36 ノアと領地へ4
「何かとは?」
ライラは首を傾げて考えた。
普段は領地と別邸を行き来する忙しい生活を送っていた両親だけれど、どこか遠くへ出かける前には必ずライラと一緒に過ごしてくれた。
国外視察へ出発する前日もライラは両親と一緒に別邸で過ごしたが、取り立てて重要なことを告げられた記憶はない。
「些細なことでも、なんでも良いんだ。普段と様子が違うようなことはなかったかい?」
そうアウリスに言われて再度考えてみたライラは、父から隠し部屋の鍵を預かった際に、両親がいつもとは雰囲気が違っていたことを思い出した。
けれど内容が内容なだけに、それをアウリスには伝えにくい。
「両親が何かに関係しておりますの……?」
「事件について少し気になることがあってね。何か気がついたなら話してくれないかな」
「あの……、気を悪くされないでくださいませ。両親は出発前に、何か身の危険を感じたらアウリス様に助けを求めるようにと言っておりましたわ。王宮内で保護してもらえば安全だからと……。具体的な指示を出されるのは珍しかったもので」
それを聞いたアウリスは見るからに表情が青ざめていく。ライラは慌てて言葉を続けた。
「ですが! 久しぶりの国外視察で心配してるだけかと思いまして、アウリス様にお伝え損ねておりましたわ! ……あの、両親は今回の事件を危惧していたということですの?」
「俺のほうには何も連絡がなかったところをみると、明確な危機感というよりは、漠然とした不安だったのかもしれないね。もちろんライラが思った通り、心配なだけかもしれないけれど」
両親が不安を感じながら出発した国外視察と、ライラが叔母に盛られた国外の毒。国外に関する二つの事柄は繋がりがあったのだろうか。
視察の目的は友好親善のためと聞いていたけれど、他にも理由があったのかもしれない。
それについては、アウリスはすでに父の書斎などは調べたはず。ならば、隠し部屋に何か情報があるかもしれない。
けれど、アウリスはまだ正式に爵位を継いでいないので、まだ彼に鍵を渡すわけにはいかない。
ライラは今夜、一人で隠し部屋に入ってみようと決心した。
夕方、アルメーラ公爵邸に到着したライラ達四人。
公爵邸の外観を見るのは一年ぶりで、ライラは自分の家なのに不思議な気分を味わった。
玄関前では使用人達が出迎えをしてくれている。ライラが寝込んでからは特定の使用人としか接していなかったので、皆の顔を見るのもまた久しぶりだ。
「お帰りなさいませ、ライラお嬢様。なんとまぁ、神々しいお姿になられて……。再びお元気なお姿を拝見できるとは、感無量でございます……」
「まぁ執事長ったら、お客様もいらっしゃるのに泣かないでくださいませ。精霊神様のおかげでわたくしはこの通り、元気になりましたわ」
「お嬢様の信仰心が精霊神様に届いたのでございますね。アルメーラ家の使用人一同、感謝の祈りを捧げたく存じます」
その精霊神は今まさにライラの横に立っているが、彼は幻術魔法で羽を隠し髪色を変えているので誰も気がついていないようだ。
他の使用人達もライラの帰りを喜ばしく思っているようで、あちらこちらからすすり泣く声が聞こえてくる。皆ライラを心配してくれていたようだ。
応接室にて、改めて執事長やメイド長と話をしたライラ。二人はライラが寝込んでいた頃は言えなかった話もしてくれた。
叔母はライラの前でこそ優しい叔母を演じていたけれど、使用人達に対しては恐ろしいほど威圧的だったのだとか。
使用人達はライラが屋根裏部屋で過ごすことには反対だったが、抗議をして解雇された者も出たので、ライラの世話をするにはやむを得ない状況だったようだ。
「私がしっかりと監視をしていなかったばかりに、ライラお嬢様を危険な目に遭わせてしまいました!どうか罰をお与えください!」
後から入室してきた料理長は、悔むようにライラに謝った。
あのスープを作っていたのは叔母だけれど、作っている場面を毎日のように目にしていた料理長は責任を感じているようだ。
「料理長のせいではないわ。毒を飲まされていたわたくしが一番に気がつくべきだったのだから、他の誰のせいでもないわ」
そう慰めてみたものの、アウリスの時と同様に使用人達も悔しさはすぐには消えないようだ。
叔母はもう罰を受けので、今後はライラの行動で皆を安心させるしかない。ライラが今後の人生を楽しめるようになれば、皆の悔しさも消えていくのではないだろうかと思った。
夜も更けた頃。ライラはノアに事情を話して、父の書斎へと侵入した。書斎は鍵がかけられていたので、ノアの瞬間移動でこっそりと。
久しぶりに入る父の書斎は父の匂いがするようで、懐かしくもあり寂しい気分になる。気持ちが沈まぬよう、ライラはノアに問いかけた。
「ノア様は、こちらの隠し部屋についてはご存知ですの?」
これは先祖代々受け継がれている隠し部屋だと聞いている。
ライラが服の中にしまい込んでいるペンダントを引き抜きながら尋ねると、ノアは懐かしそうに本棚を手でなぞった。
「あぁ。この隠し部屋を作ったのは俺だ。ユリウスに頼まれてな」





