03 変わる環境3
「ライラ、どうして……」
「ごめんなさい、アウリス様……。元気になろうと思っておりますのに、体が言うことを聞かなくて……」
「いや、大丈夫だよ。焦らずゆっくりと治していこう」
今回もアウリスは三日ほど滞在しライラの看病をすると、ライラはまた少し回復の兆しを見せた。
しかし、アウリスが王都へ帰っている間にどういうわけか、ライラの体調は悪くなってしまう。
四回目の訪問で、アウリスはとうとうため息を付いた。
「どうしてなんだライラ。俺が看病している間は回復していくのに、なぜすぐに元に戻ってしまうんだ……」
「ごめんなさい……。わたくしも元気になろうと頑張ってはいるのですが……」
忙しい公務の合間を縫って公爵領まで何度も来てもらうのは、ライラとしても心苦しい。
けれど、どう頑張っても体調は元に戻ってくれないのだ。
「きっと、アウリス殿下に甘えているのですわ。お食事だって、甘えてお母様が作ったスープばかり口にしているそうですもの」
従姉妹のオルガは困った妹だと言いたげに、ため息をつく。
オルガとは顔を合わせる機会がめっきり減ったライラだが、アウリスが訪問する際はオルガもライラの部屋を訪れる事が増えてきていた。
「ライラ、食事はしっかりと食べなければ治るものも治らないよ。俺が看病している時は残さず食べているじゃないか」
「はい……」
決してアウリスに甘えているわけではなかった。
けれど実際に、アウリスに食べさせてもらう食事は美味しく食べられるのに、一人での食事は叔母が作ってくれたスープ以外はなかなか喉を通らなかった。
しょんぼりと下を向くライラを見たオルガは、気分を変えるようにアウリスの顔を覗き込む。
「あまりライラを疲れさせてはいけませんわ。アウリス殿下、サロンでお茶でもいただきましょう」
「そうだね……。ライラ、また後で様子を見にくるからゆっくりお眠り」
優しく微笑みながらライラの額に口づけたアウリスは、名残惜しそうにライラの部屋を後にした。
その後もアウリスは足しげくライラの見舞いにやってきたが、そのたびにライラは屋根裏部屋から自室に移動させられるという落ち着かない生活を送っていた。
衰弱も激しく、ついにはアウリスが食べさせても食事が喉を通らない状況に。
アウリスは何度も王都から医者を連れてきたが、誰も原因を突き止めることはできず、単なる栄養失調だと結論づけられた。
「ライラ……、また痩せたね……」
会うたびアウリスに悲しそうな視線を向けられるのは、ライラも辛かった。
前みたいに優しい彼の笑顔が見たい。
そう思ってはいても、今の自分に彼を笑顔にさせる術は持ち合わせていない。
いっそ見舞いに来ないでと言えたら、彼の辛さを取ってあげられただろうが、ライラにはその一言を告げる勇気がなかった。
それを告げてしまえば、もう一生アウリスには会えないのではないかとさえ思えていたのだ。
けれど、ライラには最後の希望があった。
もうすぐライラは十六歳となり、この国での成人を迎える。
成人後すぐにアウリスと結婚して、彼は公爵邸に住んでくれる予定になっていた。
(アウリス様が毎日一緒にいてくれたら、少しずつでも体調が良くなるかもしれないわ)
神話にも生贄となったユリウス王子が、精神を病んだアルメーラ家の娘を救い出すという話が載っている。
自分の境遇と神話を重ねても仕方がないけれど、アウリスは神話の王子のように優しい。
「もしかしたら」と淡い期待を抱いてしまうほどに、ライラの衰弱は進んでいた。
ライラが寝込んで半年が経ち、十六歳の誕生日を一ヶ月後に控えたある日。
久しぶりに叔父が王都から帰ってきて、アウリスとオルガを連れてライラの部屋へとやってきた。
その三人を見た瞬間に、ライラは全てを悟った。
叔父は申し訳なさそうな顔をしているが、話を聞く前に全てを理解してしまえるほどに、オルガは幸せそうな顔でアウリスに寄り添っている。
アウリスはライラを見てくれない。
「ライラ、落ち着いて聞いて欲しい」
そう切り出した叔父の話はライラが想像していた通り、アウリスとオルガの結婚を告げるものだった。
王家との話し合いの結果、『公爵家存続のためには健康な娘との結婚が望ましい』となったようだ。
王命による婚約者の変更は、ライラが口を挟めるものではなく。
ただ受け入れるしかなかった。
叔父の話しが終わると、アウリスは「ライラと二人だけで話がしたい」と叔父とオルガを退室させる。
二人きりになって、アウリスはようやくライラに視線を向けた。
「ライラ……、このような結果となってしまい申し訳ないと思っている。君との結婚をずっと待ち望んでいたけれど……」
アウリスは顔を歪ませると、もう一人では起き上がることもできない身体となってしまったライラに向かって、覆い被さるようにして抱きついた。
「ライラが生きている限りは、俺の心はライラのものだ……。それだけは忘れないでくれ!」
一度も見たことがなかったアウリスの涙。
ライラは嫌でも、自分の寿命が残りわずかであることを思い知らされた。
「わたくしはアウリス様の婚約者となれただけでも、幸福な日々でしたわ。残り少ない人生、せめてアウリス様が幸せになるお姿を見させてくださいませ」
ライラは、腕をゆっくりと動かしてアウリスの背中をなでた。
この婚約破棄について、アウリスが負い目を感じる必要などない。全てはライラの体調不良が招いた結果。
せめて彼には、自分のことを忘れて幸せになって欲しいと、ライラはそれだけを願った。
叔父とアウリスが王都へ戻った後、公爵邸では慌ただしく結婚式の準備が進められているようだった。
アウリスとオルガの結婚式は、ライラの誕生日におこなうことが決定。
何年も前からアウリスとライラの結婚式がその日に設定されていたので、そのままオルガとの結婚式にすり替えられたようだ。
「ライラ、あなたの花嫁衣装を借りても良いかしら? 急に式が決まったもので、仕立てる時間がないのよ」
すっかりライラの部屋となっている屋根裏部屋を珍しく訪問したオルガは、ライラが着る予定だった花嫁衣装を身にまとい、嬉しそうに微笑んだ。
その花嫁衣装は、ライラの両親が国外視察へ出かける前に仕立上がったもの。
こんな状況になるとは夢にも思っていなかった当時のライラは、今のオルガのように嬉しい気持ちでいっぱいの状態で、父と母に試着して見せたものだ。
「よく似合っているわ……、オルガお義姉様」
ライラと体型が似ているオルガは、まるで彼女のために仕立てたかのように花嫁衣装を着こなしている。
けれど許可を得る前に勝手に着用していることに関して、ライラは今更どうとも思っていなかった。
オルガはこの花嫁衣装だけではなく、ライラのドレスもよく無断で着用しているのだ。
それだけではない。ライラの部屋も、アウリスと会う時以外はオルガが使用してることもなんとなく気がついている。
初めは気のせいかと思っていたけれど、自室へ移動させられるたびにライラの所持品ではないものが増えていた。
オルガ自身も隠すつもりはないのか、堂々としたものだ。
「ふふ、ありがとうライラ。お腹が大きくなる前に式を挙げられることになってほっとしているわ」
あまりにもさらっと告げられた事実に、ライラは言葉を失った。