39 ノアと領地へ7
馬車で街へとやってきた四人。窓の外を眺めていたライラは、いつもとは少し雰囲気が違うことに気がついた。
王都から隣国までを結ぶ街道沿いにあるこの街は、いつもならもっと活気にあふれているはずだけれど。心なしか寂し気な雰囲気が漂っており、閉まっている店もちらほら見受けられる。
今日は休店が多い日だっただろうかと思っていると、馬車は精霊神聖堂の前に到着した。
「これはこれは、皆様よくお越しくださいました!」
「お久しぶりです、マルコ師。お約束通り、ライラ様をお連れしましたよ」
聖堂の前で出迎えてくれたのは、この精霊神聖堂を管理している聖職者のマルコ師。精霊神に仕える聖職者達は、信者を導く立場から『師』と敬称がつけられる。
ライラも所属は離宮に仕える聖職者なので『師』となるはずだけれど、なぜかオリヴェルは『様』と呼んだ。
これは貴族同士で『様』と呼び合うのとは意味合いが違う。ノアと同列の『様』ではなかろうかと、ライラは複雑な気分にる。
「おひさしぶりですわ、マルコ師」
「再びお会いすることができて光栄でございますライラ様。まるで聖書から飛び出したようなお姿になられて。もう気軽にお嬢様とは呼べませんな」
ライラは幼い頃から足しげく聖堂に通っていたので、マルコとは顔見知り。熱心に通う子供は珍しいと、昔から可愛がってもらっている。
「見た目は変わりましたけれど、神様になったわけではありませんわ。今まで通りにお呼びくださいませ」
「いやいや。精霊神様と同じだけの寿命を与えられたライラ様は、人間と同列視などできません。お姿を拝見できただけでも、奇跡みたいなものでございますよ」
「ふふ、マルコ師ったらおおげさですわ」
残念ながら簡単には、ライラに対する認識を変えてもらえないようだ。
気を取り直して聖堂内へ入ったライラは、精霊神の像がまつられている祭壇へと向かった。
精霊神の像を見上げたライラは、ノア本人とはあまり似ていないと改めて感じた。羽が生えているという特徴は同じだけれど、像の精霊神はどちらかというと中年の男性に見えるし、本人のような麗しさはあまりない。
「ライラはどちらの俺が好みだ?」
「慣れ親しんだ精霊神様は像のほうですが、やはりご本人には叶いませんわ」
「そうか」
耳元でこっそりと問いかけるノアにライラがそう答えると、ノアは気分よさげな表情で像に祈りを捧げ始める。
精霊神が精霊神に祈りを捧げるという不可思議な現象に、三人はぽかんとした表情でそれを見守った。
どうやらノアは、離宮に仕える聖職者をしっかりと演じるつもりのようだ。
ノアのことは自由奔放という認識でいたライラ。しかし成人の儀での振る舞いもそうだったけれど、彼は意外と臨機応変に対応できるようだ。
普段のライラに対する態度は、実は甘えているのかもしれないと思った。
精霊神の像に祈りを捧げた後、オリヴェルがマルコに成人の儀について話して聞かせたが。神の如く褒めたたえるので、ライラは耳を塞ぎたくなった。
このような調子で国民に知れ渡ってしまえば、いよいよライラは神話の世界の人になってしまいそう。
ライラはさっさと成人の儀の話題を切り上げるために、違う話題を振ることにした。
「ところで最近の領地の様子はいかがでして? 領主が変わったことで不便はないかしら?」
「えぇ。多少人口の減少はございましたが……、アウリス殿下が積極的に領地運営の補佐をされているとか。領民を代表してお礼申し上げます」
マルコはアウリスに向けて深々と頭をさげたけれど、アウリスは何ともいえない表情で少しだけ微笑むにとどめた。
アウリスにしては珍しい態度だとライラが感じていると、マルコは再びライラに向き直る。
「ですが領民は、今年も祭りが開催されないようで残念に思っております」
それを聞いたライラは、はっと思い出した。去年は両親が亡くなったので喪に服すため中止になったと聞いている。
その後アルメーラ家がごたごたしてしまったので、すっかり頭から抜けてしまっていた。
「そうでしたわね。そろそろ準備を始めなければならない時期ですわ」
「そういえばライラも毎年手伝っていたよね。あのお祭りは、公爵家で主催していたのかい?」
尋ねるアウリスにライラはうなずく。
「えぇ。正確には代々公爵夫人が主催しておりますの。けれど今年は……」
叔母は亡くなったし、オルガは出産間近。主催できる公爵家の女性はライラしかいない。
けれどライラが主催すると、オルガが良く思わない可能性がある。
どうしたものかと考えを巡らせているライラの表情を見て取ったアウリスは、優しく微笑んだ。
「ライラは主催できそうなのかい?」
「毎年お母様の様子を見ておりましたし、主催内容を記した書類のありかは存じておりますわ」
「それなら今年は俺に教えながら主催してくれないかな。もちろんオルガが了承したらの話になるけれど」
「わたくしは構いませんけれど、お義姉様がもうすぐ出産されるのによろしいですの?」
「俺は家族と思われていないから……」
聞き取れないほど小さく呟いたアウリスは、気を取り直すように微笑む。
「その辺りも王都へ帰ってから調整してみるね。もしかしたら時期がずれるかもしれないけれど、なるべく開催する方向で話し合ってみるよ。――ライラ様にお願いしても、離宮側に問題はございませんか?」
アウリスはノアに視線をむける。最近のアウリスは、必ずノアに伺いを立てることにしたようだ。
「領民は大切にしたほうが良い」とノアからの了承も得たので、開催の方向で調整がおこなわれることとなった。





