとは様子の違うアウリスが気になっているようだ。
「オリヴェルも知っているだろう?帝国と我が国の友好関係はうわべだけのものだ。今回の訪問には何か企みがあるのかもしれない」
「まぁアウリスの心配もわかるけど、帝国にだけライラちゃんを紹介しないのも問題になると思うよ」
近年、ライラが精霊神と並び立つ存在となったことを知った近隣諸国は、物珍しさからよくこの国を訪れるようになっていた。
今までノアを他国の人間に見せることは決してなかったので、他国は神の片鱗を見たがっているのだ。
わざわざ帝国から皇太子が来るのも、同じ理由だろうとライラは思った。
「そうですわ、お義兄様。いらぬ波風を立てる必要はありませんわよ。わたくしは今回も、ノア様の代理として出席させていただきますわ」
心配しないでと微笑んで見せると、アウリスは困ったようにノアに視線を向ける。
「人間同士の問題に俺が干渉すべきではないが、ライラの身に危険が及べばいつでも助けるつもりだ。外交的な部分はアウリスが対処すれば良いだろう」
「精霊神様がそうおっしゃられるのでしたら……。ライラ、少しでも身の危険を感じたらすぐにでも精霊神様に助けを願うんだよ」
いつものアウリスなら、「俺がライラを守るから」と胸を張って言いそうなものだけれど、相手が帝国の皇太子ともなると、アウリスが取れる行動にも限界があるのかもしれない。
帝国はこの大陸の半分を掌握するほどの大国で、この国の近隣諸国も今では帝国の属国となっている。精霊神によって守られているこの国を、帝国は一定の敬意を表し今まで攻め入ることはなかった。
だからといって、帝国とこの国は対等ではない。精霊神の存在によって成り立っている危うい友好関係は、ちょっとした摩擦で崩れるかもしれないのだ。
この国の切り札とも言える精霊神、それに繋がる存在のライラ。アウリスは国の平和のために、ライラを隠しておきたいのかもしれない。
そうは思ったけれど、それにしても今日のアウリスの様子はおかしかったと、ライラは不思議に思うのだった。
それから数週間後、ライラは離宮で晩餐会へ出席するための準備を整えていた。
「ライラ様、とてもお美しいですわ」
「準備を整えてくれてありがとう」
メイドにお礼を述べながら、ライラはまたも鏡とにらめっこをしていた。
どうみても、美しいというよりは可愛いと表現したほうがしっくりくる見た目。
どうにかして大人っぽく見せたいライラは、毎回そのようにドレスを注文しているはずなのに。
なぜか出来上がってくるドレスは、いつも絵に描いたような可愛らしい精霊を連想させるデザイン。
誰かがライラの注文を改ざんしているのではと、疑ってしまう。
ノアは見た目にこだわらない性格のようだし、アウリスかオリヴェルだろうかと思っていると、オリヴェルがライラの元へとやってきた。
「ライラちゃん今日も可愛いね! 俺のお嫁さんにならない?」
「おい、オリヴェル……。何年このくだりをやらせるつもりだ。いい加減に諦めろ」
「こんなに可愛いライラちゃんに求婚しないなんて失礼かと思いまして。ノア様もたまには求婚してみたらいかがですか?」
「…………」
どうやらオリヴェルにとって求婚は挨拶みたいなもののようだ。
そんな彼がわざわざドレスの注文を改ざんするとは思えない。やはり犯人はアウリスだろうかとライラが目星をつけていると、アウリスも部屋へと入ってきた。
けれど、いつもとろけたような顔で褒めてくれるアウリスが、表情を硬くしてライラ達に目を向ける。
「アウリスお義兄様……?」
「先ほど皇太子夫婦にご挨拶してきたんだけど……」
そこで言葉を詰まらせたアウリスは、ふらっとよろけながら額に手を当てる。
「お義兄様!」
慌ててライラが駆け寄ってアウリスを支えると、彼は蒼白の顔をライラに向けて呟いた。
「オルガが、皇太子妃になっていた……」





