38 ノアと領地へ6
「ううぅ……、わたくし共がしっかりとしていなかったばかりに、ライラお嬢様が男性をお部屋に……ううぅ!」
着替えを済ませたライラは、先ほどからメイド長に泣かれて困っていた。
メイド達は完全に勘違いをしているけれど、ライラの部屋に男性がいたのもまた事実。
「違いますのよ……メイド長。ノア様はそのような方では……」
「言い訳は結構でございますお嬢様! わたくしはもう、亡くなられた旦那様と奥様に顔向けできませんわ!」
『ノア』という名は、この国では多い名前。精霊神にあやかろうと男児につける親が多い。ライラの隣にいるノアは本物の精霊神だけれど、それをメイド長に告げるわけにはいかず。
どう言い訳しようか困っていると、騒ぎを聞きつけたアウリスとオリヴェルがやってきた。
「どうしたの、ライラちゃん? 何か揉め事?」
「お騒がせして申し訳ありませんオリヴェル様、アウリスお義兄様。実はノア様がわたくしの部屋にいたことを咎められてしまいまして……」
事情を説明するとオリヴェルは「ぶっ!!」と笑いを漏らす。ノアはそれを渋い顔で眺めている。
オリヴェルはメイド長に視線を向けると、爽やかに微笑んでみせた。
「誤解が生じたようで申し訳ありません。俺達離宮に仕える者は、祈りの方法も色々とありまして。決してメイド長がご心配しているような状況ではありませんのでご安心ください」
今回のノアは、オリヴェルと同様に離宮に仕える聖職者ということになっている。
それを聞いたメイド長は、少し顔を赤らめながら頭を下げた。
「さようでございましたか。わたくし共が勘違いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。ですが、ライラお嬢様は公爵令嬢でございます。お祈りはどうか、着替えが済んでからでお願いしたく存じますわ!」
「はい。今度から気をつけますね」
メイド長が部屋を出ていくのを見送った後、ライラはほっと息を吐いた。
「ありがとうございます、オリヴェル様。助かりましたわ」
「俺の仕事はノア様のお世話だから、これくらい余裕だよ。なんせノア様は人間の常識が通用しないからね」
「俺はいつも通り、ライラの部屋にいただけだ……」
「はは……、それが割と非常識なんですよー」
ノアが四六時中ライラの傍にいることを知っているオリヴェルは、苦笑いをする。
そのやり取りを聞いていたアウリスはライラに問いかけた。
「もしかして精霊神様は、ずっとライラの部屋にいたのかい?」
「はい。あっ……、誤解しないでくださいませお義兄様! ノア様は眠りを必要としませんので、暇つぶしにわたくしの寝顔を見るのがご趣味なだけですの」
これ以上の誤解は御免だと思いながらライラがそう伝えると、ノアが「ライラは見飽きないからな」とうなずく。
とっさに趣味と言ってみたライラだけれど、あながち間違いではなかったようだ。
「そう……。うらやましいな」
小さく呟いたアウリスの声は、小さすぎて誰の耳にも届かなかった。
「ところでアウリスお義兄様、実は昨日の件でお見せしたいものが……」
隠し部屋で見つけた手紙をアウリスに渡したいけれど、オリヴェルのいる場で渡して良いか迷ったライラ。
それを察したアウリスは、肯定するようにうなずいた。
「ここにいる皆には聞いてもらったほうが良いかもしれないね」
「何かあったの?」
不思議そうに見つめるオリヴェルにアウリスが説明をした後、ライラは手紙を皆に見せた。
険しい顔でそれを見つめるアウリスとオリヴェル。一方ノアは、ライラを抱き寄せる。
「ライラを他の奴の嫁にはやらん」
「ノア様、それですと従者愛を通り越して、過保護な父親にしか見えませんよ」
「…………」
ノアとオリヴェルのやり取りはいつものことなので、ライラはスルーしてアウリスに視線を向ける。
「お義兄様は、国王陛下から何か聞いていらっしゃいまして?」
「いや。他国に妃を送るなら国同士の話し合いになるけれど……、そのような話は何も聞いていないよ」
アウリスが知らなかったのなら、父個人に宛てて内密の話を持ち掛けたことになる。
この国の王子が誰と婚約しているのか知らないはずがないのに、それでもライラに結婚話を持ちかけるとは失礼な国だとライラは思った。
「もしかして、国外視察はこちらの手紙をお断りする目的もあったのかしら……」
「その可能性も否定はできないね」
そうならば、国外視察をした三ヶ国のいずれかになる。王国が二つと、公国が一つ。いずれも未婚の王子・公子いるけれど、婚約者が決まっていたはず。
「もしかしたら俺達に伏せていたのかもしれないし、王都へ戻ったら父上に話してみるよ」
「よろしくお願いいたしますわお義兄様」
「可愛い義妹のためだし、できる限り調べてみるよ」
「ふふ、頼もしいお義兄様ですわ」
話を終えた四人は、朝食後にアルメーラ領の街へと向かった。
目的は精霊神聖堂の訪問。
オリヴェルによるとライラが従者となって以来、聖堂を訪問してほしいという依頼が各地からきているようで。すべてを周るのは不可能だけれど、近くへ寄った際は訪問してほしいと頼まれたのだ。





