42 ノアとお祭り2
ノアはそう宣言しつつも、勝負にも参加するようだ。多く売り上げるにはどうしたらよいのか、他の人達に聞きながら準備を始めている。
これまでノアは人に干渉しない生活を送ってきたけれど元来、人と接することは好きなのかもしれない。
アウリスのことも意外と受け入れている部分があるのに、ならばもっと離宮に仕える聖職者とも交流したら良いのに。
オリヴェル以外の聖職者と距離があるのはなぜだろうと、ライラは不思議に思った。
バザーも始まり、自分の仕事がひと段落ついたライラは、販売を頑張ってくれている皆に差し入れでも買ってこようと思い立った。
「ノア様、わたくしは皆様への差し入れを買ってまいりますわ」
「一人では危険だ、俺も行こう」
「この容姿ならわたくしだと気がつかれませんもの、大丈夫ですわ。販売を抜けたら皆様に負けてしまいますわよ」
冗談交じりにそう諭すと、ノアは本気で勝負に挑んでいるのか険しい表情で辺りを見回す。
バザーは大盛況なので、少しでも抜けると売り上げに大きな差が開きそうだ。
「困ったことがあれば、あの時のように心の中で俺を呼べ。すぐに行くから」
「わかりましたわ。では、行ってまいりますわね」
アルメーラ領は、子供達だけでお祭りに来られるほど治安が良い。
それに幸い今はお祭りの仮装をしているので、貴族だと思わることもないだろう。
ノアの心配には感謝しつつも、呼ぶことはないと思いながらライラはバザー会場を出た。
広場の露店を見て回りながら、ライラは何種類かのお菓子を購入していく。
どれも美味しそうなお菓子ばかりなので、気がつけば両手いっぱいに紙袋を抱えることになってしまった。
ふらふら人を避けながら精霊神聖堂へ向かっていたけれど、慣れないことをしているので人にぶつかってしまったライラ。
「きゃっ!」
ぶつかった反動で後ろに倒れそうになる。
けれど、ぶつかった相手がライラの背中に腕をまわし、ライラの腕から零れ落ちそうになった紙袋も支えてくれた。
「大丈夫?」
「はい……」
洗練された動きに圧倒されながらも、相手の顔を見上げたライラ。
助けてくれたのは銀髪に青空のような瞳を持つ、端整な顔立ちの男性だった。歳はアウリスと同じくらいに見える。
彼は何の感情もないような表情で、ライラを見つめている。
「ぶつかってしまい申し訳ありませんでしたわ。お怪我はございませんか?」
「うん。貴女のほうこそ、大荷物を抱えて大丈夫?」
「はい、すぐ近くですので。そうだわ、お詫びにお一ついかがかしら?」
ライラはぶつかってしまったお詫びとして、紙袋の中からお菓子を一つ取り出して彼へ手渡した。
彼は、手に乗せられたお菓子を無表情で見つめている。
(もしかして貴族なのかしら?露店のお菓子を差し上げるのは失礼だったかしら……)
けれどこのお菓子はライラが毎年買うほど、気に入っているもの。
貴族でも美味しく召し上がれるはずだと思いながら「そちらは……」と説明しようとしたライラだけれど。
彼はライラに視線を移して、わずかに微笑んだ。
「ありがとう、こうして人から物をもらうのは初めてだ」
「そちらは、このお祭りで人気のお菓子ですのよ」
彼は紙袋を開けてその場でお菓子を一口食べると「美味い」と、また小さく微笑む。
表情に乏しい性格のようだけれど、わずかに喜ぶ表情が可愛いなと思いながらライラは微笑んだ。
「では、失礼いたしますわ」
ライラがこの場を去ろうと挨拶をすると、「まって」と彼が引き留める。
「はい?」
「お菓子のお礼に、荷物を運んであげる」
「ふふ、お詫びのお礼だなんておかしいわ」
「荷物を持つのは、ただの口実。本当はもう少しだけ、貴女と話したくて。俺は旅の途中なんだ、この辺の名産でも教えてくれないかな」
「そういうことでしたら」
ふらふら歩いているとまた誰かにぶつかってしまいそうなので、荷物を持ってもらえるのはありがたい。
ライラはお礼に、アルメーラ領の名産品を彼に教えながら精霊神聖堂へと戻ることにした。
聖堂の近くまでたどり着くと、彼はライラに荷物を返しながらまた小さく微笑む。
「ありがとう、これから大切な人を迎えにいくんだ。良い土産を渡せそうだ」
「お役に立てられて良かったですわ。荷物も運んでくださりありがとうございます」
「貴女とはまた会えたら良いな。名前を聞いても良い? 俺はシグ」
「ライラですわ」
「そう。ライラ、またね」
「ふふ、またいつかお会いできましたら。シグ」
バザー会場へ戻ったライラの元へ、ノア達三人がやってきた。少し遅くなってしまったのだろうか、三人とも少し心配そうな顔をしている。
「ライラ遅かったな」
「申し訳ありませんわノア様。道で出会った方に領地の名産を聞かれまして」
事情を説明すると、三人は露骨に顔を曇らせる。そしてオリヴェルが口を開いた。
「ライラちゃん……、それナンパっていうんじゃないの……」





