49 ノアがいない場所1
ライラの叔父とオルガが失踪したと知らせを受けてから数週間後、ライラは王宮のとある部屋に向かっていた。
いつもなら四六時中ノアがライラの横にいるけれど、ノアが王宮を訪れる際は廊下を人払いしなければならない。最近は頻繁に王宮を訪れているので、申し訳ないけれどノアには離宮で留守番してもらっている。
部屋の前へ到着したライラが扉をノックすると、赤ん坊を抱きかかえた女性が出迎えてくれた。
「ライラ様お待ちしておりました。どうぞ、お入りくださいませ」
女性の挨拶と共に、赤ん坊が「あー、あー」とライラに向けて手を伸ばす。
「ごきげんよう。ふふ、エリは今日も元気ですわね」
「エリアス坊ちゃまは、ライラ様にお会いしたかったようですわ」
部屋に入ると、女性はエリアスをライラに預けてお茶の準備を始める。
この女性は、アウリスとオルガの子であるエリアスの乳母。アウリスの乳母だった女性の娘でもあるので、ライラも幼い頃から親しくさせてもらっていた。
けれど彼女はライラの子供の乳母になるべく人生設計をしてきたので、今の状況は申し訳なく感じているライラ。
彼女は急遽、オルガの子供の乳母となってくれたけれど、彼女が仕えるべきオルガもまだ王宮へ戻ってきていない。
オルガはエリアスを出産してから一ヶ月ほどで、叔父と共に失踪してしまった。
二人が消えた理由はまだわかっていない。叔母の処刑時にオルガ親子は、平民から殺意を向けられたそうなので、誰かに拉致された可能性もある。また、オルガはアウリスとの関係に不満を抱いていたそうなので、自ら王宮を出て逃げたした可能性もあるようだ。
どちらにせよ王宮の厳しい警備を潜り抜けての失踪だったため、王宮内に手引きした者がいる可能性が高い。今はそのあぶり出しと、オルガの捜索で王宮内は忙しいようだ。
生まれたばかりのエリアスは、母親と離れ離れになってしまったままの状態。
乳母の彼女も心細いようなので、ライラは頻繁に様子を見にきていた。
オルガからも「甥として可愛がって欲しい」と伝えられたが、今にして思えばこうなることを予期していたのではと思えてしまう。
ならば、オルガは自ら王宮を出たのだろうか。ライラがそう考えていると、お茶の準備を終えた乳母がライラの向かい側に腰を下ろした。
「あの……、ライラ様は最近お忙しいのでしょうか……」
「特に忙しくありませんわよ? どうかなさいまして?」
下を向いたままそう尋ねてきた乳母。どうしたのだろうかとライラが首を傾げながら返事をすると、彼女は不安そうな顔をライラに向ける。
「もしご迷惑でなければ、エリアス坊ちゃまにお会いになられる日を増やしていただけませんか……。できれば毎日……」
「何か理由がありますの?」
「ライラ様がお見えにならなければ、エリアス坊ちゃまを気にかける方がおられないのです。これではあまりにも坊ちゃまがお可哀そうで……」
ライラは抱いているエリアスを見下ろした。この子は残念ながら、多くの人からの祝福を受けて生まれてはいない。
アルメーラ家の信用は回復しつつあるようだけれど、そもそもアルメーラ家の信用を落としたのは叔母とオルガなので、親戚からは印象が悪い。
「親戚は仕方ないけれど……。アウリス様はいらっしゃるのですわよね?」
「それが……、アウリス殿下はライラ様がお見えになる時しか――」
乳母がそう言いかけた時、部屋の扉をノックする音が。
気まずそうに立ち上がった乳母が扉を開けにいくと、アウリスが部屋へと入ってきた。
「ライラもいたんだね。俺もちょうど仕事がひと段落ついたから、赤ん坊の様子を見に来たんだ」
アウリスがライラの隣に腰を下ろすと、乳母はお茶を用意してから部屋を出ていってしまった。
話の途中だったけれど、仕方ない。
二人きりになると、アウリスは赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「ライラに抱かれて気持ちよさそうに寝ているね」
「えぇ。エリは可愛いですわね」
甥とはいえ、これまでの経緯を考えるとエリアスを受け入れるまでには時間がかかると思っていたライラ。
けれど、生まれたばかりなのに辛い境遇に遭っている甥を目にして、これまでの経緯よりも甥を手助けしたいという気持ちの方が勝った。
オルガの言う通り、この子にはなんの罪もないのだから。
ライラがこうして気にかけていれば、使用人達から侮られる心配も減るはず。できれば乳母が願ったように、毎日様子を見にきてあげられたら良いけれど――
「本当に可愛いね」
アウリスが幸せそうな顔でライラの頭をなでたので、ライラはびくりと身体を震わせた。
「……アウリス様、なでる相手をお間違えではありませんこと? エリはこちらですわよ」
「間違っていないよ。赤ん坊を抱いているライラが可愛いんだから」





