51 ノアがいない場所3
廊下へ出たライラは、息を吐いた。
ここ数週間でモヤモヤしていたアウリスとの関係は、改善できたような気がするけれど。
(また手紙の件を聞きそびれてしまったわ)
父の隠し部屋で見つけた、『ライラ・アルメーラ嬢を、妃に迎えたい』と書かれていた手紙。
アウリスは差出人が誰か調べてくれると言っていたけれど、あれ以来なんの音沙汰もない。
お祭りの準備や、今はオルガの失踪の件で忙しいのかもしれないけれど。
叔母や両親にも関わることなのかもしれないので、ライラはずっと気になっていた。
(アウリス様はエリに目を向ける余裕もなかったようだもの。もう少し落ち着いてから聞いた方が良いわね)
そんなことを思いながら離宮へと繋がる庭を歩いていると、向こう側からオリヴェルの姿が。
ライラを呼びながら駆け寄ってくるオリヴェルに、ライラは首を傾げた。
「オリヴェル様、どうなさいましたの?」
「ライラちゃんの帰りが遅くてノア様が心配していたから、俺が様子を見に来たんだ」
どうやらアウリスとのやり取りで、いつもより帰りが遅くなってしまったようだ。
「申し訳ありませんでしたわ。アウリス様と話し合いをしていたもので……」
「アウリスと何かあったの?」
アウリスが子供に興味を持てずにいたことや、ライラに対する態度が過剰だったことを話すとオリヴェルはため息を吐いてからライラに微笑みかける。
「ライラちゃんはほんとしっかりしているというか、俺達の出る幕がないというか……」
「これはアルメーラ家の問題ですもの。オリヴェル様に頼るのは申し訳ないですわ」
「俺は、なんでも頼ってほしいけどね。――ただ、アウリスの様子が変になったのは別にオルガがきっかけではないと思うよ」
「……え?」
「単に今まではノア様が一緒にいたから、アウリスも自制していただけだよ」
そう言われてみるとノアの従者になって以来、アウリスと二人きりになったのはエリアスの様子を見にいった時だけ。
義兄として適切な距離を取ると提案してくれた彼は、今まで我慢をしてきたのだろうか。
二人きりでいる時の距離感が、アウリスが望んでいるものならば疑問が湧いてしまう。
「どうしてなのかしら……。アウリス様はオルガお義姉様を選んだというのに」
離宮で再開した時の彼は、良い関係のままライラを看取りたいという気持ちだったのだろう。けれど状況を理解して何ヵ月も経つのに、いつまでもライラに執着する意味がわからない。
幼い頃から接してきたアウリスとライラの間には、簡単には割り切れない感情があるけれど。ならばどうしてオルガを選んだのかという思いが、どうしても浮かんでしまう。
「ねぇ、もしもの話だけれど。オルガがこのまま戻ってこなかったら、ライラちゃんはどうする?」
「……どういう意味ですの?」
「この国では結婚相手が失踪した場合、一年見つからなければ離婚手続きができる。アウリスがその選択をしたら、ライラちゃんはアウリスと結婚できるんだよ」
「アウリス様と……」
オリヴェルはいたずらに期待させるだけの言葉を口にするような人ではない。彼はオルガがもう戻ってこないと確信しているのだろうか。
「ライラちゃんの気持ち次第では、俺も協力を惜しまないよ」
一度は諦めたアウリスとの結婚。それが一年後には叶うかもしれない。
ライラが望めばアウリスは受け入れてくれる気がする。もしそうなれば、アルメーラ家を安定させることもできるのではないか。
けれど――
そんな未来に対して、ライラの心はどうしてか揺れ動かない。あれほど望んでいたことなのに。
「……わたくしは、ノア様の従者を辞めるつもりはありませんわ」
「そっか。ひと時の思い出としてノア様も許してくれると思ったけれど、ライラちゃんにその気がないなら仕方ないね」
「思い出?」
何の話だろうとライラは思ったけれど、オリヴェルはそれに対して答えてはくれなかった。
それから半年ほど経ったある日。ライラとオリヴェルは、エリアスの部屋を訪れていた。
あの日以来、エリアスに会う際は必ずオリヴェルがついてきてくれるようになっていた。そのおかげもあり、アウリスは元のように義兄として振る舞っている。
育児の方も順調なようで、会うたびに嬉しそうな顔でエリアスの成長を話してくれるアウリス。
「最近は、ハイハイも少しできるようになってきたんだ」
慣れた様子でエリアスを構っているアウリスは、普段から接していることを伺える。
乳母もあれ以来、ライラに毎日来て欲しいと願わなくなったので、アウリスはしっかりと息子の面倒を見ているようだ。
「アウリスもすっかり父親だね」
「これも二人が遊びに来てくれるおかげだよ。俺一人では挫折していたかも」
「お義兄様は頑張っていらっしゃいますわ。お父様に愛されてエリも幸せですわね」
貴族や王族は乳母に子育てを任せきりという場合も少なくない中で、アウリスは本当に頑張っている。
ライラが労うと、アウリスは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってくれると嬉しいな。実は今日、ライラにお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。エリも元気そうだしそろそろ領地へ戻ろうと思っているんだけど、ライラも女主人として一緒に住んでくれないかな?」
思わぬお願いにライラが驚いている横で、オリヴェルが鋭い視線をアウリスに向けた。





