44 ノアとお祭り4
思わず変な声を出してしまったライラ。気を取り直して「こほんっ」と小さく咳払いをしてから、彼女達に微笑みかけた。
「ノア様とオリヴェル様は離宮に仕える聖職者ですわ」
離宮に仕える聖職者は基本的に結婚しないことは、彼女達なら常識として知っているはず。
なぜそのような質問をするのかと遠まわしに尋ねてみると、彼女達は身を乗り出してきた。
「だからこそです! ライラ様は、神殿で精霊神様のお世話をされるのですもの。守秘義務の関係上、ライラ様の夫となれるのは離宮に仕える聖職者以外にありえません」
お世話といっても、神殿でライラがすることといえば掃除とお茶をいれるくらい。その他の時間はノアに世話を焼かれていることのほうが多いように思う。
とてもじゃないが、そんなことは信者には言えないけれど。そんな事情も含めて確かに、ノアに関しては守秘しなければならないことばかり。
いつのまにか結婚相手に関して制限ができていたのだと、ライラは今更ながら気がついた。
今はノアと一緒の毎日が楽しいので、結婚など考えていないけれど。
もし結婚するとなると、ノアと過ごす時間が減ってしまう。
(それは嫌だわ……)
漠然と、そんな思いだけがライラの心には浮かぶ。
考え込んでしまったライラの様子を目にした彼女達は、声を潜めてもう一度ライラに尋ねる。
「それともライラ様は、精霊神様の花嫁候補でいらっしゃるのですか?」
その声を聞いて、ライラの考えごとは中断された。
そして彼女達の意図をやっと理解する。本当に尋ねたかったのは、こちらだったのだろう。
緊張した面持ちで、ライラの発言を待っている彼女達。
ライラはにこりと微笑みを返した。
「ふふ、わたくしは精霊神様と同じだけの寿命を与えられましたけれど、肉体は人間ですのよ。ノア様の花嫁だなんて恐れ多いですわ」
もしノアが誰かと結婚するとなれば、神話や聖書に追記されるであろう重大な出来事だ。
それを誰よりも早く知りたいというのは、信者としては当然の好奇心だろう。
(気持ちはわかるけれど、的外れな考えだわ)
そう思いつつも神と同等の存在となったライラは、もしかしたら候補の末席くらいにはという思いが浮かぶ。
ライラもノアの信者。それも、世間に知れ渡るほどの熱心な信者だ。
もしそんなことが起きれば身に余る光栄だけれど、さすがに夢を見すぎだとライラは心の中で笑うのだった。
彼女達とのデートを終えてカフェを出ると、待ち構えるようにノアはカフェ店の前に立っていた。
次はノアとデートすることになっている。
待ちきれなくて迎えにきたのか、それともライラが心配になったのか。
過保護であり好奇心旺盛な彼はどちらの理由でここにいるのだろうと思いながら、ライラが「ノア様お待たせいたしましたわ」と声をかける。
「暗くなってきたので迎えにきた。早く行こう」
どうやら、どちらもだったようだ。
ライラは彼女達に別れの挨拶をしてから、ノアと一緒に広場へに向かって歩き始める。何となく彼女達の視線が気になったので、通りを曲がってからノアと手を繋いだ。
「ノア様お待たせいたしましたわ。どこか行かれたい場所はありまして?」
「来る途中でアイス屋を見つけた。まずはあれを食おう」
ノアは、また食べたいほどアイスが気に入ったようだ。
ライラはスイーツを食べたばかりだけれど、イチゴアイスは別腹。ノアの提案には即賛同するのだった。
案内されて到着するとノアは、ライラにイチゴアイス、自分用には店主からおすすめを聞いてチョコアイスを注文し、お金を支払ってくれた。
「ありがとうございますノア様。ずいぶんと手馴れた様子でしたわね」
「今日のバザーで見た、客を真似てみた」
どうやらノアは、バザーの販売を通して物の売り買いのコツを覚えたようだ。
成人祝いのネックレスを選んでもらった時は、ライラが代わりに会計を済ませたが、短期間でノアが成長したようで何だか嬉しくなる。
椅子代わりの木箱に腰を下ろした二人。ライラは早速アイスを口に運び始めたけれど、隣ではノアがアイスを見つめたまま黙っている。
どうしたのだろう?と首を傾げたライラ。
「ノア様、早く食べなければ溶けてしまいますわよ?」
「先ほどオリヴェルから聞いたのだが……、デートではお互いの食べ物を食べさせ合うそうだ。ライラも先ほどの娘達と、食べさせ合っていたのか?」
「必ずそうするとは限りませんけれど……」
オリヴェルの偏った情報に惑わされているようだけれど、ノアの表情は真剣そのもの。
もしかしてそれを実行するつもりで、アイスを食べようと誘ってくれたのだろうか。
いつも寝起きに、問答無用でライラの口にイチゴを放り込むノア。だけれどライラのほうからノアに食べさせたことは、一度もなかったなと思い返す。
「ノア様、こちらのアイス店のイチゴアイスも美味しいですわよ。お味見してくださいませ」
イチゴアイスをすくってノアに食べさせてみると、ノアの真剣な表情は見る見るうちに溶けて笑顔になる。
男性には失礼かもしれないけれど、『可愛い』とライラは思ってしまった。
「美味いな。ライラも味見するか?店主のお勧めだそうだ」
「いただきますわ」
ノアはデートらしいデートをするために、オリヴェルから情報を仕入れてきたのだろうか。ただ単にお祭りを一緒に見学したかったのではなかったようだ。
ならばライラも、デートをデートらしく楽しみたいという気持ちが湧いてきた。





