41 ノアとお祭り1
ライラの両親のお墓参りから約一ヶ月後。
先行して公爵邸にて準備を進めていたライラの元に、アウリスがやってきた。オルガの出産後に合流するとは聞いていたけれど、出産の知らせがあってから十日ほどで来たことにライラは少し驚いた。
「お姉様のご出産おめでとうございます、お義兄様」
「ありがとう……、ライラに祝ってもらえるとは思っていなかったら、……感謝するよ」
応接室にてお茶を飲みながらお祝いを述べると、アウリスは少し嬉しそうに微笑んだ。
自分達の関係上、アウリスがそう思っていたのも理解できるが、ライラとしてはもう割り切れている。それにアルメーラ家に子供が生まれるのは喜ばしいことだ。
「お姉様とお子様のご様子はいかがでして?」
「母子共に元気だよ。子供は俺に似ていないのが少し残念だったけれど、オルガと同じ黒髪の可愛い男の子なんだ」
「そうですの。もう少し王都でゆっくりしていらしてもよろしかったですのよ」
「それがオルガに、ライラばかりに準備を任せるなと追い立てられてね。母親の処刑前後は荒れていたけれど、最近は人が変わったように俺やライラに気を遣ってくれるんだ」
「母親になると、考え方も変わるのかもしれませんわね」
「そうだね。ライラにもオルガから言伝があるんだ」
「わたくしに?」
ライラが首をかしげると、アウリスは真剣な表情で続ける。
「自分達の間にはわだかまりがあるかもしれないけれど、息子に罪はないので甥として可愛がってほしい。って」
オルガは子供の将来を心配しているのだろうか。
ライラとアウリスの関係は、成人の儀でなんとか収拾はついたようだけれど、アルメーラ家の印象はそこまで良くないのだろう。ライラもお祭りの準備を通して、何となくそのことには気がついていた。
精霊神聖堂でマルコが『人口の減少があった』と話していたのは、そういうことのように思う。
ノアの従者となったライラが甥を可愛がれば、それだけでアルメーラ家の印象は良くなるはず。
ライラとしては、アルメーラ家や領地がこのまま衰退していくのは本意ではない。
ノアにとってもアルメーラ家は重要な存在なので、協力できることはするつもりだ。
「もちろんですわ。王都へ戻ったら可愛い甥っ子を紹介してくださいませ」
ライラがにこりと微笑むと、アウリスは「ライラの負担にならないよう俺も努力するから」と頭をさげた。
それからお祭りの準備は進み、ついにお祭り当日がやってきた。
広場を囲むようにびっしりと並んだ露店は、今年は広場だけでは収まりきらずに大通りにまで数多く並んでいる。
そして大通りや広場を埋めるほどの人々が、お祭りを楽しむために集まっていた。
人々は老若男女問わず、精霊に扮した格好をしている者が多い。
特に今年は、精霊神の従者となったライラが主催ということで、領民も気合が入っているようだ。
「これよりアルメーラ領、精霊祭りを開催いたしますわ!」
ライラがお祭り開催の宣言をおこなうと、集まった人々からは盛大な拍手と歓声があがった。
後は皆が楽しんでくれるだけ。
ライラはこれまでの準備期間を思い出しながら、無事に開催できたことにほっとしつつ微笑んだ。
母が残した書類や覚え書きがあれば大丈夫だと思っていたライラ。
けれど資材を発注しようと思った業者が領地から撤退していたり、いつも手伝ってくれる貴族が消極的だったりと、全てが順調に進んだわけではなかった。
それでも開催できたのは、ここにいる領民の『お祭りを楽しみたい』という熱意があったからこそだと思う。
今年は例年よりも領民と協力しあったお祭りとなり、ライラは感謝している。
精霊神聖堂へ移動したライラは、衣装をお祭り用のものに着替えて、精霊を模した羽を背負い花冠を頭にのせた。
騒ぎになるといけないので、ノアに髪色も変えてもらう。
「ライラちゃん可愛いね!今すぐ俺のお嫁さんにならない?」
「おい、オリヴェル。貴様は何度命日を作りたいんだ?」
いつものようにじゃれ合っているオリヴェルとノア。オリヴェルは今日の手伝いで、わざわざ王都から来てくれている。
その横でアウリスが、ライラに向けて微笑んだ。
「本当に可愛いよライラ。オリヴェルみたいなのが大勢現れないか、義兄としては心配だな」
「ふふ、お義兄様ったら。このような冗談を言うのはオリヴェル様くらいだわ」
このような冗談を他の人に言われたことは今まで一度もない。今更心配するなんて、兄になると心配性なるのだろうかと思いながらライラは微笑む。
そこへ、ノアとじゃれ終わったらしいオリヴェルが、再びライラに視線を向けた。
「それよりもさ、今日は皆で勝負をしない?」
「なんの勝負ですの?」
「バザーで一番多く売り上げた人が、ライラちゃんと一時間だけデートできるっていうのはどうかな?」
精霊神聖堂では毎年チャリティバザーをおこない、孤児院に寄付をしている。ライラ達はこれからその手伝いをするためにここへ集まっているのだ。
オリヴェルの提案を聞いたアウリスは、眉間にシワを寄せてオリヴェルを見る。
「君さ……、俺に言ったことを忘れてない?」
「忘れてないけど? ライラちゃんとデートしたいのは誰もが思う感情だろう? 別に特別じゃないよ」
「あの……、それは言い過ぎだと思いますわオリヴェル様……」
常識のように言われても困ると思いながらオリヴェルをみると、「それはどうかな」とオリヴェルはにやりと笑みをライラに向ける。
それからバザーの手伝いで集まっている人たちに向けて、オリヴェルは叫んだ。
「皆ー! バザーで一番多く売り上げた人と、ライラ様が一時間デートしてくれるってー!」
「オリヴェル様ぁ~……」
ライラは慌てるも、集まっていた人達は一気に湧き立つ。
「貴族じゃなくても良いんですか!?」「あの、女性でもよろしいですか?」次々にあがる質問に、オリヴェルは「もちろん!」と了承していく。
「これで士気もあがったようだね。売り上げが楽しみだよ」
「なるほど……、こうして士気をあげるのですわね」
ライラが納得しているとアウリスが「ライラ騙されないで……」とため息をつく。
義兄は心配なようだけれど、そういうことならライラに異存はない。
「ということで、ノア様も良いですよね?」
声を潜めてオリヴェルが伺いを立てると、ノアは渋い顔で呟いた。
「その後、俺もライラとデートするからな」





