48 オルガと叔父の失踪2
◆オルガ視点です
『このままでは、アウリス様のお心が持ちませんわ。ほら、目を閉じてわたくしを抱いてみてくださいませ。元気だった頃のライラを思い出せますわ』
『……ライラ』
ライラの体調悪化と共に気鬱になっていくアウリスは、驚くほど容易くオルガの慰めに反応してくれた。ライラの部屋から出るたび、現実を忘れるためにオルガの元へ足を運ぶアウリス。
そしてあの日、とうとうアウリスはオルガの誘いに乗ってくれた。
抱かれている間ずっと「ライラ」と呼ばれていたのは屈辱的だったけれど、子供さえできればアウリスはオルガに振り向いてくれると思っていた。
けれど、現実はそうではなかった。
子供ができたと伝えた時は、崩れ落ちるように床に手をついたアウリス。
『責任は取るから……。どうかライラには言わないでくれ、頼む……』
『……何よそれ! いい加減に現実を見たらいかがですの! いずれライラは死ぬし、アウリス様はわたくしと結婚する運命ですのよ! 大切にしなければならない相手を間違えないでくださいませ!』
『わかってる……。けれど、ライラに負担をかけたくないんだ。君にとっても大切な義妹だろう?』
初めこそ心配もしたが、死にゆく存在であるのにいつまでもアウリスの心を離さないライラが憎くて仕方ない。
けれど母の話では、ライラは後数ヶ月の命。母から、短気を起こさず結婚式を挙げるまでは辛抱しろと指示されていたのを思い出したオルガは、表情を緩めてアウリスの手を取った。
『お立ちくださいませ、アウリス様。わたくし、少し言い過ぎましたわ。アウリス様にとってもライラは家族同然ですものね。これからも二人でライラを支えてまいりましょう』
『ありがとう、オルガ。君はやっぱりライラみたいに優しいね』
けれどアウリスとの仲は、この時が最高潮だった。
約束通りにアウリスは責任を取る形でオルガと婚約してくれたが、貴族の反応は冷ややかを通り越して怒りに満ちている者が多く。
アウリスと共に出席した夜会では、たびたびアウリスやライラの友人にひどい言葉を投げつけられ、結婚式もひどいものだった。
幾度となくアウリスに助けを求めたけれど、アウリスはため息をついては当たり障りのない言葉でなだめるだけ。
そしてライラが精霊神に助けられ、母が犯罪を犯したことが発覚してからは、明らかにアウリスはオルガをぞんざいに扱うようになった。
母の指示通りに動いていただけなのに、何もかもが上手くいかず。
夫となったアウリスは、いつまでもライラしか見ていない。
しかも、これまでアウリスの気持ちを尊重してきたにも関わらず、アウリスは母の処刑を回避してくれなかった。
母が話したように、王子と結婚して公爵夫人となり、幸せな人生を歩むために頑張ってきたというのに。
得たものといえば、国民から殺意を向けられる公爵家と、誰からも愛されずに生まれる子供だけ。
失ったもののほうが遥かに多い。
浅はかな計画を立てた母が憎い。自分を見てくれないアウリスが憎い。そして、いつまでもアウリスに愛されているライラが憎い。
こんなにも辛い状況で子供を出産しなければならないことが、苦痛でならなかったオルガ。
けれど、皇太子シーグヴァルドの手紙によって、状況は一変した。
『これまで虐げられ続けてきた貴女を救うためにも、皇太子妃として迎えたい』
ついに自分を救ってくれる存在が現れたのだ。
それも、この大陸の半分を掌握している北の帝国。その皇太子が自分を妃にと望んでいる。
小国の守護神であるノアと並び立つ存在となったライラよりも、よほど価値のある地位だと思えたオルガ。
もうアウリスなんていらない。皇太子と結婚して、今まで自分を蔑んできたやつらを見返してやろうと決意した。
それからはシーグヴァルドの指示で、アウリスを油断させることに励んだオルガ。
母の処刑以来、顔も合わせていなかったアウリスとの仲を改善して、ライラと交流することにも理解を示した。
ちょうど領地でお祭りの準備をしていたので、アウリスを領地へ追いやりオルガは着々と準備を進めてきたのだ。
そして今日、ついに借りの住まいとなっていた王城から抜け出したオルガと父。
もうすぐシーグヴァルドに会えると思うと、オルガはどうしようもなく幸せな気持ちでいっぱいになった。
「あちらです! あちらでシーグヴァルド殿下がお待ちです!」
王都を抜けた林の中で、そう叫んでから馬の速度を緩めたローブの男。
父もそれにならって馬の速度を落としたので、オルガはやっと父にしがみついていた腕を緩めた。
馬から下ろしてもらってから、ローブの男に準備されていた馬車へと案内される。
「お待たせいたしましたシーグヴァルド殿下、オルガ・アルメーラ嬢をお連れいたしました」
男がそう声をかけてから馬車の扉を開けると、一人の男性が馬車から降りてくる。
夜空の星のように美しい銀髪を持つ、アウリスに勝るとも劣らない美青年。
オルガは挨拶も忘れて見惚れてしまった。
「貴女がオルガ?」
「……はいっ! お初にお目にかかりますシーグヴァルド殿下」
「出産して間もないのに無理をさせてしまったね。宿までもう少しかかるけど平気?」
「大丈夫ですわ……」
優しく支えながら馬車に乗せてくれるシーグヴァルドに、オルガはときめいてしまった。
アウリスにもこんなに優しくしてもらったことはない。あんな夫から逃げ出してきて正解だった。
今後は幸せな生活が待っているのだろうと心躍らせるオルガ。
そんな彼女に向けて、シーグヴァルドは箱を差し出す。
「馬に揺られて疲れたでしょ。甘いものでもどう?」
「まぁ! 何かしら? 開けてみても?」
無表情でこくりとうなずくシーグヴァルド。表情に乏しいようだけれど、そこがまた神秘的。
そんな彼は、どんな珍しいお菓子を持ってきてくれたのだろうと、期待しながら箱を開けたオルガは表情をこわばらせる。
「まぁ……、アルメーラ領名物のお菓子ですわね」
「旅の途中で食べたお菓子の中で、一番美味しかったから」
「そうですの……」
確かにこのお菓子は美味しいけれど、平民でも気軽に買えるお菓子を持ってくるなんてありえない。
期待した分ものすごくがっかりしたオルガは、箱のふたを閉じて曖昧に笑うのだった。
その後、深夜に馬で移動して疲れたオルガは、すぐに馬車の穏やかな揺れが気持ちよくて眠りについた。
それを向かい側から見ていたシーグヴァルド。
オルガの寝顔を見ながら、ため息を吐いた。
「従姉妹なのにあの子とは随分と違うんだね……。がっかり」





