34 ノアと領地へ2
「そんな!アウリス様のご容態は!?」
「そこまでひどい怪我ではないから心配しないで。大事を取って今は王宮で静養しているんだ。お見舞いへいってくれるならアウリスに伝えにいくよ?」
自分のために叔母の件を引き受けてくれたアウリスが、怪我をしてしまったなんて心配で仕方ないライラ。けれど、今すぐ自分がお見舞いへ行くのは許されるのだろうかと戸惑った。
きっとオルガがつきっきりで看病をしているだろうから、いくら義兄妹という関係でも元婚約者の訪問は気分が悪いはず。
一定の距離を保つならば、アウリスの怪我が完治してから捜査のお礼を伝えるべきだろうか。
そうライラが思っていると、ぽんっとノアに頭をなでられた。
「俺の従者が世話になったのだ、神が直々に見舞ってやろうではないか。オリヴェル、アウリスの部屋までの通路を人払いしておけ」
「さすがノア様、従者愛が過剰ですね!神が王家を見舞うなんて初めてのことですよ」
「そうですの?またご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんわ……」
「気にするなライラ。見舞いへ行くなら、花の一本も必要だろう。ライラのコスモスでも摘みに戻ろうか」
「ありがとうございます、ノア様!」
神殿の庭でコスモスを摘んだライラは、離宮のメイドに頼んで花瓶に生けてもらった。
それを持ちノアとオリヴェルと共に離宮を出たけれど、ノアが指示した通り通路には誰もいない。
王宮から人が消えてしまったのではと思えるほどの静けさの中、ライラ達はアウリスの部屋へと向かった。
部屋に入ると、アウリスはベッドの上で上半身を起き上がらせていた。ここでもノアの指示通り人払いがされているのか、オルガの姿はなくライラは少しほっとした。
アウリスはライラに笑顔を向けてから、ノアに向けて少しだけ頭を下げる。彼は肩を負傷したとオリヴェルから聞いているので、その周辺を動かすのが辛いのだろう。
「精霊神様にお見舞いいただけるとは恐悦至極に存じます。怪我が完治していないもので、このような状態でお許しくださいませ」
「今日は私的な訪問だ。楽にするが良い」
「感謝いたします。――ライラもお見舞いに来てくれてありがとう、嬉しいよ」
オリヴェルがお茶の準備をしている間に、ライラはお見舞いの花をベッドの横に飾った。アウリスは嬉しそうにそれを眺める。
「君が一番好きな花を贈ってくれたんだね」
「こちらは神殿に咲いていたコスモスですの。ノア様がわたくしの誕生日に咲かせてくださいまして」
「そう……。ライラは精霊神様の元で大切にされているんだね。聖域の貴重な花をありがとう」
「アウリスお義兄様のお加減はいかがですの?」
「幸いにも負傷したのは左肩だから、右手で執務はおこなえるんだけどね。この機会に少し休むようにと陛下から命令されてしまったのでこの通りだよ」
アウリスは、国王が親バカで困ると言いたげな表情を浮かべるので、ライラはくすりと笑う。
斧の柄が頭に直撃して気を失ったとも聞いていたので心配だったけれど、そこまでひどい状態にはならなかったようだ。
思いのほか元気な様子のアウリスと会うことができて、ライラは少し安心した。
ベッドの横に設置されたソファーに腰かけたライラは、お茶を飲みながら部屋の中を見渡した。
アウリスとの関係は随分と変わってしまったけれど、久しぶりに入る彼の部屋はほとんど変わった様子がない。
あまりアウリスと普通に接すると、今まで通りの関係と錯覚してしまいそうで怖いと思った。
捜査のお礼をアウリスに述べてから、ライラはあえてオルガの話題を出してみることに。
「オルガお義姉様のご様子はいかがですの?今回の事件がお腹の子の負担になっていないか心配ですわ」
そう尋ねてみると、その場にいた男性三人が一斉にライラに視線を向ける。
何かまずいことを言ってしまったかとライラがたじろぐと、オリヴェルがため息をついた。
「婚約者を奪った相手を心配するなんて、ライラちゃんもアウリスに負けず劣らずのお人好しだよね」
「奪っただなんて……。あの頃のわたくしは衰弱しておりましたし、アウリスお義兄様を繋ぎとめるだけの魅力に欠けていただけですわ……」
確かにオルガはライラの部屋や所持品を勝手に使うような人物だったけれど、人の心は奪いたいと思って奪えるものでもない。
結局は、オルガのほうが魅力的だったのだとライラは納得するしかなかった。
アウリスは何か言いたげに口を開きかけて止まる。
そして小さくため息をついてから、再び口を開いた。
「ごめんねライラ。君を裏切ってまでオルガと結婚したというのに、公爵夫人の処刑以来オルガとは会っていないんだ」
「え……、お見舞いにも?」





