35 ノアと領地へ3
小さくうなずくアウリスが、とても辛そうに見えたライラ。
アウリスの怪我はオルガをかばってのことだったと聞く。そんな相手を、しかも夫婦だというのに見舞いにこないなど、よほど関係が悪くなったのかと心配になる。
けれどオルガは母親を亡くした身。犯罪者であっても彼女にとっては大切な存在だったのだろう。
誰にも会いたくないという気持ちは、状況は違えど同じく親を亡くしたライラとしてはわからないでもなかった。
「オルガは後二ヶ月くらいで出産だから、王宮内でゆっくりと過ごしてもらっているよ」
そうオルガの状況を伝えたアウリスは、「それより」と気分を変えるように微笑んだ。
「来月はライラのご両親の命日だろう? 良かったら一緒にお墓参りへ行かない? 俺もお二人にはお世話になりましたし、爵位を継ぐご挨拶もしたいので」
後半はノアへの伺いだったのか、アウリスはちらりとノアに視線を向ける。
「良いんじゃないか? ライラの両親の墓参りついでに、久しぶりにユリウスにでも会うとするか」
「このメンバーは不安なんで、俺も行きますよ。俺はお努めがあってライラちゃんのご両親の葬儀には参列できなかったから、お墓参りもしたいしね」
ノアとオリヴェルも一緒に来てくれるようだ。アウリスと二人きりでなければ、親戚として一緒に行くのは不自然ではないだろう。
両親が亡くなってからアルメーラ家がこのような状態になってしまったので、ライラは一人きりでお墓参りに行くつもりでいたけれど、皆の優しさがとてもありがたい。
「ありがとうございます、皆様。父と母も喜ぶと思いますわ」
お墓参りの打ち合わせを軽く済ませたライラ達は、アウリスが疲れる前にと退室することにした。
「それではアウリスお義兄様、ごゆっくりとご療養くださいませ」
アウリスを元気づけようと思ったライラが彼の手を握ろうとしたけれど――、アウリスはそれをさせぬよう手を寝具の中にしまいこんだ。
「薬品の匂いが移るといけないから……。今日はありがとうライラ、おかげで元気が出たよ」
あからさまに避けられた気がして、驚いたライラ。これまでの人生でアウリスに避けられるなど、初めてのことだ。
けれど今の関係ならば、気軽に触れるべきではなかったのだろう。
ライラは三ヶ月間ほどが眠りによって抜け落ちてしまっているけれど、アウリスはその間に義兄妹としての振る舞いを改めたのかもしれない。
「良かったですわ……。またお見舞いへ来られたら良いですけれど、わたくし達が移動すると王宮の皆様にご迷惑がかかるようでして」
「うん。俺はもう大丈夫だから気にしないで。領地へ行く日までには治しておくから」
ライラ達が部屋を出ていくのを見送ったアウリスは、シンっと静まりかえった部屋の中でため息をついた。
オリヴェルに指摘された通り、ライラと会い続けるには精霊神を警戒させないことが必要。
これまでは精霊神に対抗心を燃やしてしまったが、神がライラを隠してしまったらアウリスにはどうすることもできない。
これからは自分が提示した通り義兄として適切な距離を保ち、ライラと会う機会を与えてもらわねばならないが――
「ライラに触れたい……」
アウリスは肩に痛みを感じならがらも項垂れた。
一ヶ月後、ライラの両親の命日。
ライラ達四人は馬車に揺られてアルメーラ公爵領へ向かった。
領地は王都の隣にあるので、朝出発して日暮れ前には到着できる距離。領地へ入った馬車は、まっすぐに墓地へと向かった。
アルメーラ家の墓地は領民の墓地とは少し離れた場所に設けられている。祖先代々のお墓が一区画にあるので、生贄となったユリウス王子のお墓もここにある。
「お父様、お母様。一年も来られなくて申し訳ありませんでしたわ」
ライラは神殿に咲いているコスモスで作ってもらった花輪を、両親のお墓それぞれに供えた。
コスモスは花輪にはあまり使われないけれど、両親も好きだった花であり、聖域に咲いている花は何よりも相応しい。
「俺はライラのご両親に、謝罪しなければならないことばかりだ……」
アウリスは目を閉じて墓に祈りを捧げる。
この時ばかりは二人きりにしてくれようとしたのか、ノアとオリヴェルはユリウス王子の墓へ花輪を供えに向かっている。
「アウリス様……、わたくしはもう納得しておりますわ。あまり責任を感じないでくださいませ」
「いや。俺が納得していないんだ、未練がましく聞こえたらごめんね。これからは義兄としてできるかぎり、ライラの幸せを守っていきたいと思っているよ。もちろん……、オルガと子供も幸せにしたいけれどね」
「ふふ、アウリスお義兄様はオルガお義姉様と生まれてくるお子様を、最優先にしてくださいませ。わたくしはこう見えてもしっかり者ですのよ」
「うん、そうだね。けれど、辛いことがあれば俺に……」
そう言いかけたアウリスは、小さく笑う。
「いや、それは精霊神様の仕事だね。精霊神様のことで、オリヴェルにも話しにくいことがあれば相談してよ」
「ありがとうございます、頼りになるお義兄様で嬉しいですわ」
そもそも従者としての仕事があまりないライラが、ノアのことで悩む機会はあまりなさそうだけれど、アウリスの気持ちはありがたい。
こういったやり取りを重ねて、自分達は普通の義兄妹になっていくのだろうかとライラは思った。
それから両親の思い出などを二人で話した後。
アウリスは思いつめたように、ライラの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、ライラ。君のご両親が国外視察へ出かける前に、何か言っていなかったかい?」





