53 ノアと三年後1
それから月日は流れ、三年後。
神殿内にある自室にて身支度を整えたライラは、鏡とにらめっこをしていた。
「ふくれっ面で何をしているんだ?」
「わたくし、ノア様に助けられてから四年ほど経ちますのに、大人びた様子がまるで見られないのですもの……」
ライラは二十歳になったというのに、十六歳になる直前でノアに助けられた頃からまるで容姿が変わっていない。
アウリスとオリヴェルは二十五歳となり、より一層大人の魅力が出てきているし、赤ん坊だったエリアスは三歳となり大きな成長を遂げている。
ライラの時間だけが止まってしまったように感じられてしまう。
不満げに鏡を眺めていると、ノアは一緒に鏡を覗き込みながらライラに抱きついた。
「俺を見てみろ、千歳を超えてこの容姿だ。ライラが大人の魅力を手に入れるには、後千年必要ということだな」
ノアも初めて出会った頃と変わらず二十代前半くらいにしか見えない。最近ではアウリスとオリヴェルのほうが年上に見えるほどだ。
種を飲んだことで、ノアと同じだけの命を与えられたライラ。始めは寿命が延びたという漠然とした認識でしかなかったけれど、四年経過したことで少しだけ人間との差を感じるようになっていた。
出かける準備を整えたライラを、ノアは手馴れた動作で抱き上げる。今の暮らしが定着してからは、日課となりつつある行為だ。
「もう……ノア様ったら、毎回運んでくださらなくても大丈夫ですわよ」
「働きに行く前に森を歩いたら疲れるだろう」
ノアはライラを抱き上げたまますたすたと神殿を出ると、コスモス畑の中を歩いて行く。ノアが四年前の誕生日に咲かせてくれたコスモスは、未だに満開の状態を維持している。きっとノアがこの状態を操作してくれているのだろう。
オリヴェルの言葉を借りるなら、ノアの『従者愛』は今も変わることなくライラへと注がれている。
「ライラ、先ほどのことだが」
「先ほど?」
「ライラの容姿が十六歳のままでも、俺は気にしない。俺にとっては今も変わらず、最も大切な存在だ」
「ふふ、嬉しいですわ。わたくしも、ノア様のことが一番大切ですわよ」
ノアの首にぎゅっと抱きつくと、ノアもライラを抱きかかえている腕に力を込める。
求めれば必ず返してくれるノアの気持ちが、すごく嬉しい。
ノアと出会った頃のライラは、それまでアウリスから揺らぐことのない愛を受けて育ってきたので、男女の恋愛感情についてはかなり疎かった。
けれど、この四年間でいろいろな出来事があり、少しはそういった感情もわかるようになってきたライラ。
ノアは遠まわしな言葉しか口にしないけれど、ライラを特別視していることはわかる。
それがオリヴェルのいう『従者愛』なのか、それとも別の感情なのか。そこまではまだ確信を持てないけれど、愛されているという自覚だけはライラの心に芽生えていた。
聖域の森を抜けたライラとノアは、そこから瞬間移動で公爵邸へと移動した。
ライラはこの三年間、公爵邸で女主人の役目を果たしている。あの日アウリスが願ったことを、ノアは叶えてくれたのだ。
オルガが戻るまでという条件だったけれど、オルガも叔父も未だに行方不明。
今ではすっかりとライラの仕事となってしまっているので、こうして神殿と公爵邸を行き来する日々を送っていた。
「お帰りなさいませ。精霊神様、ライラ様」
公爵邸内にある精霊神聖堂へ瞬間移動すると、オリヴェルや聖職者達が出迎えてくれるのはいつものこと。
アウリスの提案通り公爵邸の一部はノアの領域となり、今は離宮に仕えていた聖職者達が管理をしている。
ノアとライラは公爵邸に住まいを移したことになっているけれど、実際はこうして神殿から公爵邸に通う生活を送っている。それを知っているのは、ここにいる聖職者達とアウリスだけ。
「ただいま戻りましたわ。オリヴェル様、公爵邸に変わりはありませんかしら?」
「公爵邸は変わりないけれど、アウリスが後で話したいことがあると言っていたよ」
いつものように、ライラが不在だった間の連絡を伝えてくれるオリヴェル。
オリヴェルとは三年前に、王宮内で噂される関係となってしまったけれど、あの噂は未だに消えていないらしい。
公爵邸にいるぶんにはそんな噂も聞こえてこないので、ライラは平穏に暮らしているけれど。
邸内でライラが朝食を食べ終えると、アウリスがやってきた。
二十五歳となった彼は、子持ちとは思えないほどの色気を手に入れており、今では後妻に収まりたい貴族令嬢がわんさかいるそうだ。
結婚当時は世間からの風当たりが強かったアウリス。けれど地道に公爵家を立て直し、失踪した妻を待ち続けている彼の印象が回復するには時間がかからなかったようだ。
世間的には一途な印象のアウリスだけれど、オルガが失踪して一年後に、「エリの母親になってくれないかな?」と、ライラは彼から提案されていた。
女主人になってほしいと提案された時と同じような雰囲気で、オリヴェルとノアがいる前で。
ライラは丁重にお断りしたけれど、アウリスも受け入れてくれるとは思っていなかったのか、その後も関係が崩れることなく義兄妹を続けている。
ライラが公爵邸に戻るといつも嬉しそうに迎えてくれるアウリスだけれど、今日はなぜだか顔色が優れないよう。
「どうかなさいましたの?アウリスお義兄様」
「実は俺とライラに、王宮から招待状がきたんだ……」





