47 オルガと叔父の失踪1
◆オルガ視点です
オルガ視点に興味のない方は、読み飛ばしていただいても差し支えありません。
オルガは父が手綱を握る馬に乗せられ、父に思い切りしがみついていた。馬は全力疾走で夜道を駆けている。振り落とされでもしたら、大変なことになってしまう。
二人の前後にも馬に乗った者が一人ずつ。黒いローブに黒い布で顔を隠した男達だ。
その者達の手引きで、オルガと叔父は先ほど王宮を抜け出してきたばかり。
「お父様ぁ~! もっとゆっくりと走ってくださいませ! わたくしは体調が万全ではありませんのよ!」
馬が走る振動で具合が悪くなってきたオルガ。出産後の体調もやっと良くなってきたのに、これでは身体に悪影響だ。
父に文句を並べ立てると、父は前方を駆けている馬に向けて叫んでくれた。
「娘は出産したばかりなんだ! もう少し労わってくれ!」
「申し訳ありませんが、もう少しだけご辛抱を! 王都の外れに馬車をご用意しております! そちらにシーグヴァルド殿下が迎えに来られているはずですから!」
「まぁ! 殿下が!?」
それを聞いたオルガは、具合悪さも忘れて瞳を輝かせた。
『不幸な自分を救ってくれる存在』、北に広がる帝国の皇太子シーグヴァルド。
オルガは出産前に、彼から手紙をもらっていた。
その手紙には、母の出生に関する秘密が書かれていたのだ。
母は先帝と平民との間に生まれた婚外子だったという。卑しい身分の子として皇族とは認められず、帝国から追放された母。帝国の属国である公国にて、密かに先帝の援助を受けながら育った。
その後、父と出会い結婚を望むも、アルメーラ公爵家は母が皇族の血を引いていると知り、二人は勘当同然の結婚をする羽目になったようだ。
『今まで隠していて済まなかった。母さんは不幸な生い立ちのせいで、あのような犯罪を犯してしまったんだ。私達だけでも許してやろうじゃないか』
手紙を読んだオルガに、父はそう謝罪した。
けれどそんな謝罪で、今までの質素な暮らしが報われるわけでもないし、国民から非難を浴びている現状が改善されるわけでもない。
それにオルガ自身は、母に対して恨む気持ちがあった。
父が公爵の地位を引き継ぐために家族そろって公爵邸へと引っ越した後、ライラの体調が悪くなってから母はこう告げたのだ。
『使用人には可哀そうで告げられないけれど、お医者様の話だとライラは死に至る病らしいわ』
『そんな……、せっかく妹ができたのに……』
『オルガ、あなたはこれからライラの代わりに公爵家を継ぐ者として、ライラから全てを奪ってしまうことになるわ』
『わたくしが……?』
『えぇ、そうよ。財産も婚約者も全てあなたが引き継ぐのよ。きっとライラはあなたを恨むわ。あの子はそういう子だもの』
『そんな……、わたくしのせいではないのに……』
『そう、あなたは何も悪くないわ。ライラの逆恨みに負けては駄目よ。これからはあなたがアルメーラ家の公爵令嬢なのだから、堂々としていなさい。いずれは王子と結婚して、公爵夫人になるのよ』
公爵令嬢、王子と結婚、公爵夫人。
貴族であるにも関わらず質素な暮らしをしてきたオルガにとっては、夢物語のような言葉が母の口から紡がれた。
母の言うことは正しい。母に従っていればいつも間違いがない。
母の期待に応えるためにも、オルガはその日からライラとの交流を止めた。
それからしばらくして、アウリスがライラのお見舞いにやってきた。
ライラの両親の葬儀では、ずっとライラに寄り添っていたアウリス。あの時は挨拶をする機会もなく。
改めて目の前に現れたアウリスは、この国では高貴な者の象徴とされている金髪と青い瞳を持つ美しい男性だった。
絵に描いたような王子と出会い、一目惚れをしたオルガ。この王子が自分の結婚相手となるのかと思うと、幸運な気持ちでいっぱいになった。
けれど公爵家の血を引いているにも関わらず黒髪のオルガは、どう考えても金髪と青い瞳を持つライラのほうがアウリスの隣に相応しいと感じてまい。この時、初めてライラに嫉妬心を覚えたのだった。
その後は、アウリスとの仲を深めることに全力を注いだオルガ。
『君とライラは容姿が違うのに、どことなく雰囲気が似ているね。従姉妹同士だし、体形も似ているからかな?』
『ふふ、新しくできた妹と似ていると言われるのは嬉しいわ』
本当はオルガとライラとでは、性格など全く似ていない。母に言われ、ライラのような雰囲気を真似ただけのこと。体形が似ているのも幸いした。
『ライラも元気な頃は君みたいに健康的にふっくらしていたのに……。あの頃のライラを忘れてしまいそうで怖い……』
『ライラはきっと良くなりますわ。それまでわたくしを、ライラの代わりにしてもよろしいのですのよ』
『俺はそんなつもりでは……』





