46 ノアとお祭り6
お祭りも無事に終わり、数日後。
ライラはお祭りの事後処理などで公爵邸に留まっていたけれど、今日はやっと王都へ帰れることとなった。
ずっとお祭りの準備などで忙しく、ゆっくりと過ごす暇がなかったライラ。
今日くらいはと、早起きをして散歩することにした。
メイドを一人連れて、公爵邸の庭へと足を踏み入れたライラ。母が好きだったこの庭は、庭師が今でも綺麗に手入れしてくれているようだ。
生命力にあふれた植物達は、朝日を浴びて光り輝いている。まるでノアの髪の毛のように美しい。
「こちらの葉をご覧くださいませ、ライラお嬢様。まるでお嬢様のお美しい髪の毛のようですわ」
「ふふ。わたくしも今、精霊神様の髪の毛のようだと思っていたところよ」
「まぁ! 本当に精霊神様も、お嬢様のような髪の毛でいらっしゃいますのね」
うっとりとノアの姿を想像しているような様子のメイド。
ノアはずっとライラと一緒に公爵邸へ滞在していたけれど、髪色を幻術魔法で変えていたので、残念ながらメイド達は本当のノアの姿を知らない。
それどころかノアはメイド達に要注意人物とみなされているので、まさか精霊神本人だとは思いもしていないだろう。
「お嬢様が、王都へ帰られると寂しくなりますわ。どうかまた、公爵邸へお帰りくださいませ」
「えぇ。精霊神様の従者にはなったけれど、わたくしがアルメーラ家の人間であることには変わりないわ。これからも公爵邸をよろしくお願いね」
「……正直に申しますと、初めは悔しい気持ちでいっぱいでしたが、お嬢様が若旦那様と接するお姿を拝見して、わたくし共も考えが変わりましたわ。これからも精神誠意お仕えさせていただきたく存じます」
アウリスも領地で上手くいっていなかったと吐露していたように、公爵邸の使用人達もいろいろな思いでいたようだ。
ライラがアウリスと普通に接することで使用人達の意識を変えられたのなら、公爵令嬢としての義務は果たせたのかもしれない。
「あら、噂をすれば……」
メイドの声に釣られてライラも同じ方向に視線を向けると、庭の入り口にアウリスの姿が。
アウリスがにこやかにライラの元へやって来るのと同時に、メイドはライラから距離を置いて控える。
「おはようライラ。今日も良い天気になりそうだね」
「おはようございます、アウリスお義兄様。お義兄様もお散歩ですの?」
「実はライラがここにいるのが窓から見えてね。ノア様と一緒にいないのは珍しいと思って」
「ふふ、ノア様ならあちらにいらっしゃいますわ」
ライラは公爵邸のとある窓に向けて手を振ると、ノアが窓越しに手を挙げるのが見える。
朝食時まではライラに会いに行ってはいけないことになっているノアは、大人しく客室で過ごしているようだ。
きっと後で「俺は駄目で、アウリスは食事前に会っても良いのか」と文句を言うところまで想像できたライラは、くすりと笑みをこぼした。
「やはり二人きりにはなれないか……」
ぽつりと呟くアウリス。ライラが首を傾げると、アウリスは「気にしないで」と微笑む。
「それよりライラに、お願いがあるんだけど……」
「何ですの?」
「バザーの販売では俺が一位だっただろう?デートは断念したけれど、やっぱりご褒美がほしくて……」
ライラの反応を伺うように見つめながら、そう告げたアウリス。
今までアウリスにこんなお願いをされたのは初めてなので、ライラは思わずぽかんとアウリスを見つめる。
するとアウリスは焦ったように言葉を続けた。
「ごめんライラ……! 俺、何を言っているんだろう……。今のは忘れて」
アウリスは慌ててこの場を立ち去ろうとしたので、ライラは「待ってくださいませ!」と引き留める。
「あの……意外だったもので、黙ってしまい申し訳ありませんわ。わたくしがおこなっても問題ない内容でしたら大丈夫ですわよ」
「ありがとうライラ。実はその……、俺が領地のために頑張っていると少しでも思ってくれるなら、ライラに褒めてほしくて……」
自信がなさそうにそう打ち明けたアウリス。
ライラがお祭りの主催をするまで、アウリスは領地運営でも肩身の狭い思いをしてきたらしい。それでも頻繁に領地を訪れては頑張っていたと、ライラは父の元側近から聞いている。
彼はアルメーラ家の信用を落とした一端でもあるけれど、それを償おうと努力を続けていることはライラも感じている。犯罪者が出た家の信用を取り戻すのが、容易ではないことも。
ライラが褒めることで、アウリスがこれからも頑張れるというのなら、アルメーラ家の人間として彼を誉めても良いのではと思えた。
「お義兄様は十分に、アルメーラ家を立て直そうと頑張っておられますわ。ありがとうございます。これからも陰ながら見守らせていただきますわね」
にこりと微笑みながらライラがそう伝えると、アウリスはがくりと下を向いた。
「ありがとうライラ……。俺、これからも頑張るよ……」
「だから、見捨てないで」と最後に呟いたアウリスの言葉は、ライラの耳には届かなかった。
なぜならその呟きを掻き消すように、庭の入り口から叫び声が聞こえてきたのだ。
二人がそちらに視線をむけると、血相を変えたアウリスの従者がこちらへ走り寄って来る。
「アウリス殿下! 大変です!!」
「こんな朝早くにどうした?」
二人の元へ到着した従者は、息を整えてから深刻な表情でアウリスを見据えた。
「殿下、お気を確かにお持ちください。奥様と、そのお父上様が失踪されました」
(オルガお義姉様と、叔父様が……?)





